No.67【複数結末型小説】1つの事件と3つの結末
鉄生 裕
1つの事件と3つの結末
「本当です、本当なんです。どうか信じてください。僕が母を殺すわけがないでしょう」
2008年8月、都内在住の主婦が自宅の台所で腹部から血を流して倒れているところを発見された。
第一発見者は隣の家に住んでいる隣人であり、悲鳴を聞いて駆け付けた時には既に主婦は出血多量で死亡していた。隣人の話によると、彼女が駆け付けた際に玄関の扉は開いていたらしい。
また、隣人が駆け付けた際には中学三年生の長男も台所で倒れており、彼の手には凶器と思われる包丁が握られていた。
包丁からは主婦と長男の二人の指紋が検出された。
通報を受けた警察が駆け付けた際、この家には主婦と長男の他にも六歳になる次男が別室で昼寝をしていた。
「君を疑っているわけじゃないんだ。だが、君はどうしてお母さんの横で倒れていたんだい?」
刑事が尋ねると、長男は興奮した様子で、
「僕にも分からないんですよ!目を覚ました時は既に救急車の中でしたから。本当に僕は包丁を握りしめながら母の横で倒れていたんですか?」
涙を流しながらそう答えた。
長男の証言によると事件発生当時、彼は自分の部屋で学校の宿題をしていた。
そして突然意識を失い、気が付いた時には救急車の中だった。
隣人が聞いたという主婦の悲鳴すらも彼は聞いていない。
彼の頭からは母親殺害の前後三十分未満の記憶がすっかり抜け落ちていた。
警察は何者かが薬物を使用して長男を眠らせ、その隙に主婦を殺害し、最終的に長男を犯人に仕立て上げたのではないかと考えた。
しかし、長男の体内から薬物は検出されなかった。
それともう一つ、警察は不審に思っている点があった。
長男の身体に無数の痣や傷があったのだ。
その痣や傷は昨日今日で出来たものではなく、ずっと前から彼の身体にあるものだった。
しかし彼は自分の身体にある痣や傷に一切心当たりが無いと言い張った。
警察は第一発見者である隣人と、殺害された主婦の夫(事件発生当時は仕事で外回りをしていた)の二名が怪しいと睨んでいた。
しかし事件から数週間が経ったある日、夫の証言が決め手となり、長男が母親殺害の容疑で逮捕されることになった。
「妻は息子に日常的に暴力を振るっていました」
父親は警察にそう証言した。
最初は警察も父親の証言に対して半信半疑であった。
聴取の際に長男はそんな事を一言も言わなかったし、精神鑑定の結果からも長男が母親から暴力を振るわれているとは考えにくかった。
一方で父親の証言が本当だとしたら、長男の身体にあった無数の痣や傷にも説明がつく。
そこで警察は長男に、彼の家の物置に置いてあった鉄製のバールを見せることにした。
「妻はよくバールを使って息子を殴っていました」
父親の話を聞いた警察は、そのバールを見せれば何かを思い出すかもしれないと考えた。
警察が長男に例のバールを見せると、長男は何かを思い出したかのように目を見開いてバールを見つめ、そして突然発狂したかと思うと意識を失った。
その後、意識を取り戻した長男が口を開くことは一度も無かった。
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