不死の魔法使いは今日も愛を受け止められたい

小紫-こむらさきー

1:ふたりのラブリーデイ?

「なあ、新任のジュジ先生……いいよな」


「すらっとしてるのに妙に色気もあるけど、娼婦みたいなケバケバしさじゃなくて清楚っていうかさあ」


「押しに弱そうだよな。なあ、声をかけてみようぜ」

 

 職員を示す金色の刺繍で縁取られた黒いローブ、そのしたから覗く若草色の胴衣チュニックは彼女の赤銅しゃくどう色の肌に生える深い緑色の瞳をいっそう際立たせている。

 星一つない夜空で染めた絹のような手触りの黒髪は、ジュジの後頭部の高い位置で括られていて、彼女が動く度にパタパタと楽しげに揺れていた。

 中等部への授業が終わった頃を見計らって来たらこれだ……と溜め息を吐いて、美しくて愛らしいを遠巻きに眺めているやつらへゆっくりと近付いていく。

 年頃の男共の黒いローブは、緑や水色で縁取られているから、学院カレッジの生徒なのだろう。


「悪い虫はどこにでもいるもんだな」


 これ見よがしにそう言葉を放つと、男どもはバツが悪そうに目を背けた。それから、振り返ってこちらを見たジュジから逃げるようにそそくさと教室の前から去って行く。


「カティーア」


 影で短絡的な男どもに幻想を抱かせていたなんてことを知らないジュジは、無邪気な笑顔を浮かべてこちらへ駆け寄ってきた。

 そんなジュジの肩を抱きよせて、前髪に軽く口付けをしてから彼女と共に再び誰もいない教室へと入っていく。


学院カレッジはどうだ? お前のことだから真面目にやりすぎて疲れてるんじゃないかと思ってな」


「慣れないことなので、少しは疲れますけど……それでも楽しいです」


 机の上に広げられたままの写本と、彼女が書いたらしき筆板の文字を見て思わず口元が緩む。写本の説明をそのまま言うのではなく、わかりやすく噛み砕いた文面が並んでいた。


「な、なにか変なことが書いてありましたか?」


「いや」


 俺が見ていたからか、慌てたように筆板を手に取ったジュジが眉尻を下げて心配そうな表情を浮かべるものだから、さらに笑ってしまう。

 ますます心配そうな表情になっているジュジの頬を撫でてから、彼女が手にしている筆板をトントンと軽く指で叩いて、耳元へ顔をそっと近付けた。


「ただ、俺の愛しい宝物は書く字まで可愛らしいのかと驚いていたところだ」


「もう! まぎらわしいです」


「昨日はその準備で寝るのが遅くなったんだ。これくらいの仕返しはしてもいいだろう」


 頬を膨らませて抗議する彼女に少しだけいじわるをしてやりながら、俺は彼女の片付けを手伝うことにした。

 写本は、頑丈さを優先した無骨な木製の表紙で閉じられている。あちこちの机に置かれている本をわざわざ手で集めに行き、ジュジがいる机に運ぶ。


「ありがとうございます。写本、何冊も持つと流石に少し重くて」


「人目がなければ、もっと楽をしたんだけどな……」


「ふふ……そうしてると本当に先生みたいですね」


「先生みたいもなにも、俺だって一応最低限の仕事はしているからな」


 当たり前のことをいって微笑むジュジと並んで教室を出ようとドアを開くと、ドアの前にいたらしい生徒達が体を仰け反らせたまま尻餅を着いた。

 俺が来るまで教室の前でたむろしていた男どもだ。


「だ、だいじょうぶ?」


「そのくらい平気だろ? なぁ?」


 手を差し伸べようとしたジュジを制して、俺が尻餅を着いた男共を睨むと、そいつらは無言のまま激しく首を縦に振る。

 片手で写本を持ち直し、心配そうにしているジュジの腰を抱き寄せてから俺は図書室へと向かうことにした。


「え? ちょっと……カ……フリソスカティーア先生」


 この学院カレッジで使う名で俺を呼ぶ彼女の声は少しだけ批難めいている。きっと転んだガキに優しくしてあげなさいといいたいんだろう。


「ジュジ」


「はい?」


 彼女の名前を呼ぶと、小首を傾げながら彼女は返事をする。納得がいってないということを隠しもしなくなったのはいつからだろう。

 出会ってすぐのころ、俺の顔色を窺っていたのが懐かしく感じる。

 それだけ、俺に慣れてくれたということなんだろう。ずっと丁寧な話し方をしてくれているが、彼女がこうして不機嫌さを露わにするのは俺にだけだ。

 だから、ジュジのこういう我の強い面すらも愛おしい。


「お前はもっと自分の魅力に自信を持て。そんなんだから押しに弱そうって言われるんだ」


「ええ?」


 こうやって目を丸くして驚く表情も可愛いなと思いながら、俺は教室の前でたむろしていた男子生徒共の会話をジュジに伝えてやる。


「まったく。俺の可愛い花はすぐに悪い虫に言い寄られそうになる」


「そ、そんなこと言われたって……」


 唇の先端を少しだけ尖らせながら、彼女が視線を下げて歩を進める。図書室まではもう少しだ。

 しばらく色々と考えていたジュジは、図書室の扉に手を掛けながら俺を見上げてこういった。


フリソスカティーアだって……その、女子に人気じゃないですか! 裏庭で読書に耽る物憂げな表情がいいとか、気怠そうに授業中ずっと生徒を無視して読書をしている姿が素敵だとか、研究者なのに実はマキシム先生よりも筋肉があってそこが良いとかたくさん聞いてるんですからね!」


「くく……それで、嫉妬してくれたのか?」


「ちがいます! 私だって生徒になってあなたのかっこいいところとか素敵なところを遠くから見てキャーキャー言いたかったんです」


「は?」


 俺の間抜けな声が、司書と数人の生徒がいる静まりかえった図書室に響き渡った。

 いつもはむっすり黙っている司書がぼそりと「わかる」と呟いた声が、やけにはっきりと聞こえ、耳まで真っ赤に染めたジュジが走り去っていく背中を俺はただ見ていることしか出来なかった。

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