第49話 戦いの果てに


真っ暗な精神世界。


『よくぞ参った。そろそろお声が掛かる頃だと思っていたぞ』

『ここは俺の中だって』

『はっはっはっ! 細かいことは気にするな!』


やれやれ。


この人も相変わらずだな。


『サモナーによるエイビーズ召喚の本質は異世界のマナとその波長を合わせること。ならこの考えに至るのも自然ってものだろ? あんたは魔王ゼフィールの封印という偉業を成し遂げた大賢者。その功績がしっかりとこの世界に刻まれている証拠さ。良かったじゃないか』

『お前な。どれだけ俺が天才的な魔導士であろうと一人の人間には変わりないんだぞ? それをあんな亡霊どもと一緒にするなんてあまりに酷いだろ』


性格はともかく、この人ならできるかもしれない。


伝説の大賢者なら。


『あんたの声ならヴィゴーにも届くかもしれないんだ』

『そんな華麗にスルーしないで・・・ まぁ、俺のマナ構成は魔導士はもちろん他の生物と比べてもかなり特殊だ。それを完璧に合わせられる奴がいたとは、正直驚きを隠せない』

『あんた、それが嫌で意図的に濃度と振動数を変えていたんだろ? そもそも、そんなことしようとする魔導士なんていなかったと思うけどな。大賢者のくせにどれだけ心配性なんだよ』


沈黙ーーー。


『お前、マジか。そこまで分かっていて俺のマナに合わせたってのか」

『あんたからしたら驚くことでもないだろ』

『・・・? その眼には何が映っているんだ?』


いつになく真剣な顔だ。


ガブリエル様らしくない。


『そりゃ細部まで全部。昔から人や物のマナが見えるってのが唯一の特技だったからな。ガブリエル様と繋がったことでより強化されたんだと思う』

『俺が言いたいのはそういうことではないんだが・・・ 自覚がないならいい」


何か言いたそうにこっちを見ている。


『な、なんだよ』

『もう敬語で話してくれないのね。ボク悲しい・・・』


何を言い出すかと思えば。


身構えて損した。


『最低限の敬意を以て「様」付けしてしてるんだからいいだろ。そんなことより目の前のことに集中してくれ。ここが正念場なんだ』

『分かった分かった。まったく人遣いが荒いんだから』

『あんたに言われたくない』

『はっはっはっ! せっかくお前が用意してくれた舞台だ。久しぶりの現世を堪能しようかね』

『頼りにしているよ』



目を大きく見開き、祈りを捧げるように大地に手をつける。


「救世の大賢者ガブリエル! 俺に力を貸してくれ!!」


周囲が薄っすらと暗くなる。


暗がかる空から小さく光るマナの粒が雨のように、ゆっくりと降り注いだ。


降臨する古の大賢者に、その場にいる誰もが釘付けになった。


「そ、そんな・・・ その姿、まさか・・・」


ヴィゴーは威風堂々と大地に降り立つ神の如き大魔導士を前にただ立ち尽くす。


『よぉ。ヴィンセントの弟だな? こいつの中からずっと見ていたがなかなか良い素材だ』

「大賢者ガブリエル・・・ 僕は夢でも見ているのか?」

『はっはっはっ! その反応いいねぇ! ちょっとやる気出た!』


ガブリエル様の頭を軽く叩く。


「マナ消費もタダじゃないんだ。初めからやる気出してくれないと困る」

『もうっ。ヴィンセントくんたら真面目なんだから』

「これからカッコいいとこ見せようと思ってたのにあんたがぶち壊したんだよ!」

『お前、この状況でそんな煩悩に駆られていたのか』

「はっ?! あ、いやこれはっ・・・ クソッ。やっぱりこの人と話してると調子狂うな」


ガブリエル様はヴィゴーの頭上にのしかかる巨大な炎を見上げている。


終焉の業火ラグナロクね〜。こりゃまた随分と高度な魔法だ。ラファエルの奴を思い出すな』

「まさか今更怖気づいたなんて言わないよな?」

『んなわけないだろ。俺を誰だと思っている』

「ただのエロ魔導士」

『んなっ?! てめっちょっと気にかけりゃ調子に乗って・・・!』

「はいはい。そろそろいくぞ」


あれ・・・?


これってもしかして。


「悪いガブリエル様。予定変更だ」


俺の目論見に気づいたのか、ガブリエル様の額に汗が滲む。


『おまえ・・・ まさか!?』

「そういうことっ!」


ガブリエル様の体を俺の元へ引き寄せる。


神霊として召喚したガブリエル様と同化することで俺の魔導士としての潜在能力はもっと引き上げられるはず。


そしてそれは正しかったようだ。


全身から。体の内側から溢れ出る無尽蔵のマナ。


例えようのない高揚感。


どこまでも見通せる透明感。


『とことんぶっ飛んでる奴だ。まさかこの俺と同化するとは』

『こっちの方がお互いより力を発揮できると思うんだ』

『やれやれ。認めたくはないがすこぶる調子が良い。なんてマナしてやがるんだよ・・・ん? まさかお前』

『ちっ。やっぱり気付かれたか』


さすが伝説の大賢者。


『お前までマナの質を変容させていたなんてな。仕返しのつもりか。それもお前の中に宿り、誰よりも近くにいたこの俺に気付かれないくらい自然に』

『多分生まれた時からだよ。物心ついた時にはすでに染み込んでいた』

『お前には恐れ入るよ』


この眼に映る全てが光り輝いて見える。


神にでもなった気分だ。


「ガブリエル様もろとも焼き尽くしてやる!! くたばれ!!」


ヴィゴーがその手を振り下ろすと、隕石にも似た巨大な炎の塊が眼前に迫る。


『さて。やろうガブリエル』

『ついに「様」が消えた・・・』

『もういいかなって。ほら、俺だって伝説級グランドなんだし』

『開き直りやがって。ま、その方が気楽だわ』


迫り来る炎の隕石に向かい手をかざす。


『ヴィゴー。俺はあの頃の関係を取り戻したい。そのために、全力でお前を止める』


かざした手のひらと左頬の「G」の刻印が熱を帯びていく。


煉獄の檻チェーン・ジェイル!!』


地面から無数に伸びる虹色の炎の鎖が瞬く間に巨大な隕石を絡め取り、その動きを止めた。


かざした手を強く握る。


その瞬間、炎塊に巻き付いた炎の鎖は眩い光を放つと同時に一気に締め付け粉砕し、虹色の業火で焼き尽くした。


「くっ!! まだだっ!!」


ヴィゴーは体勢を立て直し再び詠唱を始める。


その行動を予測していたかのように、炎の鎖は瞬時にヴィゴーの身体に巻きつき締め上げた。


「ぐあああーーーっ!!」

『勝負ありだな』


縛り上げられた状態で必死にもがくヴィゴー。


「まだだ! 僕は負けない!!」

『強情なヤツだなぁ。どうすれば負けを認めるんだ?』

「認めることなどない! 僕が魔導士としての価値を失ったりでもしない限りなぁ!」


ヴィゴーは苦し紛れにニヤリと笑う。


「どうだ。この僕を屈服させるなんて無理なんだよ。たとえ古の大賢者ガブリエル様の力を借りてもな」

『何だ。そんなことでいいのか。それなら初めからそう言ってくれ』


巻き付けた炎の鎖を解き、ヴィゴーを地に開放した。


「バカめ! 油断したな兄上!! どこまでもお人好しなヤツだ!」


距離を取り魔法の詠唱を始める。


「死ぬがいい!!」


しかし、歪んだ笑みはすぐに狼狽に変わった。


「なぜだ?! なぜ魔法が発動しない?!」


ヴィゴーは辺りを見回し驚愕した表情を浮かべた。


「バカな。魔導書グリモワールが・・・」

『体内の魔導書グリモワールへ割くマナの供給路を遮断した。しばらく魔法は使えない。マナのコントロールが自在に出来る奴以外はな』

「他人のマナの流れを変えるだと?! ふざけるな! そんなことが出来るはずがない!」

『お前が言ったんだろ。魔導士としての価値がなくなれば負けを認めるって。だから魔導士にとって不可欠の魔法を取り上げた。マナの感知、そしてコントロールは俺の専売特許だ。おまけにガブリエルの力もある。息をするより簡単なことさ』

「人のマナは千差万別なんだぞ・・・」


虹色の炎が仄かに残る自身の手のひらを見つめる。


『自分だろうが他者であろうが今の俺にコントロールできないマナは存在しない。俺の前に立ちはだかる限り如何なる魔法も発動させない』

「・・・・・・」


ヴィゴーは静かに膝から崩れ落ちた。


あれほど猛っていた戦意はもはや感じ取れない。


十分だ。


深呼吸し、ガブリエルのマナを身体の内側に収めていく。


「全部俺のせいだ。お前のことを思ってしていたことが、こんなにもお前を苦しめていたとは思わなかった。自分のことしか見えていなかった。本当に済まない」


呆けて見上げるヴィゴーの前に手を差し伸べる。


「四つすべての型を使いこなし、それでいてどの魔法の型にも当てはまらない型破りな魔法。そしてそれらを形作る圧倒的なマナ制御能力。あなたは一体、何者なんだ・・・」

「お前が一番よく知っているだろ。ただの『G』ランク、最底辺魔導士だよ」

「はは・・・ まさか本当に伝説級グランドだったなんてな。僕も父上も、ユリウス様ですら兄上の潜在能力をまるで測れていなかった。ウェンディの言う通り、初めから勝敗は決していたのだな」


いくら血が繋がっていても、生命の一個体として考えれば家族であろうと他人だ。


毎日同じ屋根の下で暮らしていた俺とヴィゴーでさえも。


自分を真に理解してくれる存在なんていないんだ。


その逆もまた然り。


でも、だからこそお互い理解する努力が必要なんだ。


これはきっと誰もが向き合い続けなければならない課題。


それは人間として生まれた以上、決して終わることのない宿命なのかもしれない。


「階級なんてどうでもいい。魔導士かどうかも関係ない。俺はただ、俺にとって大切な、たった一人の弟であるお前ともう一度信頼を築いていきたいんだ。そりゃ時には喧嘩することもあるだろうけど、そういうのも含めてこれからはお前とちゃんと向き合うつもりだ。その努力を怠らない」

「こんな僕と・・・ もう一度やり直してくれるというのか? 国を追放し、二度も本気で兄上を殺そうとした僕を・・・」


気付けばヴィゴーの頬には涙が伝っていた。


そんな弟の手を掴み立たせる。


「これからはお互い素直になろう。話し合おう。本音で」

「・・・そうだな。ありがとう兄上」


遅いことなんてない。


その気になればいつだってやり直せるんだ。


「ヴィクトリアも混ぜてあげよう。大好きな可愛い妹を仲間はずれにしたくない」

「どうかな。あいつは僕のこと嫌いだから」

「そんなことないさ。今のお前の気持ちをそのままヴィクトリアにも向けることができれば、あいつはきっと応えてくれる」

「努力するよ」


随分と長い時間をかけて遠回りしたが、ヴィゴーと心を通わせることができた。


こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。


この幸福感は何にも代え難い。


もう二度と大切なものを見失わない。


そう強く心に誓うのだったーーー。

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