第4話 物件検査と役所付き魔法使い
備蓄用の食料が少なくなって来たので、丸一日かけて街と自宅を三往復した。外食も多いけど、魔法の研究を集中して行う時などは自ずと自炊となる。前に買い出しに行ったのは、確か三カ月前だ。今回は割と持たなかったなぁ……。
ここ何日かは雪も収まって、道も通りやすくなっている。降雪で滞っていた流通も何とか通常どおりになって来たようなので、今日は買い出しの良い機会となった。
業務食材を取り扱っている肉屋、八百屋、魚屋他をまわり、大量に品物を買い込んでいく。ギルドに所属している者は、そのランクに応じて割引が使えるのがうれしいところだ。
購入した品は圧縮魔法で縮めた後に簡易的な保存魔法をかけ、これまた魔法で動く作り物の馬が引く二頭立ての馬車に積み込んでいく。それぞれの店で顔なじみに挨拶をし、幾つかの情報も得た。
ここからかなり離れた国の国境辺りで、大きな勢力同士が睨み合いを続けているらしい。遠い土地での話なので、ここには余り影響はないだろう。しかし、それでも気になるところではある。大国同士の睨み合いは、いつも庶民を置き去りにするのが腹立たしい。
さすがに今日は疲れたので、帰りがけにテイクアウトが出来るレストランに寄って夕食を取った後、ついでに翌日の朝食も購入した。明日は、仕入れた食材の整理で一日がつぶれるだろうな。まぁ、久しぶりのダンジョン探索依頼の仕事はまだ少し先なので、ゆるゆると準備をしておこうか。
年に三~四回しか行わない食料確保も終わり、その安心感からか寝酒が進んでしまった。そのせいで、気がつくともう昼近くであった。
急いで昨日買ってきたテイクアウト料理を食べ、一休み後に買い出し品の整理に取り掛かる。4分の3は圧縮魔法をかけたままで、保存魔法がかけてある地下3階の長期貯蔵庫へ運ぶ。残りは地下2階にある倉庫へ運び、個別に追加で保存魔法をかける。短期の保存ならば、マジックエッセンスを少量使って個別に保存した方が効率的だ。
まぁ、やること自体は単純だが、なにしろ種類と量が多いので整理には時間がかかる。一心不乱に作業をした結果、夕食の時間をかなり過ぎてしまったが、何とか整理をやり終えた。軽い満足感に浸り、ワインとゴリダントチーズで一人乾杯をする。
翌朝、気分良く目覚めたボクは、大工のリラス親方が仕切る現場に向かった。今日は仕事の最終段階、建物の総点検で大忙しの予定である。水や風関連の魔法を使って雨漏り等の最終チェックをしたり、細かい破損を補修魔法で直したりで猫の手も借りたい一日となった。
これまで補助的な魔法を使って、職人の手助けをしてきたのに比べれば、ある意味メインで魔法使いが活躍する場面である。ここで不備が出てしまっては、ボクの評判にも傷がつく事になるだろう。それゆえ、もっとも気を遣う工程の一つだ。
明日に予定されている役所の最終チェックには、ボクも立ち会う事になっている。不備があっても、魔法ですぐに解決できる範囲であるのならその場で問題を処理するのである。
ただ、役所側も魔法使いを連れて来る。検査がしづらい箇所の確認をしたり、業者側が魔法を使って検査を誤魔化すのを防ぐためだ。
役所が連れて来る魔法使いの中には、とにかく不正を暴く事に血道をあげる連中もいるので、こちらとしては余り良い気がしない。痛くもない腹を探られている気がしてしまうのだ。だが大事な最後の節目である。明日も気合を入れていかねばなるまい。
当事者は親方はじめ、職人たちの間にも微妙な緊張感が醸成されていた。しかし誰もその事に触れたりはしない。多少、時間が押したものの、ほぼ予定通りにチェックも終わり解散となる。今日は仕事終わりの一杯もお預けだ。二日酔いなどしたら目も当てられない。
翌朝、ボクは心臓が軽く締め付けられるような気持で現場へと向かった。この感覚は学生時代、試験を受ける日の朝とさして変わりはない。少し早めに現場へ到着したつもりだったが、既に殆どのスタッフが集合していた。皆、何とも居心地の悪そうな顔をしている。
ほどなく役人と役所付きの魔法使いが到着し、形式的な挨拶の後、早速、建物のチェックが始まった。今回の物件は比較的新しい工法で作られている事もあり、効率的なチェックの方法はまだ確立していない。よって通常よりも多くの時間を費やす事になった。製作側としては嫌な時間が長引く事となり、胃がキリキリと締め付けられる。
ボクは役所付きの魔法使いがチェックにおいて難癖をつけ、リラス親方と衝突しないかと心配をしていた。というのは、実際にそういう事が以前にあったからだ。その時は、ボクが相手の魔法使いに緻密な説明をし、また幸運な事に担当の役人も話のわかる人物だったので、自らが連れてきた魔法使いをたしなめて一件が落着した。
今回はどうだろうか。あの時の様な幸運に恵まれるだろうか。ボクはリラス親方の方をチラチラと見ながらあれこれと心配をした。
しかしトラブルの予感は、ボクの杞憂で終わった。魔法使いのチェックも時間はかかったものの無事終了し、役人も納得の上、検査は無事終了。ここ何ヶ月かの苦労が報われた瞬間であった。意外だったのは、役所付きの魔法使いが帰り際にボクに声を掛けてきた事である。
「書類にあなたの名前を見た時、もし問題が発生したら結構面倒な事になるなと覚悟をして来たのですが、いや、何事もなくて本当に良かった。
役所付きの魔法使いの間では、あなたは手ごわい相手だと評判ですからね。皆、出来ればあなたが担当した物件には関わりたくないっていうのが、本音なんですよ」
半分冗談めかして去って行く魔法使いの背中を見ながら、ボクは気恥ずかしさと誇らしさの入り混じった何ともフワフワした気持ちになった。かつてワイバーンを倒した時のような興奮に満ちた喜びも良いが、こういった穏やかな喜びもまた悪くない。
その後は正式に物件が施主に引き渡され、施主主催の大宴会のため近くの酒場へ移動となった。いや、もう呑んで呑まれてと、その時の記憶は今もって定かではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます