第11話 恋バナ

???side



「それで、まだ言う気ないの?そろそろ飽きてきたんだけど」

 

 優しげな口調で冷たく言い放つ男は、いかにも柄の悪そうな風体だった。


 男にしては長髪。肩までの長さで癖のない黒髪、黒目、つり上がった眦…両耳に大量のピアス。

 目を細めているのは恐らく微笑んでいるつもりなのだろうが、それがさらに得体の知れない恐怖を運んでくる。暗く沈んだ夜の海のような、深い闇を湛えた瞳が蝋燭の炎にゆらめいている。




「もう見えるところもやろう。時間の無駄だ」

 

 さらに冷たい声。もう1人の男だ。


 長髪の男よりもさらに背が高く、前髪の長い短髪、こいつもつり目だが猫目だ。目の色がグレーなのは海外出身なのだろうか。

 痛めつけるための道具を広げ、それを持ち上げる度に腕の筋肉が盛り上がる。

見た目はまともそうだが、こいつの方がイカれてる。


 人を殺したことがあるのは2人ともそうだが、こいつは無表情で何も感じていない顔だ。人の血を見て何も感じないのか?痛めつけている箇所が的確なのは痛みを知っているからこそのはずなのに…灰色の瞳に自分が映り込むたびに怖気が走る。



 体を切り刻むでもなく、染み込むような痛みを与えてくる。

血は流さず最小限の力で痛みを継続させ、精神的に抉ってくる、正しく拷問のプロと言える奴らだ。




「なぁ、もう面倒なんだ、こちらもまだ仕事がある。コレ使うぞ?そんな高級品じゃない。二束三文で買い叩いた粗悪品だ」


 冷たいグレーの瞳。手に持っているのはどう見ても注射器だ。丁寧に空気を抜いて、手のひらを押さえつけ…指先に針の先端が迫ってくる。


「ここが1番痛いんだ。末端神経だからな」 


 無表情のまま告げて、じっと指先を見つめている。




「あ、ねえ待って。あった」


 長髪の男が皮膚に埋め込まれたチップを引きちぎられて激痛が走った。

薄い皮膚の下では無く、それを見つけるには時間がかかる筈だったのに…どうしてわかった?


「悪趣味だね。場所がよくない」

「寄越せ」

「はいはい」




 小さなPCを取りだし、血液を拭って猫目の男が読み取り口に差し入れる。

バカめ、そんなもので読み取れるほど甘い作りにはしていない筈だ。


「チッ。トラップだらけじゃないか」

「セカンドなら問題ないでしょ。他にもあるかなー?」



 小さなナイフで皮膚を捲り、端末が無いかを探ってくる。

 僅かな血を流すのみにしているのはまだ尋問する予定があるという事だ。自分自身で結論を出して、さらに絶望へと追い込まれる。

 

 頭がおかしくなりそうだ……。


 

「なるほどな。殆ど分かったよ。これで人体の判別をしてるようだ」

「入館パス的な?んー、もうなさそう」


 どうして…なぜ解析できた!?

 常人ではなし得ない速さで解析されて、動揺してしまう。

興味なさげな目でチラリと視線を寄越してため息が落とされた。

 

「これで大元をたどれる。あとは任せよう」




 セカンドと呼ばれた男が脇目も振らずに部屋の外へ出ていく。殺してくれさえしないのか?俺はもう何も持っていない。


「ねぇ、喋れば逃がしてあげるよ?」

  

 長髪の男が先程とは違う、にこりとした笑みを浮かべてくる。何も情報がないのに…何を言えって言うんだ。

 

「……うーん、ダメかあ。おい」




 複数人の……更にガラの悪い男が現れた。全員上背が高く、目が濁っている。この組織は…正しく悪人しかいないんだな。


「どこまでにしときましょうか?サード」

「前後不覚かな。」


 質のいいジャケットを羽織り、背中を向けた男はちら、と振り返る。




「じゃーね。楽しい時間を。」



━━━━━━

 ケイside




「ご苦労」

「蒼は?あぁ、寝てるのか」

「あらら、可愛い顔しちゃって」


 尋問から戻って上役用の最上階へ。

 大した情報は抜き取れなかったし人数も1人だけ捕まえるとか。

うちの組員は困ったもんだ。車から降りて自分が捕まえた方が良かったかな。




 大きなパソコンの前で千尋が眼鏡をかける。

 最近老眼にでもなったのかと思いきや、ブルーライトカット眼鏡とは。ほとんどパソコンの前にいるのに目が悪くならないのは羨ましい。メガネがよくお似合いで。


 パソコンの画面がメガネに映り込み、複数画面が立ち上がっているのが見える。

 機械系は苦手だから千尋に任せ切りだ。何でもできるボスにもチヒロにも貢献できてないのが最近の悩みだけど…予想外のことばかり起きるから仕方ないと言えばないかも。




「捕まえた奴は?」


 ボスがコーヒーを持ってくる。

コーヒーマシンのじゃなくてボスが入れるおいしーいコーヒー飲みたいけど仕方ない。


「ありがと。あんまり痛めつけてないけど、抵抗してると言うか何も知らないっぽいかな。ここの場所を知られてるから処理屋に回すことになるよ」



「ふむ。目的はどうだった」


 3人でコーヒーをすすりつつ、蒼を見つめる。ソファーで横になってピクリとも動かない。

 ちょっと不安になって、蒼のそばにかがみ込む。僅かに開かれた口からすうすうと、小さな呼吸音。…ん、生きてる。ホッとした。




「蒼が目的なのは間違いない。けいが見つけたのは生体認証チップだから相手は割れる」

「この前とは別か?」


「別だ。サロンに来たのは昴が目的、今回は蒼が目的。蒼の写真を持ってた。今よりは幼い顔のだが」


 うん、そう。蒼に間違いない写真だった。無表情で、ぼんやりした感じの写真だったけど。

 今より髪の毛が長くて、目つきが鋭かった。

ガリガリに痩せ細ってたから虐待されていた可能性は否定できなくなった。それをしたのが親以外の人間と言う可能性も出てきた。



 

「後ろ暗い組織に狙われるような何かがあるのか?それとも俺たちに関わったから狙われたのか…」

「蒼自身に何かあるっぽいよねぇ。今日ラーメン食べに行って知ったけと、お腹が減って泣くってのは、どう考えても虐待を受けてる筈なんだよ。

 本人は親に恨みがないって言ってたけど、こうしてみると微かに古い傷痕がある。やったのが親か、親じゃないかはわからないけど」

「確かに傷痕があったな……」




 ボスをちらりと見ると、困ったもんだ。頬を赤く染めてる。傷痕を知ってるって事は蒼が来た初日に見たんだな。

 こんなこと今まで無かったから俺は驚いてる。

どんな美人の女の子と遊んでもつまらなさそうにして、組織同士の取引での付き合い以外は手を出すのも面倒くさがってたのに。




 まぁ、何となく分かってしまってはいる。


 蒼、可愛いもん。


 見た目は普通の女の子だけど、時々びっくりするような美人に見える。どうしてなのか、まだちゃんとわかってないけど。

 薄茶色のロングストレートは今時の子にしては染めてはない。バージンヘアーってやつで痛んでない髪の毛だ。目も琥珀っぽい色素の薄い目、殆どオレンジに近い綺麗な色。おっぱいはおっきい。くびれも結構いい。足も手もちょうどよくお肉がついてる。

 

 …それは置いといて。

美人に見せてるのは彼女の姿勢と心かな。


 


 本人は普通だと思ってるみたいだけど、いつも背筋が伸びて体の中心に力を込めて動いてる。

 手足に力を入れず、丹田の力で動くもんだから気配がほとんどない。

脳みそが空っぽなのかと思ったけどそういう訳でもないし。


 美容サロンに勤めていてそんなふうになるのか調べたけど、ここまでになるかはわからない。体の軸をブレないように使うって言うのは仕事柄みたいだけど、数年でできた姿勢じゃない。あまりにも熟練された動作にしか見えなかった。


 

 手の動き、足の動きは緩慢なように見えて隙がなく、普段荒事をしてる俺たちもびっくりするほどの反応の速さと順応性。

 時々躓いたりぼーっとしてるのがかなりのギャップだけど。


 車の運転に関しては恐らくアニメが元だ。あんな運転した事がないと言うのはわかる。

 ハンドルの持ち方やシフトノブの握り方が素人のそれだった。

 

手に豆もないし、筋肉がある訳でもない。ぱっと見はどう見ても普通なのに…特筆すべきは記憶力の恐ろしさ。

 蒼は……普通の子じゃない。




 だからボスの執着が怖い。

 彼女のサロンに通いつめて、盗聴器まで仕掛けていた。ボスを狙ってきた相手なら蒼が殺されてから人員を捕まえればよかっただけだし、当初の予定ではそうだったのに。


 蒼が害されそうになったら勝手に乗り込んでっちゃうし。困ったもんだ。




「蒼は何なんだろう…体の使い方がうますぎる。十年じゃ効かない熟練の動きだよ」

「そうだな。精神分析の結果はどうだった?今日聞いてきたんだろ?」


「うん…記録上は出てきたキーワードが不穏だったなぁ。

俺が見た感じだとまるでどこかの研究所で生まれて、訓練を受けてる。

 あんまり役に立つ情報はなかったな。お腹が空くと泣くってのは食べられなかった辛い過去がある筈なのに、その記憶が丸ごとないなんて本来あり得ないんだ。

 何かを聞かれた時に細かく答える癖はそこで付けられたものだと思う。

 訪問販売に来た人間の特徴も、あれは完全に無意識で答えてたし。…ご飯作ってる時に確認したんでしょ?」




「あいつは組織は関係なかったな。警察の方に通報が複数あって逮捕されている」

「えっ!ボス警察に行ってきたの?」


「いや、千尋の連絡役に聞いた」

「あぁ、なんだ。びっくりした」

「俺にやらせればいいのに」

「あの時は調べ物してただろう」




 千尋がメガネを直して苦笑いになる。


「蒼はカメラアイ、瞬間記憶能力持ちだな。情報を読み取る能力も優れてる。無駄に度胸がいいのは良く分からんが。

 精神的に不安定で体を使う能力に優れてるとか、ファクトリー系と思ったがデータがない。

ファクトリー出身にしてはのほほんとしすぎで人間くさい。結局確証は何も得てないのと同じだな」


 

 ファクトリー…。闇社会で活躍する暗殺者育成施設のことだ。遺伝子操作を行い、幼少期から武器を扱わせて殺人に特化した人間をつくりあげて道具として売買している。

 今ある蒼の情報だけだと、逆にそれで解決するんだけどな。ウチにも外部から拾ったファクトリー出の人間がいる。




「20歳までの記憶喪失、カメラアイ、鈍い恐怖心、身体能力の扱いに優れていて知能も高い。

 その反面腹が空くと起き上がれないほど泣く、突然恐怖を呼び起こされて自我を失う。

 ポーっとしてるかと思いきや、異常なまでの集中力。訪問販売が来た時にあやしたんだが、それをされたことがないようだった」


「あやした?何したの?」

「俺の膝の上で丸めて抱きしめて、背中を叩いて揺らしたんだ。何してるんだろうと言わんばかりにはてなマークを浮かべていたが、そのうち寝た。甘えるように頬をすり寄せて…子供みたいだった」

「子供ねぇ。その割にはやる事やってんじゃん」

「うっ」



 

 ボスが気まずい顔になってると言うことは誘惑されたわけでも無く自分の意思でやったってことだ。

 蒼の首に着いたキスマークは薄くなってるけどほんのりまだ残ってる。

この人が女の子に跡を残すの初めて見たんだけど。あれって独占欲とかそう言うものの化身だよ。


「こほん。一応経験済みだったようだ。かなり拙いし、しばらくしていなかったようだが。しぶとかったから苦労した」

「ふーん。ボスのテクでしぶといとはねぇ。そっちの訓練もしてたりして」


 蒼の顔を隠したやわらかい髪の毛を耳にかける。

キレイな耳だ。ピアスの穴ひとつすらない。どう見ても見た目は普通の子なんだけどな。





「その割りには抵抗していた。叶わないとわかって大人しくはなったが、蹴りあげようとしてくるし、じゃじゃ馬だったぞ」


「あはは。ウケる。ボスが何回もしてない時点でその線はないかぁ。違う意味ではご執心ぽいけど。快楽漬けにしちゃえば楽になるんじゃないの?何でしないの?」


 いつもならそうしてるし出来るはずなのに。籠絡するのがセオリーだろ。

まるで恋人みたいに大切にしちゃってさ。

 バカみたいに私服を増やすし、ご飯だって手作りだし、何かあればすぐに飛んでっちゃう。いつもならこんな事しない。




「出来ないんだ。正直わからん。手出ししたいと思っても簡単に袖に振られるしな」

「ボス…腕落ちた?」

「そうかもしれないと思うほどには振られてるな」


「あー聞いた。昨日マッサージされて寝たんでしょ」

「そうだ」 


「初日みたいに無理やりすればいいのに何でしないのかなー。ボスもしかして好きなの?執着しすぎじゃない?俺心配だなぁ」


 ボスが俺の言葉に眉をしかめた。




 酷いこと言ってる自覚はある。でも、ボスに危険があるのは嫌なんだよ。俺の中心はボスだから。

 ボスが言うなら何でもするし、どこにでもついて行く。俺の命はボスのものだ。


 ただ、蒼に絆されそうになってるのはボスだけじゃない。千尋も…俺も。 

不思議な魅力を持っていて、アンバランスで、素直で綺麗な蒼に惹かれてしまっている。


 目の前で人が拳銃で撃たれて、自分も害されてるのにさぁ。ボスに無理やり犯されて、その翌日普通にご飯食べてお礼言うとかヤバいでしょ。

 いちいち動作が可愛いし。なんなの。

平和?な日常を引っ掻き回されて怖い反面、ワクワクしちゃってるんだよ。


 


「執着は自覚がある。とりあえずはお互い様子見したいんだが。お前達もそうだろ」

「まあねぇー」

「…否定はしない」




 そうなんだよ。三人ともボスがここまで関わって危ないってわかってるのに、蒼を始末できない。本当は食べ物に毒を仕込むつもりだったのに、布団の山から出てきた蒼が可愛くてつい忘れた。

 ナポリタン食べながらニコニコしてさ。本当に可愛かった。

 何か安心できる材料がないかいつも探してしまう。あと何かあげたくなる。

 

 どうでもいい女の子にエルメスなんて買わないよ。他の店が閉まってるなんて嘘までついたし。 

もうこれ…ヤバイ気がしてます。はい。




「チップの情報から研究施設が出てきたが、製薬会社だな。ただセキュリティがきつい。潜らないと分からんな。時間をくれ」


「わかった。とりあえず蒼を布団に寝かせたい。帰るぞ」

「はいはーい。エントランスに見張りは立たせてあるけど気をつけてね」

「あぁ、すまないな」


 うーん。ボス…蒼に感化されてる。すまないなって簡単に言うような人じゃなかったのに。

 かけた毛布に包んでボスが蒼を持ち上げる。

背中を向けるわずか一瞬、幸せそうな微笑みが見えた。


 パタン、と閉まるドアの音がやけに耳に痛い。




「ねー…ボスやばいよね?」

「あぁ」


「いいの?」

「お前こそいいのか?昼飯持って行った時にやると思ってたが」


「ボスじゃないけど出来ないんだよなぁ。俺もヤバい」

「…俺もだ。全く組織幹部の悪党が蒼ひとりに何やってんだか。困ったもんだ」

「そういう千尋だって笑ってるじゃん。本当に困ったもんだね」



 そう言って、俺自身も浮かんでくる笑みを抑えられずに浮かべた。

 

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