妖精
「飲み物取ってくるから、先に部屋行ってて!」
美香がそう言って、リビングに併設されているキッチンへと向かった。
俺も『手伝うよ』の気が利いた一言くらい言えたら良いのだが、それを美香に言うと『だめ!りょーくんはくつろいでて!』と言われてしまうのが目に見えている。というか何回か言われた。
美香の部屋は階段を上がった二階の奥の部屋。昔から何百…いや何千回とこの部屋に来ている。
扉を開けると廊下と部屋の温度差で、涼しい風が俺の身体を吹き抜けた。
美香の部屋は最大風量でエアコンが稼働していて涼しかった。いや、むしろ寒い。
机に置いてあったエアコンのリモコンに表示されている温度は二十度。
今はまだ涼しく感じるが、時間が経てば体が冷えてしまうだろう。そう思ってリモコンの温度設定を二十四度に変えておいた。
パソコンの前にあるゲーミングチェス…ではなく、床に敷かれたカーペットに座り、目の前でふわふわと浮いている白くて(以下省略)を見た。
興味深そうに美香の部屋を見回しながらウロウロしている。
色々と聞いてみたいことはあるが、それは美香が来てからの方が良いだろう。こいつ俺じゃなくて美香に用があるみたいだしな。
少し待っていると美香が戻ってきた。
「りょーくん、はいどうぞー」
そう言って美香は俺に氷と麦茶がなみなみに注がれたコップを渡してきた。
前回の事もあってか躊躇してしまい、受け取る為に伸ばした手が止まる。
「今回は何も入れてないよ?ホントだよ?」
『つまり前回は何か入れていたんだな』というツッコミを入れたくなるが、今はこの白くて(以下省略)の話が先だろう。
俺は美香の言葉を信用して、コップを受け取ると麦茶が溢れないように少しだけ飲んだ。
うん普通の麦茶だ。前回も普通のオレンジジュースだと思って飲んでたから、何か仕込まれても気づきはしないのだが……
美香も自分の麦茶を机に置いて、カーペットに座った。いつも通り俺に密着するように。
「なぁ…」
「いいでしょ?私の部屋は涼しいし…ね?」
美香は俺の腕を胸に挟んで、上目遣いで見つめてくる。美香お得意のお願いポーズだ。
美香は可愛い。それに身体付きも悪くない。幼馴染補正抜きにしても顔はそこらのアイドルより可愛いし、身体も…悪くないと思う…胸はデカイしな…
「まぁ…うん……」
「えへへっ…」
そうして美香は自分のポジションを確立すると、白くて(以下省略)の方を見た。
「で、あんた何」
美香は冷たく言い放った。
その言葉に反応するように、白くて(以下省略)は俺と美香の方を向いた。
ふわふわと浮いていた白くて(以下省略)は、俺と美香の前にある机まで降りてきた。
机に置かれたティッシュ箱に座る?降りる?と先程も聞いた渋い声で話し始めた。
「私はペルペルと申します…魔法少女の援助妖精をやらせて頂いております。」
「その前に言う事あるんじゃない?」
「はて…言う事とぶぁっ…!」
白くて…いや、ペルペルが美香の言葉に首を傾げた途端、上から美香の鉄拳制裁が落ちてきた。
ペルペルはぶにゅりと潰されたクッションのようになっており、下にあったティッシュ箱は完全に潰れている。
「まずりょーくんを冴えない男って言ったの謝れよ?なぁ?」
美香は冷えきった雰囲気でペルペルを潰している握り拳をグリグリさせている。
「お、おい美香…そのくらいに……」
「うん!分かった!りょーくんが言うならもうやめる!」
俺の言葉に美香は手を離した。肝心のペルペルは溶けた雪見だいふくみたいになっている。
一方の美香は手を除菌シートで拭いている。なんだかペルペルが可哀想に思えてくるな……
「うぅ……」
ティッシュ箱からゆっくり起き上がったペルペルは唸り声を上げた。その姿はまさに満身創痍。
もともと縦の楕円形に丸々としていた身体は、さっきのグリグリのせいか、少々歪な形になっている。
「ほら、早く謝れよ」
「そこのお方…先程はすみませんでした…」
ペルペルは唸り声を上げ、少々よろけながら俺に頭を下げた。
「どうする?りょーくん、許す?それとも売る?」
別に俺は自分の事イケメンだと思ってないし、横を歩く美香と比べたら冴えないと言われても仕方が無いとは思う…あと売るって何?どこに?
「許すよ、別に気にしてないし…」
「だってよ、良かったね!」
「えぇ、誠に……」
ペルペルは潰れたティッシュ箱に腰を降ろした。
「それで、ペルペルは何で美香に用があるんだ?」
このままだと話が進まなそうなので、俺から話を振ってみることにした。美香の事だし放っておくとペルペルを窓から捨てそうだしな。
するとペルペルは渋い声で話し始めた。
「先程も申しましたがもう一度…私は魔法少女の援助妖精をしております。ペルペルと申します。」
「あぁ、それで?」
「現在、魔法少女になれる素質がある者を探してこの街を彷徨っていたのです。」
「その素質っていうのは何なんだ?」
「素質の具体的な事に関しては様々あります。例えば覚えが早かったり、元の身体能力が高かったりだとか……」
「あぁ、なるほどね。つまり適性が多いから美香を選んだと。」
「いえ、ぶっちゃけ素質なんて魔法少女になってからでも如何にでもなります。今はとにかく急いで魔法少女を誕生させる事が大事なのです。」
「じゃあ何で美香なの?」
「妖精の国からワープしてきたところ、目の前に貴方がた二人がいらっしゃったので…」
「あぁ…そういうね。」
さっきから俺しか話してない。
それもそうだろう。肝心の美香はイヤホンをして、スマホを横に持ち、アイドルとシャンシャンやっている。全く話を聴く気がないのだ。
多分俺が『魔法少女やって』とか言えば、『わかった!』と二つ返事で言うだろう。
だが、もしも危険な事に巻き込んでしまうようだったら何としてでも止めないといけない。
「どうでしょう…貴方からも何か言ってはくれませんか?世界を助けると思って…」
「その魔法少女になる事の危険とかは無いのか?」
「うーん、そうですね…危険…まぁ、魔法少女ですし敵と戦闘になれば………」
「敵って?」
「怪人や怪獣です。そのうちこの地球に現れます。それを対処するのが魔法少女です。」
「それやっぱり危険なことなんじゃ……」
「お、お待ちください…ですがメリットもあります!訓練すれば火や水を操れるようになりますし、空を飛んだり透明になったりなども…」
「ねぇ…」
美香が口を開いた。
よく見るとイヤホンは片耳にしかついていない。
しかし手元ではスマホゲームを続けている。
「それって相手を拘束したり、眠らせたりとかもできるの?」
「えぇ…勿論です。」
美香は乗り気なんだろうか。
俺自身が危険な事には巻き込まれたくないので、できれば辞めてほしいのだが…
「相手を発情させたり、洗脳したりもできる?」
「ひ、必要かは分かりませんが……魔力の使い道は無限ですしできるかと………」
何を聞いているんだコイツは…とツッコミそうになった。
そもそも俺の知っている魔法少女は、敵を発情させるなんてことしないし、洗脳なんて以ての外だ。美香は悪党側目指してんのか?
「そうなんだ…じゃあやる。」
「おっ!」
「え"っ……」
このままやらないって話になると思っていた。
表情は…良くわからないが、先程よりも明らかにテンションが上がったペルペルと、驚きの表情を浮かべる俺。
美香がスマホゲームをしていたから、よく聞いていなかった可能性もある。
「美香?ちゃんと聞いてたか?危険かもしれないんだぞ?ほんとにやるのか?」
お節介なお母さんみたいな事を言っている自覚はあるがそこはハッキリさせておきたい。
美香は学校だろうが、放課後だろうが、休日だろうが時間の許す限りお構い無く俺の横にいる。
俺の横には自分がいると言う事を当たり前たと思っている。
それほど美香という女は性格というか人間性が歪んでいるのだ。
つまりそういう事だ。
美香が魔法少女になったところで、俺のプライベートな時間が増えるわけじゃない。
それどころか、美香が危険な事に巻き込まれるということは、隣にいる俺も危険に巻き込まれると言うことなのだ。
ちなみに彼女から離れるという選択肢はもう捨てている。完全に諦めた。その話はまた後で話そう。
「うん。りょーくん、わたしやるよ。」
完全に覚悟を決めた顔である。
この顔になった美香は止められない。
「良かった…早めに魔法少女見つかった……」
ペルペルがなんか言ってる。
もし危険な事に巻き込まれてしまったら、コイツを囮にして逃げることにしよう。
「で、どうすれば魔法少女になれるわけ?」
「そうでした…えぇっと……」
「おぉ……」
ペルペルが腕をかざすと、円形の形をしたワープホールの入口のようなものが出現した。
よくアニメや漫画で見る空間に物を閉まったり出したりするやつなのかもしれない。
そこに手を伸ばし、あれでもないこれでもないと色々探している。
「ありました…ではこれをどうぞ…」
ペルペルが空間から取り出したのは、一つの腕輪だった。
「その腕輪に力を込めることで、魔法少女に変身することができます。」
「やってみる」
美香は腕輪を装着した腕を前に突き出した。
その瞬間、腕輪が光り始めた。美香の周りに宝石の様に輝く粒子の粒みたいなのが溢れていく。
更に粒子は結束し、光の帯のような物へと姿を変え、数多の粒子と共に美香を包み込んでゆく。
確かに凄い、魔法少女って感じがする。
この変身の感じもアニメで見る魔法少女のイメージそのままだと思う。
ただ一つ文句を言うとしたら…
美香を包む光の粒子から帯まで、全てが真っ黒に黒光りしていなければもっと良かったな…
そうして美香は変身した。
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