独裁者・武田信玄 【第弐章 川中島合戦】
いずもカリーシ
甲斐の虎と越後の龍、激突す
第十七話 越後の龍・上杉謙信、出撃す
1561年8月。
『
居城の
この出撃の目的は何だろうか?
◇
数ヶ月前のこと。
謙信は、自身が最も信頼する家臣を呼んでいた。
名前を
この
景綱は、どのようにして謙信の信頼を勝ち取ることが出来たのだろうか?
2人の歴史を少しだけ描いておきたい。
謙信の元々の名前を、
景虎には
血気盛んな若者であった景虎は、これに対して激しい憤りを
「兄上はこの国の
反抗的な態度を許すなど、謀反を許しているのと同じではありませんか!
それがしにお任せあれ。
直ちに軍勢を率いて討伐に向かいます。
奴らに『秩序』の何たるかを教えてやるのです!」
兄は
「余計なことをして、波風を立てるでない」
「は?
どういう意味ですか?」
「
ほとんどが年長で経験豊富な者たちぞ?
若い者の命令に何でも従えるわけがなかろう。
そちは昔から協調性がなく、出しゃばりであったな……」
「兄上。
これは年長か若い者かの『問題』でしょうか?
反抗的な態度を見て見ぬ振りをするから、奴らは余計に図に乗っているのです!」
「おぬしは……
わしのせいだと申したいのか?」
「そうではありません。
兄上もかつて学ばれたはず」
「何を?」
「『国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い』
だと」
「は?
何を
必ず滅ぶだと?
今、この国はどこからも『侵略』されておらんわ」
「現実から目を
侵略されていないのは、たまたま隣国に強大な大名がいなかっただけのことでは?」
「くどいぞ景虎!
小さな
わしは疲れているのじゃ……
もういいから下がれ。
討伐したいなら勝手にやれ」
「ならば勝手にやらせて頂きます。
「馬鹿な奴め。
どうせ、兵など集まるわけがないわ」
2人の話は全く噛み合わない。
実の兄弟でありながら、価値観が致命的に違っているようだ。
それでも弟はすぐに動く。
反抗的でない
ところが!
誰もが消極的で
国を一つにすることよりも自分の利益こそが第一であり、確実に勝てる場面で兵を出したいのだろう。
ただ一人、
彼だけは率先して兵を出した。
◇
景虎の動きは異常に早い。
兵が集まる時間すら惜しんで、積極的な攻勢に出ようとする。
『見せしめ』に討伐対象として選んだのが……
反抗的な振る舞いが目立つ黒田一族であった。
ただし、圧倒的に兵数が多く容易に討伐できる相手ではない。
不思議なことに。
景虎という男に限っては、『兵数』など全く関係ないようだ。
兵が集まるのを待つよう周りが忠告しても、一切耳を貸さなかった。
わずかな兵を率いて黒田一族へと襲い掛かった。
「景虎軍が、もう目の前まで来ているだと?
一体どういうことじゃ!?
わしらは景虎に攻める余裕はないと考え、防御を固めていなかったのだぞ?
これでは間に合わん!
もしや……
景虎は、これを読んだ上で襲い掛かって来たと?
そうだとしても!
わずかな兵で攻め込むなど、非常識にも程がある!
そんな無謀な命令に誰が従う?
従うわけがない!
だとすれば、景虎は……
『力ずく』で従わせたか、あるいは言葉巧みに『
おのれ!
協調性がなく、非常識で、汚い手を使う奴め!」
景虎軍の倍以上の兵数を誇っていた黒田一族であったが、不意を突かれてあっけなく討伐されてしまう。
こうして景虎の『武力』がいかに優れているかを
「まさに
龍を相手に勝ち目などあるまい。
大人しく恭順を示すのじゃ」
国の『秩序』は瞬く間に回復し、醜い身内争いは一気に終息した。
◇
「
景虎様こそが
心底から景虎の実力に惚れ込んだ
兵数において現当主である兄の方が圧倒的に有利ではあった。
劣勢を気にも留めず、弟は勝利の方法を一瞬で見出す。
「
『この地』を押さえた者が勝つのだ」
と。
◇
この地とは、現在の新潟県
山地が日本海に迫る『地形』のため……
通る軍勢は縦に細く長くならざるを得ず、大軍の利点を
ここが戦場ならば兵数は全く関係ない。
米山を押さえることには、もっと大きな意味があった。
京の都に近い上越地方には
一方の下越地方は人口が少なく、田舎ゆえに農業や林業が主となる。
米山の
上越地方で生産したモノを下越地方へ売りに行き、農産物やモノの原材料を買って帰る大勢の
それほどの重要な地を景虎軍が占拠し、麓にある街道を封鎖したらどうなるか?
上越地方の人々はモノ作りをしたくても原材料がない。
モノ作りができず、生活のための収入を得ることができない。
加えて農産物の供給も止まり、食べ物にすら事欠くようになる。
要するに上越地方の人々の生活の『補給』が断たれることを意味するのだ。
米山を押さえた者。
その者は、戦争の勝利に必要な2つの条件で圧倒的な優位に立つ。
第一に補給、第二に地形である。
◇
現当主の
「米山を占拠している敵は少数だというのに……
晴景様は、貝のごとく
我らを餓死させるつもりなのか!」
と。
民の支持を失うことを恐れた兄は……
不利な地形と分かっていながらも、米山を攻めるために大軍を率いて春日山城を出撃する。
ついに
晴景軍は大軍であったが、米山では縦に細く長くならざるを得ない。
景虎軍はまず晴景軍の補給部隊に奇襲を仕掛けた上で、補給物資を
「最も『弱い』補給部隊を狙うとは卑怯者め!
景虎!
正々堂々と勝負しろ!」
晴景は怒り狂ったが……
補給を断たれた晴景軍は士気が低下し、決戦は景虎の勝利に終わった。
景虎は兄を追放して越後国の国主となり、やがて謙信と名を変えた。
余談だが。
謙信から最も信頼された直江景綱は、やがて養子・
◇
謙信と景綱の対面の場に戻ろう。
「景綱よ。
信玄は、
知っているか?」
「
側近の
「うむ。
8月になったら出撃しようぞ」
「海津城を攻めるおつもりですか?
高坂昌信は、武田軍の中でも非常に優れた武将と聞きます。
簡単に落とせましょうか?」
「わしは、海津城を攻めるとは申しておらんぞ」
「では……
どの城を攻めるのです?」
「どの城も攻めるつもりはない」
「何と!?
では、
「米山の戦いを再現し、武田信玄の面目を潰すことだ。
そちと共に戦った、あの
「武田信玄の
一体、どういう意味なのですか?」
【次話予告 第十八話 英雄となる者の条件】
上杉謙信はこう言います。
「英雄は……
面目を保つためなら地位を投げ出し、損得を度外視し、己の命ですら平然と危険に晒す」
と。
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