第23話 going hot

蒼side



 朝は若干もたついたけど、マッサージで血行促進してもらってスッキリ起きて、チヒロのお家にお邪魔してる。

 ううん…これは多分、チヒロのお家じゃない。


 ワンルームのアパート、畳が敷かれてほとんど何もない部屋。私が落ち着くレベルのお家。畳の上にチヒロと昴が正座で座ってる

な、何事?ちょっと怖い…。




「どうぞ」

「は、はい」


 チヒロに座布団を差し出されて、座る。慧が静かに横に座った。

 

「まずは、昨日の話から。俺たちの事についてだ」



 チヒロと昴はビシッとしたスーツ。

 今日はチヒロのお家に行くからグレーのパーカーと黒いスキニーパンツで来たんだけど、慧もスーツを着てるから私だけ浮いてる。なんだか空気がピリピリしてるし。




「ここは俺のセーフハウスって言う、目眩し用の家。俺と昴はこう言う家をたくさん持ってる。朝からここに来てもらったのは、俺たちの本巣の話をするためだ。

 二人を騙したり、裏切るつもりはない。最後まで迷ったが、事態が進行してる。……もう、どちらにしても話さなければならない段階になってしまったんだ」


 真剣な顔のままチヒロが話してる。

 昴は眉を顰めたまま目を瞑っていた。


「俺たちは、警察官だ。正確に言えば悪い組織に潜入する役割を持ってる。立場的に言えば昴が上司だが、現段階できちんと繋がってるのは俺だけだ」


「警察…」




 びっくりして慧を思わず見ると、苦笑いしてる。知ってたの?


「知ってたよ。俺はもう警告を受けた。おばあちゃんのふりしてる人に」

「おばあちゃん?あっ!?もしかして、白髪のお団子頭で、細身の…目が細くて鼻が小さくて耳が大きいひと?」

 

「あれ?蒼にも接触してたの?ボスがホテルに寄ったのはそれかな」

「昴、聞いてないぞ」


「盗聴器を仕掛けられた時のことだ。目眩しにホテルに寄った」


「なんだアレか。警察は公的組織だから手数が多いし、昴は放置されてるが蒼との距離が近いから探りを入れたんだろう。

 慧もそうだが、昴も俺も親がいない。そういう奴は組織潜入に使える後腐れのない駒なんだ。

 使い捨てるつもりで潜入させたんだろうが、昴は組織内部で偉くなりすぎた。警察の繋がりがほとんどなくなってる。

俺も警察ではもう上に上がるには難しい立場だ。

 連絡役ってのがついて、情報共有したりケガした場合は迎えに来てフォローするんだが、昴についたのがクソみたいな奴でな。

 昴は、蒼と出会った日にそれを待ちぼうけしてたんだ」



 

 あの日…そうだったんだ。だからあんなにしょんぼりしてたんだね。

警察、潜入捜査、使い捨ての駒…でも、待って。


「昴は、シンジケートのボスになっちゃってるけど、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない。本来潰すはずの組織を牛耳って利益を出してしまってるんだ。目の上のたんこぶどころの話じゃない」


「連絡役が繋がないから、俺はどうしていいか迷っていた。もう随分前から本巣はこっちだと思っている」

 

 あまりにもぽんぽん話されるから、混乱してる。何が起きてこうなったの?と言うか今後どうなるの?



 


「昴や俺の立場は警察内ではあまり良くない。俺の連絡役はきちんとした人だし助けてくれるけど、昴は完全に連絡を断たれてる。俺も、今朝引き上げ命令が来た。それから、打診もだ」


「打診?」


 慧が問いかけると、二人が頷く。


「昴が正規にボスとしてこの組織を動かし、警察の裏稼業をさせたいそうだ。

 形式上昴が警察のままになるのかどうかは不明だが、本人に連絡がないことを見ると…切るつもりで居るだろう。

 直前の目標としては、昴が統治するウチの組織よりも、蒼の出身ファクトリーの方が問題だと言う話しになった」




 なんだか、お腹の底からチリチリした感情が浮かび上がってくる。

昨日、慧の話を聞いた時と同じもの。


「ボスはどうするの?」

「…今日の夜パーティーが開かれる。

 組織のボスとして招待を受けて、警察の上層部がやってきて会談という形だ」


「会談じゃないだろ。警察の仲間として守ってくれもしないくせに命令の形をとるんだ。拒否すれば昴は始末される可能性が高い。だから、俺が行く。まだ警察と繋がっている俺の方がマシな結果になる」




 チヒロが決意に満ちた眼差しで伝えてくる。


「チヒロが行くの?俺も…」


「慧は駄目だ。パーティーに参加できるのは男女1組のみ。かなり限られた人数しか来ない。

 昴はバーテンダーで潜入、慧は蒼の護衛で留守番してくれ」


「この先は…どう、するの?」




 チヒロがわずかに躊躇い、口を開く。


「俺たちは駒として使われるのはもうやめだ。組織側の人間として警察と交渉する」


「……警察やめるの?ボスもチヒロも?」


「もう殆ど辞めてるのと同じだ。昴にはなんの後ろ盾もない、守ってもらえない。その上で利用しようとするなら、そこに正義はない。

 俺たちは正義の名の下に働いてきた。

日本の人のためにと言いながら人を殺し、自分も怪我をして命のやり取りをしてきた。

 俺たちの正義は変わらないが、大元の色が変わってしまった。それなら俺たちの色を貫くまでだ」


 


「…ごめんな、蒼」


 昴とチヒロが切なそうな表情になる。


「俺もチヒロも共倒れになる可能性がある。蒼の返事も聞けないかもしれない」


「パーティーって、いつ?」

「今日の夜22時から。昴は20時から潜入、俺は時間通りに動く。」


 慧の腕時計を見る。朝8時半。まだ十時間以上ある。まだ、何もかも諦めるには早いでしょ。

 




「私も行く。男女ペアで入れるんでしょ」


 三人とも一斉に驚いてる。

最近は自分でもビックリするほど感情に波がある。

 怒ったり、泣いたり、笑ったり。

 私ってこんな人だったかな。

 よくわからないけど、前よりもずっと生きてる感じがする。


  

「残って欲しいんだが」

「いやです。今日の残り時間で教わるはずだったものを全部教えて。記憶が戻れば殆どできるはず。私はファクトリーから出てきたんでしょ?」


「でも…」

「でももかかしもないの。実力行使しても抵抗するからね」


 シュルシュルと慧が撒き直した包帯を解く。裂傷だから治りにくいけど、ほとんどくっついてる。手袋をすれば問題ない。


 



「私、怒ってるの」

 

 隣で慧がふ、と微笑む。

もしかして、昨日と同じ顔してる?そうかも。

 苦手だったこれは必要な時に出てくるものだと昨日知った。あの子に対しての気持ちと同じくらい、怒ってます。


 

「な、なんで怒ってるんだ?」


「駒って何?私の大切な人を利用して、その生命の価値を勝手に決めて何様なの。警察が偉いかどうかなんてそんなの関係ないでしょ。

 昴もチヒロもどうしてされるがままなの?正義の色が変わらないなら、相手を殺してでも生き残ってそれを証明して」

 

「「……」」


「俺は蒼に賛成。朝復習したけど身を守る術はほとんどマスターしてるし、問題ない。あと、こうなったら止めても無駄だよ」


「ふんっ。交渉ごとはわかんないけど、わたしが二人を守るナイトになる。チヒロ、銃と毒教えて。あと、作戦あるでしょ?それも。パーティーとやらに参加する人も覚える必要があるし、秘密の暗号とかもあるでしょ?アイコンタクトとか。」 


「でも、そんな…習ってすぐに実践なんて」


「やってみないとわからないよ。二人が危ないなら、私を連れて行けるか試したほうがいいと思うの。人数はいた方がいい。足手纏いになるなら待ってる」

 

 二人の表情は変わらないけど、わたしも変えない。絶対譲らないからね。




「…やってみてダメなら、置いていく」

「うん。わかった」


「チヒロ…」

「どうせやる事なんかもうない。俺たちが共倒れなら知っていた方がいいだろう。どっちにしてもな」

「そう…か」




 一人立ち上がり、腰に手を当てる。

  

「私の本気ってやつを見せてやるからねっ!」


 三人がへにょり、と眉を下げる。もう!ちょっと!しっかりして。


「ここはえいえいおー!でしょ!」

「またそれか」

「昴?今日はちゃんとしてね?」


 ベッドの上でえいえいおー!した時を思い出す。




 しょんぼりして待ってるなんて、してやらない。私は私の大切な人を守るの。

 

 精一杯の力で。




「打倒警察!えいえいおー!」

「「「おー…」」」


 力無い応答が小さな部屋に広がった。





 ━━━━━━


 薄い革の手袋をはめて、拳銃を握った。


「うーん」


 手の中にはベレッタM9がある。


「うーん」


 なんて言うか、違和感がある。妙に重いような気がしてしっくり来ない。

 あと、何かが足りない。


 目を閉じて、あれが始まるのを待つ。

 記憶が戻る時に聞こえる映写機の音。あれはきっと今回使わなきゃならないと思う。どうしたらそれが聞こえるだろう?


 壁にもたれた三人を眺める。チヒロがジャケットを脱いで近寄ってくる。




「一回見せるか?」


 胸ポケットにタバコが見えた。


「チヒロ、それ」

 

 タバコをトントン、と叩く。


「えっ?吸うのか?」

「ううん。火をつけて。煙が欲しいの」

「煙?」


 微妙な顔をして、チヒロがタバコに火をつけて吐き出される白い煙。あ、懐かしい…この匂いだ。




 ふわふわ漂う煙、真っ黒な的。

 人形の的は銃的人型って言うの。殆ど穴が空いてない的は久しぶりに見る。


 白い煙の中で目を閉じる。イヤーマフを外して、手袋をきっちり締め直す。

 

「…蒼?」




 チヒロの灰色の瞳の中に、真っ黒な瞳孔が見える。あの人の影が重なる。大きくて、怖くて、いつもそばにいたあの人…先生が。

チヒロが吐き出した煙を胸いっぱいに吸うと、カタカタ、パタパタと映写機の音が聞こえる。……うん、これだ。




『本来ならM9を使うが、お前たちは消耗品だからな。M92だ。M9は軍用、92は民間用。プラスチックが使われてる』


 お酒で焼けた、先生の声がする。ああ、そうか。

 手の中の拳銃をなぞる。刻印も、造りもこっちの方が丁寧なんだな。だからしっくり来ないんだ。


『6条右回りなのは変わらん。発数がM9の方が一発多いが有効射程も初速も同じだ』




 すでに外したセーフティーをなぞり、両手を掲げて二等辺三角形を作る。肘は少し曲げたまま。

 膝を曲げて、僅かに前傾して焦点をフロントサイトに合わせる。わたしは利き目が左だから頭を右に傾けた。


「going hot」




 呟き、トリガーを指の腹で引く。

発射された弾がタバコの煙を引き裂き、的に吸い込まれていく。


 反動で上がる先端。手首から先を柔軟に動かして跳ね上がりを抑えてエイム。

同時にトリガーリセットのポイントまで指を戻す、ウォールの位置まで素早くトリガーを引く、ウォールの位置から最後まで引き切る。繰り返し、繰り返し。


 5発打って、静止、5発打って静止、最後の5発を打ち切り、つぎのマガジンを…腰に手をやって、スカッと空振りする。

 あ、そうか。マガジン用意してなかった。


「わー。手が痺れた…」


 筋力が落ちてるのかも。ずっと撃ってなかったし。

 


「的確認お願いしまーす」

 

 手を挙げて空薬莢を拾う。

 

「「「……」」」


 あっ、しまった。癖でやってしまった。嫌な癖だなぁ。今まで覚えてなかったのに。

 手を下げて、チヒロに苦笑いを向ける。




「ごめん、癖で」

「やっぱり撃てたのか。しかも速射のやり方まで完璧だし。そうか…」


「エイムが早すぎる。反動の戻し方まで完璧じゃないか」

「蒼、何発までやる気だったの?」


「記憶だと30まではやって、的確認して外してたらゲンコツもらって、それを数時間繰り返してたかな?その辺まではちょっと思い出せないかも」



 肩をコキコキ鳴らす。手も肩も痺れてるけど、大きい銃を使って骨が外れる方が辛かったし、ゲンコツの方がもっともっと痛かった。

 銃は問題ないかな。使える確信が持てた。




「殺しに行くんじゃないならマガジンの予備はいらないよね?」

「そうだな。そうなる予定だ。」

「ドレス着るから予備は持っていけないかなぁ。一つくらいは持てるかも」


 横で苦い顔をしてるチヒロにハンドガンを差し出す。代わりにM1911を差し出される。日本だと、コルトガバメントっていうんだね。

 


「M92使ってたからM9はちょっと重かった」

「20gくらいしか差がないぞ」


「あはは。女の子にはわずかな差がブレに繋がるんだよねぇ。

ちゃんと当たったかな?」



 チヒロがブースの中にあるボタンを押すと、頭の上にある画面にアップで的が映し出された。


「わー、バラけたねぇ」

「バラけたって言えないだろこれは」


 的に全弾当たってるけど、心臓あたりに穴が多数。調子が良ければ穴ひとつのはずなのにな。




「もう少しやろうか。痺れは?」

「ちょっとあるけど平気。」

「タバコもいるか?」

「ううん。もう思い出したから大丈夫」


 


 紙の箱から実弾の束を引き出し、マガジンに詰めていく。スライドを引いて、マガジンをセット。

 チヒロが離れて、三人が後ろで視線をわたしに纏わせる。

検定の時みたい。わたしは落ちてばかりだったけど。


「going hot」


 小さく呟き、もう一度引き金を引いた。









 

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