第13話 小さなお姉様の願い
「一体どうして俺たちの後をつけていたんだ?」
目を覚ましたハンナをそっと座らせ俺たちも腰を下ろした。
「それはですねぇ〜」
ハンナはその愛らしい童顔からは想像もできないくらい険しい顔で考え込んだ。
「あなたのマナに一目惚れしたからでぶっ?!」
言い終わる前にフランの鋭い手刀がハンナの頭を直撃した。
「ふざけんな」
「痛いですぅ〜!! 何するんですかぁ?!」
「あんたが意味わかんないこと言うからよ」
「だってぇ! ヴィンセントがフェロモンムンムンなのがいけないのですぅ〜!」
言い方がエロい。
「何がフェロモンよ。だいたい子供のくせに好きだの愛だの十年早いっての」
「しつれいな! さっきから私を子供のように扱ってぇ! 私は子供じゃですぅ〜!」
分かっているさハンナ。
大人の話に入りたいんだよな。
大人として認められたいんだよな。
うんうん。
俺にもそんな時期があった。
「なにしみじみと遠くを見てるの?」
「ちょっと昔を思い出してね。実際ハンナって歳いくつなんだ?」
待ってましたと言わんばかりに、ハンナは美しく光る青髪をなびかせその平らな、もとい控えめな胸を張る。
「私はこれでも二十四歳! れっきとしたオトナなのですぅ!!」
な、何ぃ?!
俺より四つも年上?!
「う、うそでしょ・・・ その体型で・・・?」
フランはハンナの胸元を凝視する。
「う、うるさいですぅ〜! フランも大して変わらないじゃないですかぁ!」
「グサッ!?」
自分で擬音語を発するのは相当アホだぞフラン。
「ふん! 女の価値は胸だけで決まらないのですぅ」
「その通りですわ! 残酷な現実を受け入れつつも折れないその精神力に感銘を受けました! さすがはハンナお姉様、乙女の鏡ですわ♪」
順応はやっ!!
っていうかそれ褒めてないんじゃ・・・
しかし分からないもんだなぁ。
見た目は完全に十代前半。
まるで時間を巻き戻す魔法でもかけたかのようだ。
「分かったらローズのようにちゃんとお姉さん扱いするですぅ!」
「・・・・・・」
フランの落ち込みようがすごい。
自慢のとんがり帽子まで萎れてしまっている。
さすがに少し気の毒だ。
「実はですねぇ。あなた方の力を見込んでお願いがあるのです」
さっきまでの勢いはどこへやら、ハンナは胸の前で人差し指を合わせている。
「お願い?」
「私の弟が星護教団に拉致されて捕えられているのです・・・ 私は
「なるほど。その弟を奪還するために力を貸して欲しいと」
ハンナは力無く頷いた。
「やめた方がいいよ。星護教団に目をつけられたって事はその子エレメントだよね? つまり合法。その弟を取り戻すのは無理。彼らの行動は国に守られている。星護教団に目をつけられたのが運の尽き。私たちにはどうしようもないよ」
フランは脅しかけるようにハンナを見下ろす。
「フランチェスカさん。何もそのような言い方をしなくても良いのではなくて?」
ローズはうつむくハンナの肩に腕を回し擁護する。
「事実を言ったまでだよ。星護教団に手を出せば私たちの身が危険に晒される。そんなリスク犯すべきではないわ」
「弟を・・・ 見捨てろと言うのですか・・・?」
「残念だけど、そういうことになるわね」
突然、乾いた音が響き渡った。
「見損ないましたわ。言って良い事と悪い事があるでしょう」
「変に気を遣って言わないことが優しさだとでも言うの? 取り返しのつかない傷を負うのはこの子なんだよ」
「あなたは普段馬鹿を演じながら、心の奥底には憎しみにも似た強い信念を秘めている。いくらカモフラージュしていてもわたくしの目は誤魔化せません」
「だったら何?」
「けれど、根っこの部分ではとても優しく、愛に満ちている。そんな優しさと強さを兼ね備えた強い女性なのだと思っていました。ですが、それは買い被りだったのですね」
「あんたが私に対してどう思おうが勝手だけどこれは現実。感情的になっても何も解決しないの。この世にはどうしようもない事なんて掃いて捨てるほどあるんだから。正真正銘の温室育ちのお嬢様にはそんなことも分からないようね」
「あなたっ・・・!」
振り上げるローズの腕を掴む。
「ヴィンセント様・・・」
「これ以上は止めてくれ」
ローズの気持ちも尤もだ。
いくら出会ったばかりとはいえ、フランの言い方に棘があったのは事実。
だけど、だからといって安易にローズ側に立つわけにはいかない。
何故なら、この場にいる誰よりもフランがハンナの気持ちを理解しているということを知っているからだ。
フランはきっと自分自身にハンナを重ねたのだろう。
何もできず、突如として幸せな日々を壊され、奪われた過去の自分に。
ハンナの涙を浮かべた瞳に、フランは悔しさを滲ませたままうつむいている。
「フラン、聞いてくれ。ミッドウィルでお前を止めた時、どんな事情があれ復讐なんて良くないことだと薄っぺらい正義感を振りかざして、勝手に判断して。お前の気持ちにちゃんと寄り添うことをしなかった。お前の立場に立って考える事ができなかった。だけど、今ならほんの少しくらいはお前の気持ちを理解できると思うんだ」
「ううん。ヴィンセントは何も悪くない。あの時は私も頭に血が昇っていたから・・・ 止めてくれて感謝しているくらい」
例えば国をどうこうしたいとか、星護教団をどうにかしたいとか、そんな大それた事を考えているわけではない。
そんな事ができると思っているほど自惚れちゃいない。
俺は自分の事だけしか考えない器の小さい男だ。
フランに突き放されたあの時までは。
せめて俺の周りの人間だけでも助けたい。
頼ってくれるのなら力になりたい。
頼るのというのは言うほど簡単ではない。
とても勇気の要ることなんだ。
そんな思いを言葉にしてくれる人を無碍にすることはできない。
今、俺の中に芽生えているこの気持ちはあの時にはなかったものだ。
「なぁフラン。協力してあげないか?」
「ヴィンセント・・・」
「無謀かもしれないけど、黙って見過ごすのは違うと思う。今はローズやハンナもいる。俺だって全くのお荷物ってわけでもない。何だかんだ今ではギルドを作るくらいの間柄だ。少なくとも俺にとってお前は信頼するに十分過ぎる仲間なんだ」
「それに、ハンナに危険を犯して欲しくないから止めたんだろ? もし本当にハンナの身を案じていなかったら止めたりしないはずだ」
「そ、それは・・・」
「もしかしたらシオンも一緒にいるかもしれない。今度こそ助けてあげられるかもしれない」
フランの話を聞いてからずっと、サラマンドと星護教団の関係は引っかかっていた。
あの父上が黙認しているんだ。
二つの関係はどうも不自然に感じる。
仮にハンナに加勢してエレメントを奪い返したら、下手したら星護教団どころかサラマンドを敵に回すかもしれない。
でも、そんなの知ったこっちゃない。
俺を切り捨てたあの国に思い残す事なんてない。
「俺もお前も今更サラマンドに未練があるわけでもないだろ? 失うものなんてないんだ。いっそのこと最後に喧嘩を売って散るってのも悪くないかなって」
「あははっ! 最後だなんて大袈裟だね」
「可能性は低くないだろ」
「そんなに私と心中したいの?」
「俺はそれでも構わないと思ってるぞ」
「そこまで言われたら仕方ないかな」
「決まりだな」
フランはハンナの震える手をそっと包み込んだ。
「ごめんなさいハンナ。もう少し言い方を考えるべきだった」
「いいえ。私のことを思って言ってくれたのは伝わっていますから」
ローズは申し訳なさそうにうつむいていた。
「ごめんなさい。あなたの事情も知らずに軽はずみな事を・・・」
「別にいいよ。過去を話したわけでもないし。むしろ間違っていたのは私のほう」
「シオンというお方・・・フランチェスカさんにとって大切な人もまた、星護教団にいるのですね」
「そうだよ。私はシオンを取り戻したい。何があっても」
ローズはそっと手を差し伸べる。
「あなたがよろしければその喧嘩、わたくしにも手伝わせてください。お二人の骨は拾って差し上げますから」
「ありがとう・・・ って死ぬ前提?! まぁ覚悟はしてるけど」
「ふふ。ならばわたくしも覚悟致します。これからもあなた方と共にあるために」
「本当にいいの? 星護教団やサラマンドを相手にすることになるかも知れないんだよ?」
「お二人と一緒なら、それも本望ですわ」
「ローズ・・・」
フランはローズの手を取る。
「言ったからには頼りにさせてもらうからね」
「もちろんです。初めはヴィンセント様にたかる小虫くらいにしか思っていませんでしたけれど、これでもフランチェスカさんの人の良さは理解しているつもりですわ」
「小虫は余計だっ!」
「ふふ。冗談ですわ」
俺たちは、ギルドとして本当の意味で心を通わせる事ができつつあるかもしれない。
ある意味これはハンナのおかげかもしれないな。
「そ、それと」
「どうしましたの?」
「・・・私のことはフランでいいわよ。特別に許してあげる」
「ヴィンセント様は元々そう呼んでいたではありませんか」
「ヴィンセントはもっと特別なの! あ、あんたは友達として認めてあげるってこと! 察しなさいよ!」
ローズの驚いた表情が一変。
「ありがとうございます。フランさん」
瞳に涙を浮かべたその笑みは、儚くも一輪の薔薇のように美しく咲き誇る。
「さて。シオンとハンナの弟を助けるためにも、まずはクエストを片付けないとな」
「そうですわね」
新たにハンナを加え、俺たちは『
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