第15話 孤児院にて1

「リュウちゃん、あなたは今日からここでみんなと生活しましょうね。大丈夫、すぐに慣れるわ」


 女性の腕は頼りなく揺れ、徐々に下がりながら私を抱えて歩く。

 落とされやしないだろうかと、掴まる手につい力が入った。

 そして廊下を歩き始めた途端、足元へ子どもが集まり始め、女性に纏わり付いてくる。


「先生、それ誰? なあ、あっち行こう!」

「その子、ミミと同じくらいでしょう? 抱っこなんてズルイわ!」

「先生、これ見て! 見て!」

 

 口々に騒ぎ立てる子どもたちの声、声、声。

 なるほど、同世代の言動とはこんなにも大人と違うのか。なんと主張が強く、賑やかしいのか。

 これは、確かに私自身のためにも、ここへ来る意味があっただろう。

 文化的・宗教的なタブーなどは、この年代なら許されることも多い。ここから始めるのが安全だろう。


「今日からみんなの仲間になる、新しい子よ。リュウちゃんって言うの。仲良くしてね」


 子どもたちは、聞いているのかいないのか……ちらちらと私を見る視線はあるものの、すぐに『先生』へと興味が移っていくようだ。


「じゃあ、私はお仕事があるから、リュウちゃんもここでみんなと遊んでいてね」


 そう言って下ろされたのは、雑多な割に家具のない部屋。

 宿の部屋よりもかなり広く、食堂くらいはあるだろうか。


 ふう、と私を部屋へ下ろした『先生』が、ひとつ頭を撫でて手を振った。

 呆気なく立ち去る背中を追って、子どもたちも一斉に出ていってしまう。

 ぽつんと取り残され、私はぐるりと周囲を見渡した。


 部屋には薄汚れたおもちゃらしきものや布、箱など、雑多な印象を与える原因たちが所狭しと転がっている。ゴミのように見えるが、子どもたちの遊び道具なのだろう。


 さて、私はここで何をすればいいのだろうか。確か、遊んでいて、と言われた。

 絵本でもあればと思ったものの、残念ながら文字の書かれたものすらない。リトは文字が読めることが良いことのように言ったのだから、この世界はあまり幼少期から文字を習わないのかもしれない。


 ひとまずぺたりと座り込んで、手近に転がっていた足の欠けた馬らしきものを手に取った。しばし観察し、途方に暮れる。

 おもちゃ遊びとは、どのようにすればいいのだろうか。


「あ! それあたしが遊んでたのよ!」


 さっきの子たちだろうか。ぱらぱらと戻って来た内の一人が、勢いよく馬を引ったくると、じろりと私に視線をやって離れて行く。

 ならば他を、と手に取ろうとしたものはまた別の子が。


 ……なるほど、これらは誰かの所有物であり、下手に手にとってはいけないようだ。

 しかし、そうなると困ったことに、私はオモチャどころか何ひとつ持っていない。

 目覚めた時に着ていたこの服一揃い。これが私の――。


 そこまで考えて、ハッと尻に手をやった。


「りと」


 そうだった、私が食事のたびにあちこち汚すから、リトがハンカチをくれたのだ。

 汚れていても私は困らないので、すっかり存在を忘れていた。リトに抱えられていれば、拭く場所はたくさんあるのだから。


 引っ張り出したハンカチは、ごくシンプルな淡黄色の布地。木綿だろうか? そもそも、木綿や麻が存在するのかも分からないけれど。

 汚れもないきれいなハンカチを見つめ、そわりと心が動く。言ってしまってもいいだろうか。

 これは私の……今は、これが私の財産だと。


 小さな手でぎゅっとハンカチを握りしめた時、女の子が駆け寄ってきて、まじまじと私を覗き込み始めた。


「ねえ、あなた何て言うなまえ? 私がお姫さまするから、おうじ様やって?」


 有無を言わさずそう宣言すると、大きな布を自らの腰に巻いた。


「ままえは、りゅー。おーじしゃま? なにしゅゆの?」


 突然の出来事に混乱しつつ答えると、途端に盛大に顔をしかめられた。


「え~、どうしてそんな赤ちゃんみたいなの? おうじ様はそんなじゃないわ。しょうがないから、あなたは赤ちゃんにするわ!」


 戸惑ううちに、もう一人引っ張ってきた誰かと楽しげに会話を始めた。


「パーティの準備をしなくっちゃ!」

「私も、おうじ様からドレスをもらったのよ」

 

 どうしたのだ、突然。

 女の子たちはそれぞれ古いリボンやら木のペンダントやら、せっせと身に纏い始めた。

 呆気にとられていると、突如私にもリボンを取り付け始める。


「かわいくしましょうね~よく似合うわ!」


 よってたかって飾り付けされながら、やっと当てはまる知識を見つけた私は安堵した。

 なるほど、これは『ままごと』だ。それなら、私はちゃんと遊んでいる、ということになるだろう。

 彼女らの難解なコミュニケーションを観察しながら、私はただそこに座っていたのだった。


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