第13話:「美桜は優しいね」
『明後日、日曜日の午後二時に駅の改札前の変な大きい石の前に集合でよろしく』
メッセージアプリで、ちひろに明日の集合時間を送信する。
結局イルミネーションは、あれから一週間後に始まり、駅前は一気にクリスマスムードとなった。
当たり前だけど、イルミネーションが綺麗なのは日が落ちてからなので、それまで何をしようかということになったけど、『そんなに長い時間一緒にいて、気まずい雰囲気になったらどうしよう』と私は考えてしまい『午前中から集まって遊ぼう』と主張する日和の提案を受け入れることができずに、結局午後二時に集合ということで決着がついた。
「美桜は心配性だなぁー」
今日も図書室で下校時間まで勉強した後、日和といつもの公園の、いつものベンチで、日曜日について話をしている。
ちはみに寒さがどんどん増す中で、この場所以外のよいスペースは見つからず、自動販売機で買ったホットのペットボトルで暖をとりながらというスタイルに落ち着いてしまった。
「慣れてないんだからしょうがないでしょ! 私と日和だって図書室かここでしか会ってないじゃん。教室でもあまり喋れてないし、明るいところで、しかも人がいっぱいだと上手く話せるか分からないよ」
「なるほど。なるほど。美桜は、暗いところで二人っきりがいいのかー。ちょっとエッチな感じ?」
「な、なに言ってるのよ。怒るよ」
「うそうそ。ごめんごめん。でも、そこまで気にしなくても大丈夫だと思うよ。心配しすぎだって」
「そうかなー。でも、ちひろとだって、ちひろの家に泊まった時と、登校の時しかまともに話したことないんだよ?」
こっちが真剣な話をしているのに、日和に遊ばれてるように感じたが、一方でちひろの話をした時に、少しだけ日和の表情が曇ったように見えた。
その瞬間、今更ながら日和に何の相談もしないで三人で出かけることにしたことに気づく。
「日和、友達とあまり仲良くならないようにしてるってことだけど、それって、ちひろはどうなの? もしかして三人でどこか行くの嫌だったりする?」
日和の表情が、今度は明らかに曇っていった。
「日和ごめん。今のなし。私、聞き方が最悪だった。本当にごめん、話も何も考えないで勝手に決めちゃってた。日和、別にそこまでちひろと仲がいいわけじゃないのに…………本当にごめん」
私はまた、私のことしか考えないで突っ走ってしまった。
(最近、日和とちひろのおかけで以前と比べものにならないくらい平穏に過ごせていたから完全に油断してた? いや、違う…………それじゃぁまるで日和やちひろに原因があるみたいだ…………最悪だ。私…………)
結局は今回も私の自分勝手な行動が招いた結果であって、日和もちひろも全く悪くない。
日和の顔を見ることができずに俯いていると、日和の方から、『ふっ』っという声が漏れた。
反射的に顔をあげると、それがため息だったのか笑った声だったのか、もう読み取ることはできなかったけれど、日和は少し遠慮がちに、私の方に手を伸ばしてきた。
「美桜、手、繋いでくれる?」
「…………うん」
正直、意味がわからなかったけれど、私は日和の手を取り、日和を見つめる。
「美桜。ちひろは、どこまで知ってるの?」
「…………どこまでって?」
自分の声が震えているのがわかる。
「私のこと。美桜、学校来なくなっちゃったときに、ちひろと話して、色々決意して、私と話をしてくれたじゃない?」
「うん。そうだけど…………」
「私もその時に、自分のことを色々美桜に話した。私が、友達と必要以上に仲良くしないようにしていること。私がそういうルールを自分に課している理由とか。今まで誰にも言わなかったことを、美桜に話した」
「うん……聞いた。私、『そんなことで悩んでるの?』とか言っちゃったけど…………」
「そうそう、あの時の美桜は酷かった。私、多分人生で一番機嫌が悪かった瞬間だったかも」
「ごめん…………」
やっぱり私は、友達なんか作らない方がいい。
日和を傷つけてばかりだし、もしかしたら、いつかちひろのことも同じように傷つけてしまうのであれば、最初から一緒にいない方がマシだ。
帰宅途中の人通りも途切れ、あたりは驚くほどの静寂に包まれている。
「でも美桜は私に言ってくれたよ『不変のものはない』って。あと、『友達になろう』って。私、本当に嬉しかったんだよ。だから、謝らなくていい」
「でも…………」
「私がいいって言ってるんだから、いいの! でも、質問には答えて。美桜、ちひろにどこまで私のこと話したの?」
「………………何も言ってない」
「ほんとうに?」
「うん。何も言ってない。それは、日和のことだし、私がちひろに言うのは違う気がして…………」
「泊まりに行った時も?」
「言ってない」
「普段、一緒に登校する時も?」
「言ってない」
「私が、別にもう、他の友達とそこまで仲良くなりたいって思ってないことも?」
「言ってな………………えっ?」
意味がわからなかった。あの時、日和は『もっと仲良くなりたい』『一緒に笑いたい』とった。
でも、それが怖いとも。
なので私は、日和はいつかそうなりたいと思っていても、どうすればいいのかが分からずに悩んでいるのだと思っていた。
「あ、気づいてなかったでしょ」
日和は、嬉しそうに笑っている。
今、このタイミングでその顔はずるい。
私はその笑顔を受け止める余裕がなく頬に熱を感じ日和から目を逸らしたが、繋がった日和の手に力がこもる。
私が日和の顔を再び見ると、日和はイタズラっぽく笑い、私を勢いよく引き寄せた。
「ひゃう!」
何が起こったか一瞬わからなかったが、気がつくと私は、日和の腕の中にいた。
「ふふっ、何その声」
「だって、いきなり日和がこんなことするから…………」
「……………………」
「……日和?」
「美桜は優しいね」
日和はそう呟くと、遠慮がちに私の耳のあたりに日和のほほを重ね、背中に回した手に力をこめた。
反射的に、私も日和の腰に手を回し、日和を抱きしめる。
「私、全然優しくないよ。日和のこと傷つけてばっかりだし、もしかしたら、ちひろにも同じようにしちゃってるかもしれないし。自分のことばっかり考えちゃって…………。全然優しくなんかない」
私がそう伝えると、日和は背中に回していた手をほどいて少し身を引き、同じように日和の腰から離れた私の両手を取り、握った。
「美桜は優しいよ。私のことをちゃんと考えて、ちひろと話をしてくれた」
「そんなの、当たりまえじゃないのかな…………」
「私は、当たり前じゃないと思う。ちひろは、美桜のこと、たくさん、たくさん知っていると思うけど、そんなちひろに対しても、美桜は私のことを考えて話しをしてくれてた。それが、本当に嬉しい!」
先ほどと同じように日和は笑いながら話をしてたけど、日和にとって、そのことが本当に大切で、特別なことだったのだと私でも分かった。
伝わってくる。
「だから、三人でって言ってくれたときも、美桜も色々考えてくれたんだろうなーって思ってた。それを美桜は『勝手に……』とか思っちゃってるんだろうけど、美桜が全部悪いってことは絶対にないよ」
「でも……」
「美桜言ったじゃん『不変のものはない』って、私ね、あれからちょっと考えたんだけど、友達と急に仲良くならなくていいかなって思っちゃったんだ。別に今、仲が悪いわけじゃないじゃない? だから今のままで。もっと言っちゃうと、今は美桜がいればいいかなって。もちろん、ちひろのことは信用しているけど、それはどちらかというと、美桜が信頼しているから。って感じかな。もう少し仲良くなれたいいなとは思うけどね。だから、一番は美桜、次にちひろ。他の友達とは今のままでいいやって。そう、思ってる」
日和と繋がった左右の手が震えている。
「でも日和、本当にそれでいいの?」
「…………いい。今はそれでいい。美桜と一緒だね。美桜は私とちひろ。私は、美桜とちひろ。それで、いい」
「そっか。わかった…………でも一つ聞いていい? 遊びに行くの、ちひろと三人でって私が言った時、ちょっと寂しそうな、辛そうな顔になったのはなんで?」
私の問いかけに、日和は驚いた顔をしたあと、ガックリとうなだれ、顔をそらした。
「………………このニブチンめ」
「なに? 日和、いま小声でなんて言ったの?」
「…………ううん。何でもない。でも、一つだけ教えてあげる」
そう言うと、日和は私の手を離して、ピョンと立ち上がると、私の方を大きく振り返ってにっこり笑った。
「私はね、美桜と二人で出かけたかったんだよ」
「それって……どういう」
「ひみつ、今はまだ教えてあげない! じゃあ、私帰るね。日曜日、楽しみにしてるから」
日和はそう言うと「バイバイ」と手を振り、小走りで自転車のところまで行くと、最後にもう一度手を振り帰ってしまった。
私は唐突な出来事に思考回路が追いつかず、ようやく頭がはっきりしてきたと思った途端、体の奥から熱がこみあげ、冬だというのに汗が吹き出した。
居ても立っていられずに、意味もなく勢いよく立ち上がったためか、軽い立ちくらみに襲われる。
「えっ……日和……それって……うそ……でも…………」
その後は、あの時のことを思い出しては顔を覆いたくなる衝動に駆られ、やりたかったことが何も手につかなかった。
ようやく『私の勘違いの可能性もある』と、無理やり気持ちに整理をつけて落ち着いたのが土曜日の夕方。
勉強も何もあったもじゃない。
「日和…………」
私は、特別な友達の名前を何度も、何度も呟いた。
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