第47話 溢れる才


ヴィゴーの持つ純白の魔導書グリモワールが眩い光を放つ。


『天上に揺らめく聖なる灯火よ 今ここに顕現し 愚かな罪人を焼き尽くせ』


『イグニッション!!』


地面から勢いよく噴出した数本の激しい火柱がうねりながら襲いかかる。


ここからでも熱さを感じるほどの高濃度の魔法。


まともに食らうわけにはいかない。


「灰と化すがいい!!」


身体を巡るマナを足元に集中させる。


熱を帯びたマナは赤い煙を纏い両足を包み込んだ。


ウォーミングアップするようにやや大きめに左右にステップを踏む。


すると、迫り来る火柱が俺の動きに合わせて左右に振れた。


想像通り追尾型か。


さあ。着いて来れるか?


左右に踏むステップを徐々に大きく激しくしていく。


同調するように火柱は左右に動き、空気を焼きながら迫り来る。


ステップをより複雑にすることで火柱が一箇所に集まるように誘導していく。


うねりながら激しく燃え盛り襲いかかる火柱をギリギリまで引きつける。


炎の先端がマントに触れる瞬間。


ここだ!


真後ろへ大きく飛び退く。


地面に接触した火柱は大きな爆発を発生させ激しく大地を焼き尽くし轟音を上げた。


「はははは!! やはりこの程度か! 呆気ない最後だったなぁ兄上!!」

「勝手に殺すなっての」

「・・・なに?」

「さすがSランク魔導士の炎魔法。いい破壊力だ」

「なぜ生きている。兄上のマナは途絶えたはずだ」

「ああ、それね。そうした方が生きていた時のショックが大きいかと思ってな。効果覿面だったろ?」


流れるマナを一時的に遮断することで気配を絶った。


仕留めたと思っただろう。


たとえ小さなことでも思い通りにならないのはプライドの高いヴィゴーにとって失態でしかないはずだ。


明らかに苛立っているのは顔を見ればわかる。


ひとまず嫌がらせは成功かな。


「小細工をしていたことも腹立たしいが僕が知りたいのはそんなことではない。イグニッションはマスターウィザード以上が扱えるS級魔法。加減をしたつもりもない。そんな大魔法をあっさり回避したその方法だ。・・・何をした?」

「何だそっちか」


ヴィゴーの言う通り、本当に魔法は使っていない。


俺が行ったのは自分の中に巡るマナを操作し足の裏に集中させ、密度を上げることで身体能力を底上げした程度のものだ。


文字通りこれはマナ操作であって魔法ではない。


ガブリエル様と接触ができるようになって以降、よりマナの操作が容易になり滑らかになっている。


この程度のマナ移動なら一秒かからない。


正直、今のがS級魔導士・マスターウィザードの魔法だというのなら拍子抜けと言わざるを得ないな。


だって回避するのにわざわざ支援魔法を使う必要すらないんだから。


「別になにもしちゃいないさ。魔法を使わずに避けただけだ。お前の予想通りだよ」

「あり得ん!! Sランク魔法だぞ!? どんなに身体能力が高い魔導士でも生身の状態で対処できないのが魔法なのだ!!」

「仕方ないだろ。本当のことなんだから」

「ふざけた真似を・・・」


いいぞ。もっと怒れ。


冷静さを欠いたヤツを手玉に取るのは容易い。


「それより。天下のマスターウィザード様がもう終わりなんて言わないよな?」

「エレメントの分際で僕を愚弄するか」

「まさか。これでもお前の素質には心底驚いているんだぞ」

「いつまでも上から目線で語るな!!」


突如目の前に小さな白いマナの球体がぽつりと出現した。


・・・っ?!


これは、ヤバイ・・・!


『デトネーション!!』


目の前が真っ白になった途端、周囲が一気に大爆発に飲み込まれ大地を大きく揺るがした。


「どうだ!! S級魔法の詠唱無しだ!! 反応できまい!!」

「ヴィンセント!!」

「ははは!! 心配は不要だ女。兄上は消し炭と化した。もはや生きてはいないだろう」

「え? 何の話?」


ヴィゴーの眉が上がる。


「ほう。慕う男が死んでもしらばっくれるその精神力だけは評価に値する」

「あんたさっきから何言ってるの? ヴィンセントは死んでないよ。私はただ皆が来てくれたことを伝えようとしただけ」


視界を遮っていた土煙が晴れていく。


「くっ! 何故だ! 何故生きている!!」

「さすがフラン。よく分かってるな。でも惜しい。皆が来ていることは少し前から知ってた」


フランとウェンディの遥か後方からローズたちが駆けつけているのが目に入る。


「ヴィンセント様ーー!!」


ローズもハンナもシルヴァーナも身体中傷だらけではあるが思った以上に元気そうだ。


「バカな! ゼノンとグレゴリーはどうした?!」

「ローズたちにやられたんだろ。俺の仲間は強いんだ」

「ちっ! 役立たずどもが!」


レギオンリーダーが相手とあらば苦戦は免れないと思っていたけど杞憂だった。


頼りになる。


「優秀なお前が詠唱無しに魔法が使えることは想定済みさ。それに備えて予め防御魔法を施していたんだ」


薄いマナの膜を纏った手のひらを見つめる。


「違う! 僕が驚いているのはそんな些事ではない! どうしてエレメントの兄上が魔法を使えるんだ?!」

「別にいいだろ使えたって。魔導士の両親から生まれてるんだから」

魔導書グリモワールを持たずして魔法を使うことはできない! 魔法は体の内を巡るマナを魔導書グリモワールに集め媒体とすることで初めて発動可能になるのだ! 魔導書グリモワールを顕現できないエレメントは必然的に魔法は使えない! これは世界の真理!」


教科書通りの回答をありがとう。


そう。


エレメントに魔導書グリモワールは顕現しない。


魔導書グリモワールが顕現しなければ魔法は使えない。


どちらも疑いようのない真実だ。


「俺だって最初は驚いたさ。自分には魔法の才能がないだけでなく、人権のないエレメントなのだと絶望し、諦めていた。だって、それが理由で長年暮らした故郷を追放されたんだ」

「でも、フランと出会ったあの森で、初めて魔法を使えた。そしてそれがきっかけとなり魔導士として覚醒することができた。それで頭に過ったんだ。俺はエレメントではないかもしれない、と」


薄々感じてはいた。


でも魔導書グリモワールを持たないことで信じ切れずにいた。


それでも、あの頃に比べれば自分に自信が持てるようになった。


魔導書グリモワールを持たないこんな俺でも魔法は使えるのだと。


魔導士を名乗ってもいいのだと。


フランをはじめ、仲間のおかげで信じられるようになった。


そして様々な魔法をこの眼で見て、経験して確信に変わった。


「百歩・・・ いや千歩譲ってそれが事実であり、兄上がエレメントではないと仮定しよう。しかし、どう考えても魔導書グリモワールを持たない人間が魔法を使うことはできない。不可能だ。兄上がエレメントではないとするなら、一体何だと言うのだ・・・?」

「どうやら俺は伝説級グランド魔導士ということになるらしい。まぁ、ダニエラ様の受け売りだけど」


ほのかに熱を帯びる左頬のアザにそっと触れる。


「ハッ!! バカバカしい!! 何を言い出すかと思えば伝説級グランドだと?! そんな階級など存在しない! いいか、魔導士の階級ってのはSSランクのアークウィザードまでだ! そんな取って付けたようなふざけた階級などあり得ないんだよ!」

「だよな。俺もそう思ってた」


当事者の俺ですらそう思っていたんだ。


他人からすればそりゃ当然だ。


「フン! 今更兄上が魔法を使えたことも! ほざく意味のわからない階級ことも! もはやどうでもいい! 見たところ貴様は支援型だ! 攻撃魔法がろくに使えない以上恐るるに足りん! 防御に徹すると言うのなら圧倒的な破壊力でその防御を突貫するまでだ!」


やれやれ。


こいつは何か壮大な勘違いをしているようだが・・・


まあいいか。これはこれで面白いし。


「僕の真の姿にひれ伏すがいい!!」


ヴィゴーの魔導書グリモワールの白い輝きが、次第に宙に浮く水のように揺らぎ透けていく。


「その輝き。お前まさか・・・」

「そうさ! 僕は達したのだ! 魔導士の境地になぁ!!」


ヴィゴーの体から眩い閃光が発する。


その眩しさに思わず目を瞑った。


ゆっくりと目を開けると、そこには雪解け水のように、一切の曇りなくクリアに輝く純白の魔導書グリモワールを携えたヴィゴーが立っていた。


髪も銀色に変わり凄まじい魔力が溢れ出している。


「Sランクでありながら聖化しょうかまでするなんてな。どれだけ才能があるんだ」

「はははっ!! 今の僕はアークウィザードにすら匹敵する!! いやそれ以上だろう!!」

「お前は本当に恵まれているよヴィゴー」


本当に。


そんな才能に溢れるお前が弟であることを誇りに思う。


皮肉でも何でもない。


心からそう思う。


だからこそお前にも認めてほしい。


俺という存在も。


「喜べ! 天賦の才を持つこの僕直々に葬られることを!」


聖化しょうかしたヴィゴーを相手に防戦しているだけでは流石に無理があるか。


「さて。その自信を打ち砕くとするかね」


神々しく聖化し降臨したヴィゴーを前に、俺は不思議と内から湧き上がる高揚感にしばらく浸っていた。

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