第3話初恋を奪われた日。

サム国の第2王子フィリップ・サムとして、兄上を支えていこう。

エレノアを知るまでは僕はずっとそう思っていた。


「フィリップ、今日とうとう婚約者指名をしなければいけないんだ。他国の王族は妻を何人もとっているのに、サム国の王族に生まれた不幸だ。婚約者指名をした瞬間から、国民の目が厳しくなる。私の代では国王だけは側室もとって良いことにしようかと思っているんだ。」

兄上は、女性関係が派手だ。

今日くる婚約者候補もほぼ全員兄上のお手つきだ。


「兄上、サム国は一夫一妻制をうたい、政府の要職の半数が女性ということで優秀な女性を他国からも集められています。国民の見本となるべく振る舞いを兄上ならされると信じています。」

兄上の女性関係の派手さや政務への興味のなさは、多くの貴族たちが反感を抱いていた。

だけれども、そういった反感は臣下になる僕がなんとかすべき問題だと思っていた。


「フィリップ、お前は子供だな。国王の妻になりたい沢山の女がいるんだ。私は多くの女性の希望になってやろうと思っているんだよ。」

兄上は本当にサム国の伝統を変えてしまうかもしれない。


でも、兄上のように女性に興味が湧いたことのない僕には彼の言うことも一理あるように思えていた。

兄上の婚約者候補がお茶会をして待っているとのことで、その場に向かった。


「孤児院の野良猫の言葉としてお聞きください。私が王妃様ならそのような検査をさせられる時点で夫とは離縁いたしますわ。」

お茶会の中に1人だけ小さな少女がいた。

10歳のアゼンタイン侯爵令嬢だ、周りに20人以上の貴族令嬢がいるのに彼女がいるだけで彼女にしか目がいかなくなる。


彼女は隠せないくらいの高貴なオーラに溢れていた。

薄紫色のウェーブ髪に赤紫色の瞳、その愛らしさから彼女は紫陽花姫と呼ばれていた。

彼女の出身が孤児院だとは聞いていたが、孤児院の野良猫だと呼ぶような酷い人間もいるのだろうか。


「兄上、侯爵令嬢が言いたいのは。」

僕が言おうとした言葉を遮るように兄上が言った。


「この間帝国の建国祭でエレノア・カルマンを見て来たんだ。アゼンタイン侯爵令嬢と似た風貌だったけれど人形のような娘だった。エレノア・アゼンタインが孤児院の野良猫?誰がどう見ても彼女以上の女がこの場にいるか?本物の帝国の公女は目の前にいるエレノア・アゼンタインだろう。」


エレノアが言及しているのは、兄上の血筋に関する話だった。

水晶に手をかざすとその人間と血縁の者かどうかがわかるという話で兄上の血筋を確認したいという話が出たのだ。

父上はプラチナブロンドの髪色に海色の瞳、母上は黒髪に灰色の瞳をしていた。


父上の兄上に当たる方が黒髪に海色の瞳をしていたがために、兄上を蹴落としたい人間か血筋の確認をしたいとの声が上がった。


「扱いやすい弟君を王に据えたい勢力が、王太子殿下の血筋に疑義を申したのでしょう。皆様は王妃様が婚前交渉をしたとでも侮辱したいのですか?この国でもっとも尊重されるべき王妃様が蔑ろにされている事実が広まれば、サム国はあっという間に求心力を失いますわ。水晶に手をかざせば血筋がわかるなど、いくらでも偽装ができましょう。」

エレノアが言うまで、兄上の血筋を確かめる行為が母上を侮辱することなど気が付かなかった。

母上は元は父上の兄の婚約者だった。

だけれども、父上の兄が父上の婚約者と馬車で事故死したがために残った母上と父上は結婚した。


それにしても、彼女が言った扱いやすい弟君とは僕のことだ。

自分の今までの行いがエレノアにそう見えていたことに苦しくなった。


「でも、お二方で馬車に乗られていたのですよね。」

兄上のお手つきの一人の令嬢がエレノアに言う。


「2人で馬車に乗っただけで男女関係を疑われるのかしら。私はリード公子と2人きりになるけれど、疑われていますでしょうか?もし、そうだとしたら、公子に申し訳がたちませんわ。」

エレノアが話す言葉にリード公女が笑う。

彼女は兄上のお気に入りで、兄上は彼女を婚約者に指名すると言っていた。


「フィリップ、お前エレノアに惚れただろう。残念だったな、彼女は私のものにすることにした。」

兄上の言葉に一瞬何を言われたかが分からなかった。

でも、彼がエレノアを自分のものにすると言った言葉に溢れるほどの不快感を感じる。


「兄上、彼女を利用するのですか?彼女はサム国に住む国民の1人です。兄上が守るべき人間ですよ。」

必死になっている自分を省みて、エレノアを誰にも譲りたくないだけの言葉だと感じる。


「フィリップ、血筋が疑われた私をお前が守ってくれたか?私は自分を盲目的に慕い守ろうとする強く良い女が欲しいのだ。利用されているかどうかを感じるのは彼女次第だろう。私に惚れ込んで何でもするかも知れないぞ。」

兄上がエレノアを見ながらほくそ笑む。

その姿に自分の初恋が奪われたことと、彼への強い憎しみを感じた。


「エレノア・アゼンタイン侯爵令嬢を私の婚約者として指名します。」

兄上の言葉とともにどよめきの声とともに閉幕したお茶会。

エレノアは無表情で兄上を見据え、彼にエスコートされ庭園に散歩に行った。


彼女が兄上に汚され、利用されると思うだけで気がおかしくなりそうだった。

婚約者同士になった2人の時間を邪魔してはいけないとひたすらに我慢した。

しばらくすると王宮に戻る兄上が見えた。


「エレノアはどうしたんだ?」

僕は慌てて兄上に取り残されただろう彼女の姿を探した。

彼に傷つけられていないか心配で仕方がなかった。

雨露のしたたる紫陽花の庭園に空を仰ぐエレノアがいた。


「アゼンタイン侯爵令嬢ですか?初めまして、フィリップ・サムです。お一人でいかがしましたか?王宮で迷われましたか?」

彼女と話したいが一心で、王族の身分も忘れ矢継ぎ早に挨拶してしまった。


「いえ、一人でお散歩していただけなので大丈夫です。王宮は迷路みたいで楽しいですね。」

エレノアの表情も声も全く楽しそうではなかった。

彼女に近づきたい僕をよそに、彼女は逃げるように僕をすり抜けていった。





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