第17話 大学いもを作る・空回りするメルラ

 エリアス侯爵家に戻り、私は今、サツマイモをよく洗い乱切りにしている。この世界にもサツマイモがあってなによりだ。これを料理長アーバンに油で揚げてもらう間に、砂糖を飴色になるまで加熱。手早く絡めて黒ゴマも投入する。


「できたわよ! さぁ、皆に行き渡ったかしら? お茶は砂糖なしの紅茶が合うと思うわ。本当なら緑茶が最高なのだけど、ここにはないものね。いただきます!」

「「「いただきます!」」」


 みんなの弾む声に、思わずにっこり。悲しげな顔をしているのは財産を没収されたタヌキだけよ。華遊館通いを禁止されたキツネは、私の励ましの言葉もあって、それほど落ち込んではいない。


 大学芋は素朴だけれど、実はなかなかのグルメを唸らす一品よ。飴色のカラメルソースでコーティングされた揚げたお芋が、黄金色に輝くさまは宝石のように美しい。外はカリッとしていて、中はホクホクの場合もしっとりの場合もあるけれど、それは芋の種類にもよる。カリッとした食感の後にしっとりした芋の自然の甘みが、お口のなかでカラメルソースと混ざる時、大学芋ではないもっと素敵な名前をつけてあげたい衝動にかられる。


 そもそも、なぜ大学芋なのだろう? 考えてみたこともなかったわね。


「美味しいです! このような食べ方は初めてです。そもそも、この国ではたくさんの油で食材を揚げる習慣がないですからね。大抵はオーブンやフライパンで焼く料理ばかりですよ。このような食べ方もあるのですね」

 

「アーバン。揚げ物の美味しさを知ったら後戻りできないわよ」


「ぷはっ。後戻りなんてしませんよ。私達は戦友ですよね。前進あるのみですっ!」


 うん、アーバンは物の道理がよくわかっている。この場合は前進あるのみよ。だって、私は前世の食べ物が無性に食べたいのだから。


「おかしいわねぇ~~。この料理も知っている気がするのはなんでかなぁ~~。大事なことが思い出せないわぁ~~」

 そんなつぶやきとともに、また右手の指輪を左手の中指と親指で回すメルラ。無意識に自分の腕や手首を揉んでいる。やはり、私はこの仕草に懐かしさと、ともになにか胸騒ぎがしてしまう。ちなみに彼女の年齢を聞くと、私より一歳下だと言う。


 やがて、やっとその仕草をしていた人物を思い出した。それはかつての私の夫の癖だ。彼とはあのような結末になったけれど、良いところもたくさんあった。得意料理はパスタでとても上手に作ってくれた。


「杏ちゃん、お疲れ様。杏ちゃんの好きなナスとモッツァレラチーズのボロネーゼを作ったよ。どうかな?」


 私より仕事から帰ってくるのが早い刀夢トムは、爽やかな笑顔で夕食を作って待っていてくれたことも、一度や二度じゃない。あの笑顔が全て嘘だったとは思いたくない。私達には幸せな時間もたくさんあったのだから。だから、もしも彼女が刀夢トムの転生者だとしても、この世界で真面目に生きてくれるならそれが一番だ。


 私には復讐している時間などない。前世で叶えられなかった夢を実現するのよ。今度こそ寿命を全うして、可愛いおばあちゃんになりたい。愛する人の子供を生み、孫に囲まれる日々が待っている。



☆彡 ★彡



 それからのメルラは旦那様の関心を必死でひこうと奮闘しているようだった。モップを手に、わざわざ旦那様がいると思われる時間帯にプラベートルームに押し入るのは、少し大胆すぎると思う。ゲームの強制力があるのなら、きっと旦那様はあのメルラに夢中になるはずなのに、全くそんなそぶりはなかった。


「メルラ! 何度言えばわかるのだ? この部屋を掃除するのは、私が執務室にいる時にしてくれ。先日も言ったはずだぞ! 君には学習能力がないのか?」


 思いっきり叱責されて涙ぐんでいる。ここはやはり、ゲーム通りの世界ではないことがわかる。だとしたら、私もきっとバッドエンドは迎えない。



 執事のカールは、今ではお昼をしっかり食べるようになり、太ったとぼやいている。


「500グラムも増えました」


 今朝は聞いてもいないのに私に自分の体重を報告すると、恨めしそうにジト目で見られた。


「500グラムなんて誤差よ、誤差。そよ風みたいなものじゃないの?」


 なにをどんなに食べてもプロポーションが崩れない私は、体重を気にしたことなどなかった気がする。痩せの大食いは前世からの私の体質で、ここでもそれは変わらない。


 本日のお昼は鳥の唐揚げを作ろうと思う。醤油はないけれど塩にコショウと、ガーリックにジンジャーもある、この異世界。楽勝で美味な唐揚げが作れそうよ。


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