第53話 家族

昴side


「んんっ…昴…」

「今は…ダメだ。名前は呼ばないでくれ」

「だ、だって…ひゃっ」

「くそぉ…」




 風呂に入って、当番を達成できなかった俺の部屋で蒼にマッサージしている。

 相変わらず色っぽい声を出す蒼に煽られている気分だ。

なかなかこれはいい修行だな。忍耐力と腹筋が鍛えられる…と思うしかない。



「そもそもさっきので、朝は起きれると思うんだけど…すごくドキドキしたし」


「明日は婚姻届出すんだから、動けるようにしておきたいんだ。」

「明日行くの?昴の名前にするんだよね?あっ…そこ…気持ちいい…」

「…くっ…」


 


 蒼をドキドキさせるんじゃなくて、俺がさせられてしまっている。

マッサージを毎晩するなら全員同じ思いをする羽目になるな。


 毎晩きちんとこなして体を慣らしておく必要がある。もみ返しがあって困るのは蒼だし。

 お腹のつっぱりの解消や元々弱くなっていた血管状態を改善するためにも必要。

 これは医療行為…医療行為だ!




「フーッ……。そうだよ。二人の気分が変わらないうちに出さないとならないからな。よし、おしまい」


「ありがとう」




 蒼の上に布団をかけて、横になる。

 血行が良くなったのか蒼がいつもより暖かい。


「湯たんぽみたいだな」

「そんなにあったかい?赤ちゃんも居るし、マッサージしてもらって体温上がったからねぇ」

「うん…」

 

 蒼のお腹をすりすり撫でる。お前もあったかいか?ちゃんと元気に育つんだぞ。


 蒼が俺の手の上から両手をかさねてくる。俺の手を温めてくれるのは…いつも蒼の手だな…。




「わたしも緑川とはお別れかぁ…」

「そういえば苗字は誰のなんだ?ご両親は夫婦じゃないんだろう?どちらのでもなかったな。」


 そう、蒼の両親はなんと恋人でも夫婦でもなかった…恋心もないらしい。書類だけは夫婦だが。

あれはアレで大丈夫なのか?




「うん。あー、これ聞いて怒るかも…」

「どう言うことだ?誰の名字なんだ?」


 気まずそうに呟く蒼。嫌な予感がする。


「あの……先生の苗字」

「よし、明日朝イチで行くから早く寝るぞ。一刻も早く変えなきゃならなくなった」

「そう言うと思った…ふふっ」


 蒼が微笑みながら抱きついてくる。

両手でそれを迎えて、抱きしめて深呼吸する。



 

 最近離れがちで俺も寂しい。本当は一時も手放したくない。いっそ俺のところに来た時みたいに監禁して、閉じ込められたら良いと思ってしまう。

 でも…千尋の言うとおり蒼には羽が生えてるから捕まえられないんだ。自由を愛する天使は羽ばたいてこそ、幸せになれる。


 しかし緑川の苗字を宗介さんからもらっていたのは複雑だ。まさか初恋とかじゃないよな?

忘れよう。そうしよう。俺は何も知らん。





「昴…今日は本当にありがとう。私結婚するなんて、考えたこともなかったの。

 あんなにたくさんお花をもらったのも初めてだったし、引っ越しも全部して、指輪も用意して、綺麗に飾りつけてくれて…大変だったでしょう?」


「蒼が喜ぶ顔が見れるなら何でもする。引っ越しは慣れてるし、もう今後はしないからな…何も大変じゃなかったから気にしなくていい。

 宗介さんから聞いたよ。今日、倒れたんだって?」


 蒼が胸元でこくりと頷く。

 大変だったのは自分の方なのに相変わらず人の心配ばかりだな…。




「私燃費が悪いんだって。今までは昴達の美味しいご飯食べてたから大丈夫だったけど、カロリーの高いものを食べろって言ってた。

 ファクトリーの中でも、私は沢山ご飯食べてたみたいなの。二人分食べろって、言ってた」


「ふむ…なるほど。明日からカロリー計算も入れよう。オートミールで良く保っていたな…」


「ううん、しょっちゅう倒れてたみたい。みんなそうなんだって。

 明後日の潜入で、子供達にもお菓子持っていこうかな?でも食べ終わったら悲しくなっちゃうから…ダメだね」


「早くファクトリーを潰せば万事解決だ」

「そうだね。…明日は婚姻届出して、何するの?」



 蒼の瞼が半分下がってる。眠たいのもあって体温が高いんだな。

 …かわいいな…。目がはちみつみたいにとろけてる。眠たい時にもこうなるんだな…。




「明日は婚姻届を出したら、何もしない。ゆっくりして、美味しいものを食べて、昼寝して、庭でも探索するか」

「楽しみだね…お庭…野菜植えたいな…お花も…たくさ…」


 俺の胸に頬を寄せた蒼がすやすや寝息を立てている。

 蒼の体に自分の体を密着させる。一人でにほっ、とため息が出た。




 やっと、ちゃんと泣いてくれた。

 蒼が泣いた事で俺たちは完全に心がまとまった。

 寂しいと言って一人で泣いていた、あの後ろ姿を思い出すと胸が痛いが今日の泣きっぷりは良かったな…。漸く整理がつけられた気がする。

 相良に言われるまでもなく、そうしてやりたかったんだ。我慢強いのも考えものだな…。


 蒼に嵌められた指輪は多いし、当番制だから毎日一緒ではないが…この後の人生はこうしてずっとそばに居られる。

俺の苗字になって、俺の子を最初に産んでくれるんだ。




 好きになった人が、目一杯の愛情をくれる。幸せが溢れて、溶け出しそうだ。 

 蒼の額に口付けて、瞳を閉じる。


 愛してるじゃ足りないこの気持ちを、俺はずっと忘れない。

 

 ずっと、ずっと……。



 ━━━━━━




「住所欄はどうしたらいいの?」

「ここの住所で良いだろう。住民票の移動も今日同時にできる。俺たちも家族になるからそっちは千尋に頼むか。慧は養子縁組の届出が担当だしな」


「了解。免許の住所変更用に謄本も取っておく」

「俺が二人の親になる日が来ようとは思わなかったなぁ」



「えっ?養子…親??何それ?どういうこと???」


 蒼がびっくりした顔して、千尋が法律の説明を始めた。

 

 現在蒼は婚姻届を書いている最中だ。

俺が夫、蒼が妻。証人の欄に千尋と慧がいる。


 俺たちは1番年上の慧が親となり、養子縁組をして千尋が長男、俺が次男になる。

 歪な形ではあるが、これで全員…法律上は家族だ。




「慧が親で二人が子供なの!?なんで?」


「養子縁組は年上が子供を持たないといけないから。俺が31、千尋が30、昴が29だからね」


「はーなるほど。そうだよね、年上じゃなきゃおかしいもんね?じゃあこれでみんな家族になるって事?」


「そうだ。俺が長男だぞ」

「家庭内だと昴が1番下の子なんだね?」

「ふふん、守ってもらわなきゃな。慧に」




 蒼が微妙な顔をしている。


「でも…養子縁組までする必要があるの?」

「「「ある」」」


 3人で迷わず断言して、思わず笑ってしまう。




「誰かが怪我をして病院に入院した際の面会や、手術許諾書類、そう言ったものから始まって…財産相続権なんかも関与してくる。

 例えばこの家もそうだ。千尋に何かあった場合生き残った家族が追い出されてしまうし、思い出の詰まった家がなくなってしまう可能性がある」


 蒼がびっくりした顔になって、頷く。

 俺から引き継いで千尋が口を開く。


 


「第三者にも家族だと主張できるし、子供の授業参観も出られるだろ?税金の恩恵もある。

 あとは仕事に関してだ。

 俺たち警察は国家公務員だから、遺族年金がある。それを家族に渡せるようにしておきたいし、生命保険とかもそうだな。赤の他人同士ではこのあたりが難しい。

 病に倒れて先進医療を受けたい場合も、他人では申請できないんだ。子供も大人もな」


 蒼が真剣な表情で何度も頷いた。


 


「そう言うことなの……わたし、甘く見てた。三人が夫になるって言うことを。子供ができて、育って行った先で…苦労するかもしれなかったんだね。

 ずっと先の事まで考えてそうしてくれたの?」


 慧が頷いて蒼の頬をなぞる。


「子供のこともそうだし…俺たちが生きている間の生活もそうだし、お互い家業が家業だからね。いつ死んでも誰かが困らないようにしておかないと。

 家族になれるのは、俺は嬉しいよ…すごく。

ずっと一緒に戦ってきて心から信頼している二人と、愛してる蒼とそうなれることが嬉しい」


 なっ、なんだ…急に。

 慧がニコニコしながらこっちを眺めてくる。蒼と千尋はその様子を見て一緒に笑ってるし。




「俺も嬉しいよ。一気に家族が増えて幸せだ。宝物が増えた気持ちだよ。な、弟」 


 千尋はニヤけながら言ってる。お前は本当にそう言うことを恥ずかしげもなく言える奴だよ。


「お、弟とか言うな。どうして良いか分からなくなるだろ…」




 照れ臭い。恥ずかしい。嬉しい。いろんなものが湧き上がってきて処理が追いつかない。

 俺は天涯孤独だった。慧もそうだ。千尋も家族を早くに亡くしてる。


 この顛末の最終的な目的は…死んだ後の話。

 他人のままでは同じ墓に入れない。

家族になれば俺たちは死んで骨になっても、蒼と別れることなく一緒の墓に収まることができる。

これを喜んでるから俺はヤンデレなんだな。自分でも自分が怖い。




「今日は俺の車で行こう。蒼の蘊蓄でも聴きながらな」

「マセラティ!!マセラティっ!!」



 蒼のキラキラした目を見つめて、感嘆のため息を落とした。



━━━━━━




「は、え、あの…」


 市役所に来て、手続きの場所を聞いたら一箇所でできるらしくて…まとめて書類を出したら職員さんが固まってしまった。

 婚姻届に養子縁組の申請に住所変更だしな…。

 ついでに母子手帳も貰っていくことにしたからその紙も追加されてる。



「身分証明でしたら、こちらで可能でしょうか」


 千尋と二人で警察手帳を出す。

 ハッとした顔になった職員さんが力強く頷き、お待ちくださいと声をかけてくれる。




 

 待合室に座っていると、蒼がキョロキョロ周りを眺めていた。


「どうした?」

「私…こう言う所初めて来たの!すごいね、たくさん人がいるね!」

「役所が初めて…?住民票とか取りに行ったこともないのか?

 似たような場所と言えば、免許取りに免許センターにも行っただろ?」


「お役所は初めてだよ。住民票は実はよくわかってない…。

 免許センターは何回かしか行ってないからそこもよく知らないなぁ。仮免許もらって五日間たって、そこからまた試験に行ったけど人数少なかったし」


 


 ん…?何かおかしいな。


「教習所も似たような感じだと思うが…まさか」

「教習所?なにそれ?私免許センターしか行ってないよ?」


 三人で項垂れる。そう言うことか。




「えっ、な、何その反応?」

「蒼…一発免許か」

「ん?そう。…みんなそうじゃないの?」


 やはりだ。蒼の頭ならそうなる。


「普通は教習所に通うんだ。半年くらいかけて免許を取るんだよ…蒼なら一発でもいけるか…?いやでも合格率そんな高くないよな…」

「千尋…蒼なら教本読めば覚えるだろ?運転も土間さんが教えたとはいえ、一日でアレになったんだ。」

「はぁ…そういえばそうだね。末恐ろしい」




 三人で呟くと、蒼が頬を膨らませる。

 珍しい顔だ。かわいいな…。


「みんなして何なのっ。どう言う意味なの?半年かけないとダメだった?」



 千尋が反対側から蒼の手を握って指輪を眺めてニヤけてる。


「ダメってことはないよ。ただ一発試験は結構難関だ。蒼は誰に車の動かし方習ったんだ?」

「誰にも教わってないよ。それこそアニメで見たの」

「「「……」」」

 

 嘘だろ?嘘だと言ってくれ。


 


「流石にドリフトはできなかったけどねぇ。あとは本で調べたり、ファクトリーの中で車の運転はしなかったけどバイクは乗ってたし、土間さんが言う通り車もバイクも似てるでしょう?他の機械もたくさんあったの。車は戦車とほとんど同じだし。フォークリフトとか、ヘリコプターとか、船も。船は水がないから機械のイメージトレーニングだけだったけど」

 

「でも記憶喪失の時に免許取ったんだろ?」

「それは…体が覚えてたんじゃない?実はあんまり考えたことがなくて、わからない…」


「絶句するしかない」

「空も飛べるのか」

「怖い」




 宗介さんもそう言ってたんだから気づくべきだった。陸海空全部動かせると言うのは本当だな。

 あの人の由来はなんなんだ?それこそ戦争に参加してたのか?


「宗介さんは全部動かせると言っていたが、何をやっていたんだあの人は」


「先生は傭兵?してたんだって。元々は軍の施設で育ってて、若い時は軍隊にいて、戦争の最中に見捨てられて…悪い組織に拾われた感じだって」


「あぁ、そうなのか…あの人も大変だったんだな。ロシアのファクトリーも知っていたのはそれでかな。見た感じも名前も日本人だし国籍は日本だよな?」


「そうだよー。緑川宗介だしね」


 


「「……緑川??」」


 あーあ。蒼は地雷を踏んだぞ。俺は黙っていたのに。


「蒼の旧姓…まさかそう言うことなの?」

「あっ。しまった…」

「………蒼、初恋は誰だ?」


 慧と千尋の言葉に同じ結論に辿り着いたかと苦笑いしてしまう。


「あっ、あー、あのーええとー」

「蒼のその反応は…」


 

「明星さん~、庭見さん~」




 素晴らしいタイミングで名前を呼ばれて、慧と二人で席を立つ。

蒼は千尋に詰められて冷や汗をかいてるが、たまには良いだろう。




「…昴…どう思う?」

「そう言うことだろうな。あの反応は」


「ますます警戒しなきゃじゃん」

「…チーム編成が心配だが…千尋が蒼を守る意識が高くなるのは良いことだ」

 

「そうだね」


 慧と二人、こそこそ話して、カウンターに向かった。




 

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