独裁者・武田信玄 【第壱章 独裁者への階段】
いずもカリーシ
純粋に国を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
第壱話 信虎追放事件
信玄とは出家したときの法名であり、正式な名前は
◇
この当時。
日本を実質的に支配していたのは、天皇より武家の
この足利将軍家より
ところが!
晴信の父である
武士たちのほとんどは武田家に従わず、勝手気ままな振る舞いをしていたからだ。
『武士』たちは……
ある者は今川家へ、ある者は北条家へと接近し、国を分裂寸前の状況に陥らせていた。
これに強い危機感を抱いた信虎は、断固たる行動を取り始める。
「武田家当主の命令に従わないどころか……
今川家や北条家へと接近するなど
そのような
勝手気ままに振る舞う者たち、他家へと接近する者たちなど、信虎にとって都合の悪い人間が次々と抹殺される。
粛清の恐怖に怯えた人々は、誰もが信虎に従うようになった。
信虎は、人間の恐怖心を利用して『国を一つに』したのである。
◇
若き日の信玄こと、晴信。
若者にありがちな特徴の一つとして……
物事を『狭い』視野でしか見ることができない。
「あれは暴君じゃ!
このままでは
これを聞いた者たちは……
信虎への反発を強めると同時に、晴信に注目する。
「この国の、正統な支配者だと?
笑わせるなっ!
ただ偉そうに命令するだけではないか!
わしらの支持を得たいなら、まずは『利益』を示せ!」
「その通りじゃ!
支持者にどう『見返り』をもたらすかが、支配者の務めであろうが!」
「うむ。
一方で、長男の晴信をどう思う?」
「晴信か?
馬鹿で、単純な若造という印象しかないな。
名門の後継者として恵まれて育ったせいだろうよ。
そんな兄と比べてはるかに『優れて』いるのに、後継者になれない弟の
「こう考えてみてはどうじゃ?
馬鹿で、単純な若造だからこそ……
わしらにとって『都合』が良いのだと」
「なるほど。
確かに、おぬしの申す通りかもしれん。
晴信様こそ武田家当主に
最後の声だけが、やがて晴信の知るところとなった。
「わしは……
大勢の者から『支持』されているのか!」
本人はご
そして
「晴信様。
お父上は、国中の者から嫌われております。
このままでは……
武田家は内側から滅びますぞ」
「やはりそうなのか!
あの暴君を何とかしたいのだが……
父上は、わしよりも弟の
わしは
「我ら一同は……
信繁様ではなく、晴信様こそ武田家の当主に相応しいと考えております」
「そちたちは知らんのか?
わしよりも、信繁の方がはるかに実力がある。
いずれ弟の方が
「そんなことは絶対にありません!
我らは
ですから……
直ちにご決断を」
「決断?
何を?」
「お父上を……
『追放』するのです」
「追放!?
どこへ?」
「
「駿河国?
今川家が治めている国ではないか」
「
今川家と北条家とは、『既に』話が付いております」
「何っ!?
既に話が付いているだと!?」
「お父上は、両家からも嫌われております。
それだけ人望がないのです。
一方。
人望のある晴信様は、両家からも慕われていますぞ」
「そ、そうなのか?
分かった。
そちたちの申す通りにしよう」
晴信は
父を追放して、武田家第19代目の当主に
◇
さて。
この追放事件について、歴史書ではこう書かれている。
「信虎は……
数々の『悪行』を犯したために追放された」
と。
これは最近の研究者たちによって否定されている。
悪行を犯したどころか、
名将を追放した者たちこそが、悪行を犯したのだ!
歴史書はどこまで
一方で、研究者たちの見解はこうなっている。
「信虎が武田家を継いだとき……
甲斐国は内戦状態にあった。
信虎の父・
『ふざけるなっ!
このわしが、なぜ!
兄よりずっと実力のある、このわしが……
わずかに遅れて
あんな単純で、馬鹿な奴に従わねばならないとは!
もう我慢ならん!
よし!
今こそ立ち上ろうぞ!
わしこそが武田家当主に
と。
この争いを利用して甲斐国を弱体化させ、侵略の足掛かりとしようと考えたのが……
隣国の今川家や北条家などであった。
これら隣国の強大な大名は、わざと弟を支援して身内争いを泥沼化させた」
こう続く。
「事態を
これを知った弟の
『後を継いだ甥の信虎はまだ若い。
所詮は、
わしが一気に
こう言って兵を集め始めた。
万全を期して今川家や北条家にも援軍を要請し……
今川軍が南から、北条軍が東から信虎討伐へと向かう。
信虎は絶対絶命の窮地に陥った」
この窮地を、どう乗り越えたのか?
いよいよクライマックスである。
「信虎は何と……
この状況で、
『皆の者!
よく聞け!
叔父の
今川や北条がいなければ何もできない
古今東西あらゆる
いずれは今川や北条が争いの元となり、
だからこそ、わしは……
我らは兵数で圧倒的に不利ではあるが、恐れることはないぞ?
物見の知らせによると。
援軍の到来を知った叔父の周囲は、勝利を確信して
所詮はわずかな利益に群がる
そうならば!
兵がまだ集まりきっていない今こそ、奴らを叩き潰す絶好の機会ではないか?
今こそ全軍で討って出るときぞ!
争いの元凶を断って、この国の平和を取り戻すのだ!
皆の者!
わしに命を預けよ!
全軍、出陣!』
と。
突如として襲い掛かってきた信虎軍に意表を突かれ、信恵軍は信恵自身が討死するほどの惨敗を被った」
何と鮮やかな逆転劇だろうか。
これを成し遂げた信虎を名将と呼ばずして、何と呼ぶ?
ただし。
撤退するどころか大軍を送り込んで来た今川家に、信虎軍も一度は退却を余儀なくされたからである。
それでも態勢を整うや否や直ちに反撃し、今川家の本拠地・
本拠地を荒らされた今川家も、これを横で見ていた北条家も……
信虎との
方針を180度転換して和平を結ぶことにした。
信虎は、これまた人間の恐怖心を利用して
◇
甲斐国の民を
ある決意を固める。
「今川家に、北条家。
この隣国の強大な大名は、甲斐国の平和にとって重大な『脅威』であることに変わりはない。
今でこそわしに一目置いて和平を結んでいるが、いつ
どうする?
どうすればいい……?」
信虎にある考えが
「あ!
そうか!
今回と同様に、わしの圧倒的な強さを見せ付ければ良いのだ!
そうならば……
奴らの脳裏に何度だって叩き込んでやるぞ!
『あの国を侵略するなど、絶対に不可能じゃ』
とな」
「奴らに圧倒的な強さを見せ付けるためには、国を一つにする必要がある。
わしは、今日この日より……
甲斐国の絶対的な権力者[独裁者のこと]を目指すことにしよう」
こうして『独裁者』を目指す生き方を決意した信虎。
国の平和を達成するために虎となって敵を
やがて画期的な政策へと
「『
甲府の
そして……
城下町に住むことを、
と。
山梨県の中心地・甲府市はこうして誕生した。
勘違いしている人々が多いようだが……
甲府市の誕生と発展は、武田信玄ではなく武田信虎の『功績』である。
妻子も含めて、城下町に住むことを強要する。
◇
ほぼ全ての歴史書において……
戦国のレジェンド[革命児のこと]だと『誤解』されている織田信長。
信長も
妻子も含めて城下町に住むことを、
後の豊臣秀吉も、徳川家康も、当たり前のようにこの政策を引き継いでいる。
自分だけ単身で城下町に住み、妻子は別の場所に住まわせる……
こういう単身赴任も禁止した。
本当に妻子と一緒に暮らしているか定期的に監視していたらしい。
『防備』の優れた高台に住む信長に対し、その眼下の『無防備』な家で暮らす
要するに。
信長は、国衆や家臣たちの
「都合が悪い人間をいつでも始末できる状態にしておく」
これこそが家臣集住政策の狙いであり、結果として
武田信虎は……
信長が採用する数十年前にこの政策を実行していた。
残念ながら、織田信長はレジェンドではない。
◇
「こんな政策を実行させてたまるか!
信虎を何とかするのじゃ!」
今川家や北条家と相談した上で、馬鹿で、単純な若者を操って信虎追放を
『信虎追放事件』とは……
家臣集住政策への激しい反発から生じ、結果として国の平和を達成した名将を追放する事態を招いた出来事であった。
こうして、
【次話予告 第弐話 雌伏の時】
武田晴信の弟・信繁の言葉が、兄の目を覚まします。
「国衆や家臣どもは……
武田家にも、兄上にも、忠誠を尽くす気などありませんぞ!」
と。
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