第24話:忘れないでね
「もう限界だったんじゃないかな」
美桜はそういうと、クピっとココアを飲む。
図書室で美桜は勉強、私はその日によって、小説を読んだり勉強をしたりと色々だけど、下校時間まで時間を過ごした後に美桜と少しだけ話すことが日課となっている公園に行き、今日あった出来事を美桜に話した。
今まで友達に取り繕った笑顔で接していたことがバレてしまったこと。
そして、それに対してさほどショックを受けなかったこと。
どこか、冷めた目線で今日の出来事を見ているということ。
そして、明日からの自分がどうなってしまうのかが、少し不安だということも、全部。
そうしたら、美桜は私が限界だったと言った。
「限界?」
美桜はもう一度ココアを飲んでから話し始める。
ココアを両手で抱えて少しずつ飲む姿が、微かに当たる街灯の光に照らされていて、かわいい。
「もちろん、私は日和じゃないから本当のところはわからないけど、でも、最近の日和は、友達と本当の意味で仲良くなりたいっいう心境が変化して、私やちひろだけでもいい、みたいに言ってたじゃない? 日和の心はもう、そういう形で変化したにもかかわらず、日和は普段の生活を変えなかった。前はそれで良かったのかもしれない。心と行動がしっかりと噛み合っていたから。でも今は違う。その、なんて言うか、ズレ? みたいなものがが少しずつ、少しずつ溜まっていっちゃったんじゃないかな」
「なるほど、なるほど」
「でも私は、別にそのズレが悪い意味で溜まっていったんじゃないって思った。多分、以前の日和がいきなり今日みたいなことを言われたら、それこそ、そんなに落ち着いてはいられなかったんじゃない? でも、その溜まっていたものが、ある面『余裕』みたいに積み重なった結果、特に取り乱すこともなく、受け止められてるように見えたよ。日和は、もしかしたらマイナスな意味で受け止めてるかもだけど、私は、あまりそうは見えないな」
「………………」
正直、私は美桜からそういう回答が来るとは思ってなかったから、何を返したら良いかわからず、美桜からもらった言葉を反芻し、夜空を眺める。
高い空で空気が澄んでいて、少ないながら星が輝いている。
「日和が限界って言ったのは、そんな中で、もう本当の日和を隠して日常生活を送ることに限界が来ていたんじゃない? ってことなんだけど、きっかけは私とのあの時の喧嘩? 言い合い? 良い表現が思いつかないけど、それがきっかけで、前に日和が教えてくれたような、昔の、かつての日和に戻りつつあるんじゃないかな?」
確かに、美桜との一件以来、私の中で色々なことがどんどん変わってきているという実感はある。
まさかそこに、自分が自覚していないことも含まれていたのだろうか。
いや、いくら自分のことでも、全部分かっていると思うことは傲慢か。
だって、自覚したから美桜を好きになったのはなく、もっともっと前、もしかしたら私は、美桜から意地悪をされていた時から、美桜のことを好きだったのかもしれないのだから。
だって、『意地悪をされた相手の笑顔が見たい』なんて普通は思わなないだろうし…………。
(いや、無自覚の変化のことを考える時、まさか自分の色恋沙汰を例にあげて納得すること自体、以前の私では考えられない…………か)
心中複雑な状況だったけど、私が何も答えなかったことを確認し、美桜は話しを続ける。
「それに私、日和から昔、友達と喧嘩しちゃったことが引っかかっているって聞いた時「そんなことで悩んでるの?」みたいなこと言っちゃったじゃない? ごめんね、今でも私はそう思ってて、今日、日和のところに来た子たちだって、日和の話を聞く限りあんまり気にしてないっていうか、本当の日和と仲良くなりたいって思ってるんじゃないかって印象なんだけど?」
「えっ?」
「だって、別にその子たちには、日和が普段、友達と一定以上仲良くならないように接していることはバレてないんでしょ? ってことは、別に日和を責めたりする意図って無かったんじゃない? ってこと」
「いや、そんなわけないでしょ? だったら、土日のことだって答えるはずだし、何よ『嫌なら嫌って言っていい』なんて言わないでしょ」
なんだかわけがわからなくなってきた。
「そりゃ、私だってホントのことはわからないよ。私、友達は日和とちひろしか居ないんだし。ただ、彼女たちからすれば、ついこの間まで日和に突っかかっていた私の印象って、そこまで良くないと思う。なのにその私と日和が楽しそうに休日に遊んでいたらから、「今までは私たちの方仲良かったはずなのに」って、ちょっと日和に意地悪したくなったってだけだなんじゃない。少し楽観的な部分はあるけと、でも、もっと日和と話しがしたい、もっと仲良くなりたいっていう気持ちの方が強いんじゃないかな? って思っただけ」
(………………………………)
衝撃だった。
美桜の言葉を聞いてそう感じてしまった。
ふわふわとした浮遊感を感じていた心が冷め、辺りを彷徨っていた自分の心が急に体に戻ってきたような気がし、心の奥底から生じた震えが、体の末端まで伝播し、思わず両腕を抱える。
分かったつもりになっていた。
客観的に見ていた気がしていただけだった。
自分のことなど、何も分かっていなかった。
そして、友達のことも。
美桜は、そんな私を見て少し呆れたように浅くため息をつくと、手に持っていたココアを横に置き、体一つぶん離れて座っていた距離を詰めて私に近づき、身を抱えて俯く私をそっと抱きかかえてくれた。
「日和、怖がることはないよ。多分、みんな日和のことが大好きなだけだから。もちろん、もしかすると日和がいままで一番恐れていたことも起こるかもしれない。ただ、あの時とは、昔とは全く違うことが、少なくとも一つだけあるよ」
「…………なに?」
もはや上手く喋ることも叶わず、くぐもった声で美桜に問いかける。
「私がいる。私は日和のことを分かっている。だから、何かあっても大丈夫。私は日和の隣にいる。だから、安心していいよ」
胸の奥で、何かをギュッと掴まれたような痛みが生じ、滲み出した暖かい血が、冷えた体を侵食するように伝わっていく。
涙は出ない。
何かが変わった訳ではない。
そして私は、とんでもない大きな間違いをしてしまったと感じた。
(あぁ、これはやっぱり私に対する罰だ)
(そして、新しい契約なんだ)
「日和、私はね、これから日和の世界が広がって、私の知らない頃の日和に戻ることが嬉しいけど、少し怖い。でも、やっぱり不変のものは無いから。それでもいい。ただ、私は日和のことを特別だと思ってるから」
「………………うん……………………私も」
契約は成立した。
ここから新しい私が始まるのだろう。
(大丈夫、私は囚われたりしない、間違えたりしない。きっと上手くやれる。頑張れる。戻れる。約束できる。そして、信じられる)
涙が出ない理由が分かった。
そして最後に、はっきりと美桜は言った。
「だから、日和、忘れないないで。今日、こうなっちゃったのは、全部私のせいだから。それを忘れないでね」
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