異世界アイスクリームおばさん

フクキタル

第1章「アイス、要りませんか?」

第1話

変な噂を聞いた。

なんでも世界中を歩き回る変なアイス屋さんがいると。

どんなに危険なところでも、深い山奥でも必ず寄ってアイスを分けて行く変人の商人。

でも一番驚いたのはその商人は女であることだ。


「このご時世によくやってるな…」


戦乱の時代。

ウィッチクラフト魔女同盟」が支配している北の方を除けば他なんてどこへ行っても安息の場なんてない。

人の命が簡単に消え、失われてしまうまるで絵に書いた地獄のような世界。

この世界でまともに生きられる人間なんているはずもない。

そんな混沌が渦巻いている世界で女の体で、しかも一人で旅をしているなんてどうかしてる。


私もまたその悲しき戦争の被害者で本来今頃とっくに殺されていたはずのしょうもない死に損ないだが今になってはもうどうでもいい。

私はこの暗いトンネルの中でただ生きるだけだ。


「「テラ」。」

「…なんだ。」


話し相手はただ一人。

私の体を媒介にして存在しているこのどす黒い「魔神」だけ。

こいつは私の命の恩人である同時に死に損ないの私を強制的にこの世に縛り付けている足かせにもなる。


名前は「テラ」。それ以外は知らない。

どこの出身なのか、いつの時代に生きていたのか、「魔神」になる前の職業や家族関係、種族、性別すら知らない。

私達は契約で結ばれた従属関係だが私はこいつにあまり興味を持ってなくてテラもまた必要な詮索はしない性格だからお互いのことについてあまり話し合った覚えはない。

最もこいつには私の記憶が全部見えているからあえて話す必要もないけど。

でもたまにはお節介で割と面倒見がよくて今の私にとっては母親と同じ存在ということは否めない。


「お母さんなんて…」


でも私はやっぱり母親に愛されたことがなかったので正直に言ってそれがどういう感覚なのかはっきりとは分からないままである。


このトンネルに来てからもう3年が経っている。

あの地獄のような「実験室」から逃げ出したその日、ものすごい雪が私を襲いかかった。

もしあの日、


「…人間の子…いや、半分は「ホムンクルス」か…」


転んで落ち込んだその大穴でテラに出会えなかったなら今頃私はとっくに死んでたのだろう。


「…私の器になれ…なら助けてあげよう…」


追手の魔女達も近づかない否定の地。

私はそこに封印されていた「蚕食の魔神」、「テラ」と契約することで無事に「ウィッチクラフト」から無事に逃れた。

「万眼の深淵」と呼ばれるその魔神は約束通り今まで私のことをずっと守ってくれている。

なら私も律儀に契約を全うして最後にはテラの望みを聞いてあげなければならない。

その小さな義務感ってやつがいつの間にか私の心の支えになっていることがとても皮肉なものとして感じられるがもうそんなことも気にしなくなったくらいに私は今の生活に満足していた。


未だに「ウィッチクラフト」は私の居場所が特定できてなくてそろそろ諦めてくれそう。

まあ、あの大穴に落ちてからもう3年も経ったから生きているはずがないと判断したのだろう。

それはとても助かるが一方私はもはやこの世に存在してない人間にされている気がしてほんの少しだけ寂しい気分になる。


「でも探しに来る人なんてもういないから…」


だからこのまま一生辺境の地にあるこの暗闇のトンネルの中で息を止めるその日まで生きていくつもり。

それまで私の身を守るのがテラの役目で私もまたテラが復活に必要な魔力を貯めるまでテラに体を貸す。

それが私達の契約の内容であった。


ここは私達だけの不可侵の洞窟。

このトンネルを通らなければ向こうにはいけなくなるため、私達は近くの村から通行税として食べ物や生活用品をもらって生活している。

特に危害を加える気はないからそっちで何か仕掛けてこない限りこっちから手を出したりはしない。

最初は何か悪党扱いされて少し気が進まなかったがこの暗闇での生活は意外と心地よかったのでもうすっかり慣れっこになっている。

ここなら誰にもこの役立たずとかぬけさくとか罵られることはないし、少しつまらなくても一応話し相手の同居人やテラが持っている本ならいくらでもあってそんなに退屈とは感じないから私はこの暮らしに大分満足している。

特にテラが聞かせてくれる昔の話はなかなか興味深くて結構面白い。


「…たまには運動をしろ…デブになっても知らねぇからな…?」

「もう…すっかりお母さん気取りしやがって…」


っとたまに口うるさくなる時はあるが基本根はいいやつで結局甘やかしてしまう甘っちょろいところもあるお節介の魔神。

そしてすっかり引きこもりになった私。

誰に会うこともない退屈な生活だが今までの人生の中で一番心地よい生活と私は断言できる。


まあ、そんな感じでもうすっかり引きこもり生活に馴染んだわけだが


「こんにちはーアイス、要りませんかー?」


今日、私の穏やかな日常は突然自分達の城に侵入してきた変な一人の女によって壊されてしまった。


トンネルの中に響くきれいな女性の声。

自分以外の女の声は実に久しぶりだったので私は驚きと嬉しさを同時に感じてしまった。


「甘くて冷たくて美味しいですよーイチゴ味、チョコ味、バニラ味もあって天然ミルクですごく柔らかいですー」


真っ暗なトンネルの中に何度もアイスの広報に声を上げて商売に熱心なアピールする女の声。

あまりにも異常な事態だったゆえ、私は間抜けみたいな顔でただ慌てているばかりであった。


「ど…どうしよう…!なんか変な人、来ちゃった…!」

「…落ち着け…あんなの、ただのバカに決まってるだろう…」


戸惑っている私を落ち着けるテラの声。

確かにその通りかも知れないが


「里の人達は何やってるのよ…!ここの話、伝えなかったわけ…!?」


人との接続を極力控えている私にとって彼女の登場は正しく非常事態と言っても過言ではないほどの由々しき事態には間違いない。

私は何度もテラに彼女への対応の意見を求めたが


「…大丈夫…お前は今の私の器…何があっても必ず守ってみせよ…」


テラはただそう言いながら温かい闇の帳で私を包んで安心させてくれるだけであった。


私とテラが来てからこのトンネルに近づく人は殆どない。

週に一回通行税名目としてトンネルの入口に食料と生活品が置かれているだけで人は誰もいなかった。

通行税と言っても大した量を求めたわけではない。私は少食であまり動かないから食べ物の摂取は割りと少ない方だった。

必要なのはただ生命維持に必要な最低限の食料だけで特に欲しい物もなかった。


「これからそのトンネルは私達が使います。使いたければ使用料を払ってください。食べ物や飲み物で十分ですからお金は要りません。」


もし力づくで強制退去させるつもりならそれも結構。ただしこちらとしても容赦はしない。

ここのトンネルを不法占拠した時、村人達に確かに私はそう話した。

トンネルの使用料は一度も延滞されたこともなく、毎週月曜日にちゃんとトンネルの前に届いていてそれ以来、私は二度と村人達の顔を見たことがなかった。

悪いことをしたという自覚はある。でも村人たちはお上にチクることなく私達をここにいさせてくれた。

それにはちゃんと感謝している。もちろんただ怯えているだけかも知れないが。


だから久々の人の声にびっくりしてしまったんだろう。

こんなノミの心臓でよく不法占拠なんかやってるね…


「な…なんか自分のこと、めっちゃみっともなく感じているんだけど…」


っとふと情けない自分のことに改めて気がついた私は


「仕方ない…適当に怖がらせて追っ払ってやるか…」


実に久しぶりに自分の体に宿している魔神の力を使ってトンネルに入ってきたお客さんを追い払うことにした。


「久しぶりだからうまくやれるのかちょっと不安だけど…」


っと若干不安な気持ちを抱えるようになった私だが


「あらー可愛いお嬢ちゃんーこんにちはー」


あの時の自分は知らなかった。


「アイス一ついかがですか?美味しいですよー」


私が術式を発動する前にあっという間に私の間合いに入ってきた女。

私とテラがいるこのトンネルにいとも簡単に足を踏み入れたこの女こそ世界中を飛び回っている噂の変人アイス屋さん、


「はじめましてー私の名前は「マミ」。アイスを売ってますよ♥」


「漆黒の魔術師」、「黒江くろえマミ」であることを。


大きな帽子を被って穏やかな笑みで私のことを真正面から見つめている黒髪の女。

年齢はおよそ30代後半程度に見受けられ、ふわっとした眉毛と口元の小さなほくろがすごく可愛く見える。

何より、


「ええ…!?何…!?このでっかい胸は…!?」


今までの人体に対する認識を一気にひっくり返してしまうほどの人間離れの凄まじい大きさの胸に私はほんの少しだけ言葉を失ってしまった。


「…「ヤヤ」…離れろ…」


とっさに起きた状況に頭が追いつかない。

どう行動したらいいのかその時の私は呆然としているだけだった。

術式を張る前にあっという間に裏をかかれてしまってどう対処したらいいのか何一つ思いつかなかった。


戦だったら確実に命を落としかねない危機一髪の状況。

そこで私の意識の目を覚ましたのは


「おっと。」


何の警告もせず彼女への攻撃を仕掛けてきたテラであった。


トンネルを飲み込んだどっしりした暗闇。

その中でテラの目が開いた時、壁から漆黒の槍が湧き出して一瞬で私と彼女の間を引き離した。

一発でも当たったら即体内の生命力を一切吸い込まれてしまう一撃必殺の漆黒の刃物。

テラは降り注ぐ槍のすべてをいともたやすく躱してしまった彼女のことを完全に敵と認識した。


「お名前、ヤヤちゃんって言うんですね?可愛いお名前ですー」


でもそんなテラと違ってひたすら私への親密感だけを表す彼女の反応はさぞ拍子抜けのものであった。


「ヤヤちゃんはどうしてこんなところにいるんですか?あ、話したくなければわざわざ話さなくてもいいですから。」

「…バケモンが…」


そう呟いたテラは次第に目を開き始め、やがてトンネルのには中は開かれたテラの目が暗黒の星屑のように満開するようになった。

非現実的で多少グロく見えるその光景はテラの器である私でさえ稀にしか見られないとても珍しいものであったがそれが意味するのはただ一つ。


「…串刺しにしてやろ…」


眼の前の敵の完全沈黙。

テラは空間が歪むほどの敵意を彼女に注ぎ込み、本気で彼女を殺めようとした。


すべての視線を一転に集中するテラ。

そして暗黒の中から再び浮かび上がってくる無数の武具たち。


「…不覚だったな…こんな化け物を入れてしまうとは…

貴様は今ここで排除してやろ…」


そのすべてを駆使してテラは私達の漆黒の城に乗り込んできた異物を排除しようとしたが


「ちょっと待って、テラ。」


私は何故か彼女からこれっぽっちの威脅も感じられなかった。


何のつもりなのかは見当もつかない。

でも私は彼女からそこはかとなく懐かしい気分を感じ取るようになっていた。


そよ風のように爽やかで春風のように温かい気分。

まるで春の桜の木の下にいるような穏やかさでこんなにも胸がポカポカになる。

そのような温かさを私は今、


「はい、ヤヤちゃん。甘くてふわふわなミルクソフトアイスです♥」


担いだ箱からアイスを取り出して私に渡すこの人から感じていた。

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