第40話 月が綺麗ですね
千尋side
暗闇の中でスマートホンの明滅に気づき、そっと布団を抜ける。
小机の上に乱暴に置かれたそれは、はじっこで拗ねたように光っていた。
アプリをタップして、組織の中核たちで組まれたグループを開く。三桁のお知らせ件数とかどう言うことだ?何かあったか?
スクロールが終わらん…実況中継してたのか。銀達が戻って来て、蒼の元カレをアレコレしたようだ。
《討伐完了ですわー♡》
《めっちゃ楽しかったー。あ、生きてるよ一応》
《キキのおかげで根本から叩き潰せましたわね、最高でした!》
《スッキリしたな!雪乃のやり方も面白かった!》
《女は怖え》
《私は見ていません。何も。》
《ボス、警察庁にマジのイモムシ移送しておくね》
《本当に生きているのかそれは。まさかお前たちが戻ってくるとは思っていなかった。なぜキキまで居るんだ》
《ボランティアですから。蒼を傷つけたゴミムシは痛めつけないといけませんわよね♪》
《そうそう。アタシだって腹が立ってたんだ。蒼は殴れないだろ?あの子は優しいからな。…そういえば今日誰とヤるの?》
《おいやめろ》
《銀も知りたいだろ?蒼が誰と乱れてるのかってな?》
《寝る》
《あらら。からかい過ぎたか》
《キキ、銀はガチ勢ですわよ。お手柔らかに。で、どなたとしっぽりしてますの?》
《センシティブなんだけどー。今日は千尋の所だよ》
《ふん。じゃあ慧は例のやり方教えてやるから医院に来い》
《あっ、よろしくお願いします、キキ先生》
《何を教わるんだ》
《ボスと千尋には言えないこと》
《ほう?》
《蒼のためにもなる事さ。んじゃアタシはこれでおさらば》
《じゃ、俺も。》
《おい、待て!…どういう事なんだ》
《ボス…お医者様、蒼のため、鍛えると言えば一つしかないのではありませんか?》
《はっ…!?まさか》
《量の増化か強化じゃありませんこと?》
《ボクももう無理。蒼のこと清い目で見てるから。明け方に諜報活動があるしおやすみ》
《あらあら、桃はお子ちゃまですわね。ボス、やり方をご存知ないのでしたら資料をお送り致しますが》
《頼む》
《かしこまりました~♪不公平ですし千尋さんにもお送りしておきますわね》
《仕事の資料のようなやり取りが恐ろしいですが。既読がつきませんね?お楽しみ中でしょうか》
《あらあらぁー!スネークもなかなかですわねぇ!》
《やめてやれ》
……雪乃から謎の添付資料が来ている。蒼がいない時に見よう。そうしよう。
昴以外は全員名前呼びで定着か。メッセージのやり取りがもう…どうしたんだ。こんな組織だったか???
ため息をついて、スマホを放る。
壁の時計は夜中を越えたばかり。
最近健康?な生活だな。
俺の布団の中で蒼がすやすや眠っている。やっと、本宅に連れてこれた。
俺の家は親父が亡くなった時に継いだ一軒家。組織ビルから離れた場所にあるから、あまり戻っていなかった。
古民家だと伝えたら蒼が目をキラキラさせるもんだから、久々に帰宅して掃除して。
セキュリティは万全だが中は古い。
だが、蒼は喜んでくれた。畳を見て大興奮してたな。
「ん…?ん?」
パタパタと蒼の手が布団の中を泳ぐ。もしかして俺のこと探してるのかな。
かわいい。ちょっと面白い。
「蒼?起きたのか?」
布団ににじりよると、瞼が上がる。
「どこ行ってたの…?おトイレ?」
「いや、スマホ確認してた」
布団をめくって入ろうとすると、すっと手が上がって静止される。
「まって。浴衣?ちょ、ちょっと見せて…」
慌てて起き上がった蒼がまじまじとこちらを見ている。
障子越しの月明かりがほんのり瞳に映って、蒼の目が光っていた。
綺麗だな…浴衣がよく似合ってる。
「千尋の和服すっごくいいね…」
「そ、そうか?ここは残ってるのが和服ばかりだからな。普通の浴衣だぞ?」
「いい。本当にカッコいい。千尋のお家ぐっじょぶ…」
照れるだろ…そんなこと言われると。手を伸ばして、蒼の浴衣を整える。
見えてるとまずいんだ、色々とな。確かに俺の家グッジョブだが。
眠った後に着せたから寝崩れしてしまったな。
「はあぁー色っぽい…顎のラインとか首とか、筋肉がわかるのがすごくいい」
「蒼も色っぽいよ。わかってるのか?」
「そぉ?浴衣はじめてかも。」
「そうか。立てるなら着付け直すぞ」
「…また、脱ぐでしょ?」
「ん゛っ。そ、そうだな。」
「ねーえ?縁側でお月見しない?」
「あぁ、いいな。蚊取り線香持ってくる」
「わぁ!やったー!!」
布団の中で色っぽいこと言ってたのに足をパタパタして、小さい子みたいだ。
ふ、と笑いをこぼして物置になってる隣の部屋へ。
蚊取り線香…どこだっけ?
ガサゴソしてるとペタペタ歩く足音が聞こえた。足音まで可愛いとかどうなってるんだろうな。
「千尋?どこ?」
「あ、あったあった。もう戻るよ」
蚊取り線香を灰おきに乗せて部屋をでる。蒼…ドアの後ろに隠れてるな。
「ばぁ」
「び、びっくりしたなぁ」
「むう。嘘つかないで。わかってたでしょ」
「ごめん」
蒼が笑いながら手を繋いでくる。
俺は今、違う意味でドキドキしてるんだが。脅かしてくるとか…可愛すぎる。
「しばらく線香焚いてから出よう。浴衣を着付け直すから。」
「うん」
線香に火をつけ、縁側に出す。もう結構涼しいな。
窓を閉めて、蒼を立たせて浴衣に手をつけた。胸が大きいから、緩みやすいのかこれは。なるほど…なるほど。
「すごいね、そうやって着付けするんだ…」
「浴衣はそこまで難しくはないぞ。キツくないか?」
「大丈夫。…千尋禁煙してるんだね。タバコ減ってない…」
小机の上のライターと一緒に置かれたタバコを見て、蒼がつぶやく。
「そりゃそうだ。子作りするのにタバコはダメって書いてあったし。蒼が必要になるかもしれんから持ち歩いてるだけだよ」
「辛くない?先生が禁煙しようとして当たり散らしてたの覚えてる」
「もともとそんなに吸ってないぞ。このくらいなんでもない。」
タバコに執着はしてないはずだが、口寂しいときはある。
蒼とキスしてればそんなのはなくなるし…蒼には依存してる。
蒼の手を引いて、縁側に出る。座布団を敷いて、二人並んで腰掛けた。
意外に涼しくて快適だ。月明かりの下でそよそよと冷たい風が吹き、鈴虫の声が聞こえる。
「もう秋だね」
「そうだな。寒くないか?」
「…寒くないけど、くっつきたい」
蒼の腰に手を回して引き寄せる。
ピッタリ体をくっつけて、星空と月を眺めた。
大きな満月が星空に浮かぶ。お団子でも買ってくればよかったかな。
「お団子食べたいね」
「俺も今そう思ってた。次は用意しておくよ」
「えへへ…」
お互い笑って、足の足から頭のてっぺんまで寄り添う。幸せなひとときとしか言いようがない。まるで世の中の幸せを煮詰めたような空間に酔いしれる。
「みんなでお家一緒にしたらいい気がするんだけど、どうなの?」
「俺たちと蒼とで?」
「うん。赤ちゃんできたらそうしないといけないでしょう?あぁ、でも夜は…困っちゃうね」
「んん…それはおいおい考えよう。防音でもつければいいんじゃないか」
「それいいねぇ、そうしよ。楽しみだなぁ」
蚊取り線香の匂いがしてる。
懐かしい匂いだ。もう、夏も終わりだな。
今日一日も濃かったな。蒼が来てから、ずっと毎日がこんな感じだ。
「俺は、今日…これが蒼なんだと思った」
「ん?私?」
腕の中で蒼が見上げてくる。
髪を耳にかけて、そのまま指先でなぞる。
「慧のピアスを外して、昴の本音を引き出して、俺をそのままの姿にする。
怪我をしてまで人を守ろうとする。
組織の連中が素性を明かして、名前で呼べっていう。
事務所がカフェみたいな匂いしてた。殺伐として、血と硝煙に塗れた日々が…全部暖かくて優しい物になった」
「そ、そう?…もともと、そうだっただけだよ。あるべき姿に戻ったんだと思うけど…」
「そうできなかったんだよ、今までは。蒼が来た事で、みんな丸裸にされて、優しく包まれて…幸せになる。
蒼が翼をくれたって言ったろ?蒼がみんなに自由の羽を分けてる」
蒼がジト目になった。
あれ。思ってた反応と違うな?
「千尋…学生時代かなりモテたでしょ」
「な、何でだ?そりゃ、普通には…でも彼女が出来てもすぐフラれるんだ。受け止めきれないって。だからモテたかどうかは微妙だな」
「気持ちはわかるよ、うん」
どういう意味なんだ、それは。
俺…もしかして重い男なのか?
「俺はまた振られるのか?どうしたら回避できるんだ…蒼にだけは振られたくない」
例え振られたとしてもずっと好きだが、できれば避けたい。
「そういう事じゃないの。千尋のまっすぐな言葉がね、くすぐったいの。
語彙力がすごいし、クサいセリフ言うし、選ぶ言葉の意味が深過ぎてどうしたらいいかわからなくなる。
でも、そう言うところも好き。私だって好きなのに振るわけないでしょ。」
「クサいか…本の虫だったから語彙力はあるかもしれないな。普通な気がしてるんだが違うのか?」
「普通じゃないよ。千尋の心が全部もらえたような気がして、ドキドキしちゃう。クサいセリフは千尋なら、好き」
「そうか…」
胸の中が暖かい。俺の心を満たすのは蒼だけだ。
蒼だって、いつでも全部を俺にくれる。
体も、心も。
頭を蒼の頭に乗せて、感嘆の吐息が溢れてしまう。
……怖いよ。こんなに幸せで。
もし蒼をなくすかもしれないと思うと、底知れぬ恐怖に囚われてしまいそうだ。
「千尋はみんなの前だとキリッとして、ちょっと冷たい感じだけど、私といる時とか、昴と慧の前だと可愛いよね」
「蒼は誰でも可愛いと思ってるだろ。シル…銀とか」
「ふふ、うん。みんな優しいんだもの。組織の人は優しい人ばっかり」
「蒼だからだろ。他の人じゃこうならないよ」
「そーかなぁ?でも一番可愛いのは千尋だよ」
「複雑なんだが」
「ふふ。ギャップがすごいよね。昴はヤンデレだし、慧は優しいのに意地悪だし。私の恋人さん達は味が濃いめ。」
「ヤンデレ?いじわる?」
「そう。初日に盗聴器しかけたでしょ、サロンに」
「あー。あー…」
「慧は…えっちなこと言わせる。焦らされるし」
「…なるほど?」
蒼が上目遣いで見てくる。
「千尋は優しいの。甘くて溶けちゃいそう…」
そう、出来ているといいけど。
俺自身はしつこいやり方をしているとは思う。蒼の体力を限界まで消費してしまうのはどうにかしたいが厳しいな。
それでも嫌と言わない蒼が、俺の手の中で幸せそうに微笑んでくれる。
月の光が柔らかく体を包み込む。
朝の眩しい光も、夕方の優しい色の空も、太陽の熱も、月の柔らかな光も、全部が蒼に思える。
俺にとってはそう言う人だ。
「千尋…月が綺麗ですね」
笑顔の蒼が照れながら伝えてくる。
本の虫の俺にそれを言うとは。なかなかやるな。
「ずっと…綺麗だったよ」
微笑み返しながら見つめると、蒼が真っ赤になった。
「そ、そう言うところでしょ!!そんな返し方なのズルい…」
「ふ、いくらでもあるぞ。蒼といると言葉が溢れてくる」
「うう…」
目線を逸らさない蒼。
俺もじっと見詰める。
愛してる。愛してるよ。
語彙力が無くなることもあるな。こう言うときは。必要な言葉が一つしかなくなるんだ。
蒼の手を握って、キスで触れ合う。
浅いキスが重なるたびに深くなっていく。
「千尋…お布団連れてって…」
蒼の小さな声に瞬きで応えて、もう一度唇を重ねた。
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