行くべき道を失くした風へ
鯨雲 そら
本編
プロローグ
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「お願いだから、一生で最後のお願いにするから、戻ってきてよ……」
雪が降り頻る中、ボロ切れを纏った幼い少女の、啜り泣く声が夜の街に響く。今にも凍え死にそうだと周りに思わせるほど華奢な体つきの彼女は、その小さな身体で必死に雪ではない白い何かを抱えていた。
しばらくじっとそうしていた彼女のすぐ側に、魔法か術の類で成し得たのだろう、突然黒い外套を身に纏った男が現れた。
今まで何をしていたのか、彼が纏う外套は所々裂けており、そこから剥き出しの身体が見えた。傷口と見られる場所から溢れるのは鮮血ではなく、ドロドロとした無色の液体だ。いくら彼が死から程遠い場所にいる存在だからといって、放置して平気なものではない。けれども彼が傷口を塞がないのは、それでもいいと思っているからなのか。それともそれだけのことを成すだけの気力が残っていないのか。
男は少女が抱えているものに気がつくと、重い嘆息を吐いた。分かりきっていたことだった。しかし彼の選択を止めることは男にも少女にもできなかったのだ。
少女は涙の滲む瞳で男を非難するように睨め付ける。男はそれを、真っ向から受け止めた。彼にしては珍しいその行動は、少女が抱える喪失の痛みは理解できるものであり、微かな同情を覚えた、という所に由来しているのだろう。
少女は気まずくなったのか、男からふっと視線を外す。それからややあって、口を開いた。
「……ねえさまは」
「無事だ。他の奴らも」
だから被害は、少女が大事に抱える頭蓋骨の持ち主である彼だけなのだ。何もかも彼の思い通りというわけである。
「そんなの……あんまりだよ、にいさま」
少女の嘆きは、真に届けたい相手には届かない。届きようがない。
──こうして、数多の異端の居場所を探す為の旅路は終わりを迎えようとしていた。少女と男を置き去りにして、無慈悲に、不条理に、最善と言える形で。
彼らの間に、真白の雪がただ静かに積もる。
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