科学は魔法のある風景を創り出した。そして、世界は終末を迎える。

久遠 れんり

第一章 革新的技術と各国の思惑

第1話 世紀の発明は、闇の顔を持つ。

 そこは白く無機質な部屋。

 だが片隅には、取り外された人工心肺などの機器が鎮座している。


〈先生、聞こえますか?〉

「ああ聞こえるよ。そこの本を持ち上げてみてくれ」

 彼は以前とは明らかに違う、なめらかな動きで,ベッドから立ち上がり、サイドテーブルに置かれた本を一冊。蘇った右手で持ち上げる。


〈できます。重さも感じるし、触感もあります〉

 サイバネティクスを利用して,彼は健康を取り戻した。


 彼は事故により、右手の肘から先と、右大腿骨から先を欠損。

 上位頚髄損傷もあり、自発呼吸すらできなかった。


 だが彼は、たぐいまれな才能でEレース界での期待の星と騒がれていた人物。

 何とか取れた彼の意思により、まだ実験段階であった新技術の被験者となった。


 失った部分の再生はそこそこ形にできても、切れた神経の再接続は容易ではない。

 曲げ伸ばしと回転。そんな基本の運動能力。それでも、反作用。つまりかかる負荷は必ずある。日常でも、重力は絶えることなくかかり、気圧や温度、触覚。人は無意識のうちにそんなものを感じて、反射や行動選択として対処している。


 この時代、リン酸カルシウムとタンパク質を合成して、骨を創ることなどとっくに終わっている。

 人工の、万能細胞を目的種別に分化もできる。

 だがそれでも、膨大な量のセンサーを皮膚にインサートしてそれを、本来の神経線維に接合し認識させることは難しい。末梢神経は八・五ミリメートルまでは自力で再生できると言われている。だがそれも完全では無い。復活するまでは、人工的なセンサーがそれを補う。


 どこかの大国では、自身のクローンを作り記憶を移し替えると喧伝して、クローンを教育後、成り代わらせ他国の組織に潜入させる話もある。


 確かに再生医療的には一定の効果はある。


 そんな中、西暦一九四八年にノーバート・ウィーナーによって提唱されたサイバネティクスは通信工学と制御工学を融合し、生理学、機械工学、システム工学、さらには人間と機械の相互情報を統一的に扱うことを意図して作られ、発展した学問。 そこから広がった技術は、姿を変えながら多方面に広がっている。表立っていないが、軍事的超人類を創るためなど一般人の知らないところでは顕著だ。


 そんな、どこかの研究所。

「どこかのフィクションのように、簡単に脳の移植ができるわけ、無いじゃないじゃないですか」

「君の言いたいことは分かっている。だがな、この施設もじり貧なのだよ。研究を続けるならば、売れるものを作り、研究の有用性をアピールしなければならん」

「だから、実用新案的手法の物も、作って売ったはずです。創薬もそう」

「確かに。あの、一時的に反射をあげる物質も良かったが、フィードバックに脳が絶えられず、幾人かのスポーツ選手が変死で疑われた。もっとマイルドタイプで作ってくれ。濃度で調整しようとしても駄目だし、ある程度で、デジタル的にどんとスイッチが入る物は使いにくい」

「そんなもの、受容体に文句を言ってください」


 極秘情報扱いの情報を言い合いながら廊下を歩くのは、この研究所の所長アウグスト ・ベラスケスと天才と呼ばれる分子微生物学、生体材料学、生物化学、感染症学を得意とする彼、神野 エイメス(じんの えいめす)三五歳。


 この地下二十階の実験室は、全体がバイオセーフティーレベル五の実験室になっており、関係者以外は入ってこれない。

 その実験室の片隅で、神野はウイルスベクターの可能性を模索していた。

 基本的に、ウイルスベクターは遺伝物質を複製して細胞に送る。


 その中で、奇妙な一群を実験マウスの中で発見する。

「なんだ、この偏りは?」

 ふと思い付いて、マーカーを付けたDNAを取り込ませ、マウスに迷路を走らせる。

 すると、生体電位に反応をするのか、右に行こうとすれば右へ集まる。左なら左へ集まる。


 その実験体の行動が、琴線に触れた。

 

 最初は、そんな些細なことだった。


 だが彼は、のめり込み、乾燥に強く空気中で死なないタイプを作った。

 しかも、こいつは意識情報を伝搬する。

 感染者と感染者で意識的に意思疎通が起こせた。

 まあ周囲の空間を、ナノマシンと化したウイルスベクター改が漂っている必要はある。


 今できていることは、ナノマシンが思念情報を感じ、情報としてストックをする。

 そしてそれは、サイバネティクスユニットの受容体へ伝えられる。

 つまり、神経が繋がっていない隙間を、ナノマシンが補う。


 このアイデアにより、手術後の数日で一般的生活を送れるようになる。

 そして、二年もあれば、神経は元のように接続をするはず。

 きっと今使われている、人工神経ポリマーチューブより効率は良いだろう。


 そして、体の各部位。そこに埋め込まれた人工筋肉は、受容体により生かしているだけで、筋組織の動きをサポートし、人外な力を発揮する。

 そう鍛えても出せなかった力。それを得ることができる。


 ただ問題は、筋力が上がれば、関節や骨が耐えられない。

 だがそれは、強化すれば良い。

 そして彼は、意識伝達だけではなく、物理現象へと変化をするナノマシンを開発をすることになる。

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