第12話 オリジン・リンシード

さてと、今日は王立図書館分室で行う、古文書解析仕事の最終日。もっとやりたいところだが、他の仕事も詰まっているので仕方がない。一昨日のトラブルなどまるでなかったかのように、淡々と作業が続く。皆、プロである。


仕事終わりのレストランでの議論の後、ボクは皆の前で別れの挨拶をした。分室付きの老学者とはまた仕事をする機会もあるだろうが、本館から派遣されて来た専門家や若い女性翻訳家とは、この先いつまた一緒に仕事が出来るかわからない。


「いやぁ、あなたの博識さには目を見張るものがありましたよ。われわれ専門家に勝るとも劣らぬ力量だ。実は専門家ではない魔法使いと一緒に仕事をすると聞かされた時、足手まといにならなければ良いなと考えていたのですが、いや大変失礼な思い込みでした」


本館付きの専門家が、よくもわるくもズケズケとまくし立てる。


「本当ですわ。私も大変勉強になりました」


若い翻訳家もそれに続く。


いやぁ、とんでもないというような事を言って彼らと別れた後、幾ばくかの良心の呵責がボクの胸をさいなんだ。


ボクは彼らのように、勉強をしたから古代語に精通しているわけではない。ある程度の時代から後の古文書に使われている言語は、ボクがかつて”リアルタイム”で使っていた言葉なのだ。だから理解できるのは当然である。


また同じ系統の言語であれば、時代が古くなってもそれ以降の言葉との共通点が存在するもので、それなりに古い文字を知っていれば、そこから時代を遡った文字であっても推測をつけやすい。ある意味、”ズル”をしていると言って良いだろう。


そんな事もあって今夜は寝酒が多めに必要かなと思ったが、ポストに入っていた手紙の差出人を見て、そんなセンチメンタルな気分は吹き飛んでしまった。


手紙の主はボクの身内、サンシック・リンシードからであった。


リンシード家当主の家系、第一子の姉がサンシックであり、ボクは第二子。そして末弟がボイル=リンシードである。ボクら兄弟は、呪われていると言っていい運命に立ち向かおうとして、もう長い長い年月を生きている。


その姉が”あの部屋”から出たという知らせをよこして来たのだった。兄弟それぞれの事情や心情でどれだけ”あの部屋”に入るかは異なるし、兄弟間で順番が決まっているわけでもない。


サンシックがあの部屋に入ったのは六十年程前だったと記憶してる。だがあの部屋で過ごした彼女にとっては、たったの六日程度といったところだろう。ボクのように庶民として生活をしていると六十年は長すぎて、新たに生活を始める事が非常に困難になる場合も多いが、彼女は特別である。


サンシックは普段、隣の大陸に暮らしている。世界の三大宗教の一つバリゾラント教・総本山に属し、表立っては出来ない影の仕事を引き受ける裏組織の長であった。まわりに信頼できる長命の部下が何人もいると言っていたし、組織そのものが盤石な事もあって、六十年という長きに渡り留守にしていても平気なのだろう。


まぁ、信頼できる部下といっても、強力な魔法をかけて、無理やり”信頼できる部下”に仕立て上げているのだろうけれど。


そう言えば弟のボイルは、今どうしているのだろうか。魔法サインは届いているので、生きている事は確かとは思うが……。もっともサンシックが表に出て来たからには、教会の力を使って瞬く間に居場所を特定するのだろうな。そう遠くはない未来、兄弟三人そろっての会合がもたれる事になりそうだ。


そしてボクたち三人の運命について、また話し合う事になる。古のあの時、ボクらの前から消え去った”オリジン=リンシード”に会うという呪われた使命について。そして場合によっては三人の命に代えて、彼の意志を止めるという約定について……。


**************


昨日、姉・サンシックから届いた手紙のせいか、夕べはあまり寝付けず悪い夢ばかり見る羽目となった。


彼、オリジン・リンシードがボクらの前から消え去った日の事、それからしばらくの後、兄弟三人で考えていた計画を実行に移した日の事。その後の数えきれない日々の事、走馬灯のように次々と夢に現れる。


オリジンは何をしようとしているのか、真の目的は何か、どうやって実現させようとしているのか……、五里霧中の中でボクたち兄弟は苦闘し、いまこの時代にいる。


雲をつかむような使命の中で、それを放棄しようと思った事も一度や二度ではない。このまま穏やかに時を過ごし土に還る。そんな平凡な望みを夢見た事もある。しかしオリジンの歪んだ思想、いや何を基準にするかによって歪んでいるとは断言できないのだが、それでも世の中の理に反した思想を実現させるわけには行かない。


彼がそれを実行できるかも知れない事については、ボクら兄弟にも責任がある。いや、ボクらというよりも、リンシード家全体として止めなければならない使命なのだ。しかしそのリンシード家もあれからの長い年月の間に散り散りとなり、使命を覚えているのは、もうボクら兄弟しかいないだろう。


そんな事をウツラウツラ夢見ながら、結局、昼過ぎまで眠ってしまった。


午後は気分直しに、昨日までの仕事、古文書の解析で得た新たな”情報”について整理をする。古文書関連の仕事をする大きな目的は”彼”の足跡を知る事にある。ごくたまにではあるが、彼が関わったのではないかと思われる記述が存在する古文書に出会う事があるからだ。


それらを総合して”彼”のしようとしている事を見定めて、それを阻止する手立てを考えねばならない。もっとも今までに少しでもそれが実行できた事は皆無に等しいのだが、蓄積を怠るわけには行かないのだ。


気が滅入る作業であるにもかかわらず、収穫はなかった。深い溜息を一息ついたあと、しばらくすると玄関の呼び鈴が鳴った。出てみると、ガドゼラン魔使具屋から新しい魔使具が完成したので、調整に来てほしいとの速達郵便である。


どんよりとしたボクの心に僅かばかりではあるが、明るい光が差し込んだ気がした。


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