ばばあと言われたので若返りの薬を飲んだら、幼女になってしまいました。
ありま氷炎
第1話 恋愛脳の息子に再婚を勧められました。
「母上。僕もとうとう成人して、当主になりました。母上はご自身の幸せをお探しください」
ラナンダ伯爵家の当主サミュエルはある日、母であるマーガレットにそう言った。
マーガレット・ラナンダは、今年で三十五歳だ。孫がいてもおかしくない年頃であり、実際に孫がいる同年代の夫人もいる。
ラナンダ家に嫁いだのは十六才の時。
夜会で一目惚れされ、そのまま求婚された。
話だけ聞けば熱烈に思えるが、求婚された時、当時伯爵令息であったシーザの目は冷たく、そこに「愛」など見つけることはできなかった。
マーガレットは実家のサヴェル男爵の前妻の子だった。跡継ぎは後妻の子に決まっており、実家では彼女のことは、できるだけ格上の相手に嫁がせる道具と思われていた。
なので、サヴェル男爵はすぐに婚約を承諾。半年後に結婚式を上げることになった。
婚姻後、初夜に一度抱かれ、そこでサミュエルを孕った。
シーザ・ラナンダは、婚姻を結び、初夜を迎えると用は済んだとばかり、マーガレットから興味を失った。夫の部屋とは扉で繋がっているが、向こうから鍵をかけられ、マーガレットから扉を開けることはできない。けれども後継を産んだマーガレットが疎まれることはなく、ラナンダ伯爵夫妻からは次期伯爵夫人として教育を受け、サミュエルが十才になった時、当主の座をシーザに譲った。
彼は愛人を屋敷に連れ込もうとしたが、ラナンダ家が一体となり拒否をした。
マーガレットはシーザには愛されなかったが、ラナンダ家の女主人として義理の両親に可愛がられ、使用人たちには大切にされていた。
シーザは疎外感を感じたのか、屋敷の外に家を借り、そこで愛人と暮らすようになった。そうして五年前、サミュエルが十三才の時、愛人と共に旅行に出かけ帰らぬ人になった。
これは事故であったのだが、二人で心中したとか、マーガレットが嫉妬のため事故に見せかけて殺したなどと、悪質な噂が広がった。
それを否定し続け、シーザの事故死が人々の話題に乗らなくなり、五年がたち、サミュエルは成人し、それまで彼の祖父シルベルトが代行していた当主の座についた。
仕事も落ち着いたある昼下がり、サミュエルが母に向かって「ご自身の幸せを探してください」といったのだ。
「私は今でも幸せよ」
マーガレットは息子の言葉の意味がわからなかった。
サミュエルには自身と異なり、できれば恋愛結婚に近い婚姻を結んでもらい、優しい子を儲けてもらう。自身はその手伝いをするつもりだった。
なので「ご自身の幸せ」と言われ、首を傾げてしまった。
「父上はあまりにも母上に冷たすぎました」
「そう。そうね。でも気にしてないわ」
悲痛な表情でサミュエルはそう言ったのだが、マーガレットは気にしてなかった。
求婚された時点で、彼女は自身が愛されていないということに気がついており、自身の母の経験もある。なので結婚に関して理想など持っておらず、実家から離れられるという思いで、この婚姻を受けた。
そうしてやってきたラナンダ家の人々は、マーガレットにとても親切だった。
問題は夫であるシーザだけだったが、普段家におらずしかも何も口出してこないため、彼の妻であることを苦痛に感じたことはなかった。
「僕のせいで、母上は父上と別れらななかったのですよね」
「そんなことないわ。どうしたの?サミュエル?」
「僕、好きな人ができました」
「それはよかったわね!」
マーガレットは自分のことのように喜ぶ。
「どんな方なの?紹介してもらえる?」
「ま、まだ気持ちを伝えてないのです。でも、あの人と一緒にいると幸せな気持ちになるのです。だから妻になってほしいと」
「サミュエル。頑張りなさい。私も応援するわ」
「ありがとうございます。僕は、こんな風に人を好きになるって知らなかったのですが、母上は今までそんな機会がなかったのですよね?」
「え?私?興味ないわ」
マーガレットは恋愛ごとに全く興味がなく、寂しそうに見つめるサミュエルにそう答えた。
「あんな父がいたために」
けれども息子はマーガレットが無理をしているように思えたらしい。
初めての恋に浮かれており、特別なフィルターで母をみているようだ。
「サミュエル。私のことは本当に気にしなくていいのよ」
「いいえ。僕は母上に幸せになっていただきたいのです!」
幸せは人によってそれぞれ。
結婚が幸せの切っ掛けになるとは限らない。マーガレットの母の結婚生活も幸せだったとは思えなかった。
サミュエルは、そんなことは理想だとわかっているはずなのに、恋愛脳になってしまったらしく、母が好きな人と結婚することこそが幸せだと思い込んでしまったようだ。
「サミュエル、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です。母上。僕にお任せください。きっと母上が好まれるような紳士を紹介してみせます」
それからサミュエルは縁談を沢山もってくるようになった。
孫がいてもおかしくない年齢、出産するには厳しい。
その条件なので、後妻を求める紳士が多い。
しかも問題物件がありありで、流石のマーガレットもサミュエルを叱りつける。
「サミュエル。このような再婚のどこか幸せなのでしょうか?もしかして、この母が邪魔になってしまったのかしら?そうよね。姑の存在は面倒よね」
「母上!そんなことは」
サミュエルは泣きそうな顔で否定するが、マーガレットは冷静に分析していた。
好きな女性がいると言っていた。
もしかしてその女性が姑と同居するのが嫌と仄めかしたのではないかと。
数年たち噂も消えてなくなっているが、マーガレットが愛人を妬んで夫と一緒に事故に見せかけて殺したという話をうっすら信じているものがいるかもしれない。
マーガレットは吊り目で、冷たい印象を与える。身長も女性にしては高めなので高圧的に見られることが多い。
夫を追い出した恐妻と噂があったこともある。
そのような噂を耳にした若い令嬢が、マーガレットを怖がることがあるかもしれない。
「……サミュエル。お相手は私が自分で見つけるわ」
とりあえず家を出ていく必要があるかもしれない。
仕事に関しては執事が優秀でしっかり支えてくれるはず。
自分がいなくても大丈夫。
マーガレットは寂しい気持ちを抱きながら、サミュエルにそう宣言した。
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