番外②〜後手〜

※視点が変わりますのでご注意ください。



とある深い森の中、赤を基調とした煌びやかな軍服に身を包み歩く女性の姿があった。


長い黒髪とその上品な佇まいが、どこか神秘的なオーラを纏わせる。


「・・・無事だといいが」


急ぐように、女性は迷う事なくひたすら真っ直ぐ進む。


「やれやれ。ここは魔物の立ち入っていい場所ではないはずなのだがな」


早足で進んでいたその歩みがピタリと止まった。


女性の言葉とは裏腹に周囲は静寂を保っている。


女性は瞳を閉じ、しばらくの間意識を集中させる。


やがて段々と草木を掻き分けるような音が聞こえ始めた。


草を擦るような音は次第に大きくなっていく。


「既にこれほどの規模の魔物の侵入を許すほど汚染されていたか」


突然、巨大な蛇の魔物が女性の前に姿を現した。


「キシャアアア!!」


女性が目を開くと同時に、魔物は大きな口を開いて声を上げた。


間髪入れずに女性を食わんと襲いかかる。


「穏やかじゃないな」


女性は魔物の攻撃を難なく避け宙を舞う。


華麗な体捌きでゆっくりと着地すると、女性はゆっくりと右手の掌を天に向けかざした。


すると、彼女の掌の上に神々しく光り出し、輝く金色の魔導書グリモワールが顕現した。


どこか儚くも力強い清水のように透き通った輝きは、普通の魔導士の持つそれとは明らかに別物。


彼女がもう片方の手で魔導書を撫でるように触れると、自身の身の丈をゆうに超える長い金色の鎌に姿を変えていった。


それに合わせて彼女の夜のような漆黒の髪も徐々に銀髪へと変化していく。


金色に輝く鎌を担ぐその姿は絶対的強者の余裕を感じさせる。


「わざわざ顕現させたんだ。せめて一分は持ってくれ」


蛇の魔物は大きく口を開き容赦なく女性に襲いかかる。


蒼月そうげつ


小さく呟いたその瞬間、一薙で放たれた青白い衝撃波は魔物の牙が女性を捉えるよりも先に、いとも容易く巨大な体を真っ二つに両断した。


地面もろとも抉り取った斬撃は紙のように木々を斬り進み、遥か彼方でようやくその姿を消した。


「一秒、か。残念だ」


女性は掲げた手の上で鎌を回転させると、鎌は光となり消えていった。


「本来、聖域に魔物が近づく事はない。発するマナの特性上、近づけないと言った方が正しいが」

「それにも関わらずこれほど巨大な魔物が出現したということは・・・」


女性は颯爽と駆け出した。


たどり着いたその場所は色とりどりの木々や花で覆われ、風化した古代の遺跡が至る所に残り、神秘的な雰囲気で満ちていた。


女性はそんな花々に目もくれず、険しい顔で地面を見つめる。


そこには、綺麗に切り取られたように芝の一区画のみが不自然に地面ごと無くなっていた。


「『大聖典』が消えている・・・ 遅かったか」


女性の頰に汗が伝う。


世界各地には『聖域』と呼ばれる場所が至る所に点在する。


一度領域内に踏み入れれば、空気中のマナ濃度の影響で、一時的にマナ感覚が研ぎ澄まされ軽度の病気や怪我程度であれば治してしまう、神の加護とも呼べる恩恵を受けることができる。


『聖域』という地帯を含むこれらの恩恵は、源泉ともいえる大元『大聖域セラフィックフォース』から溢れたマナが長い年月をかけ、大地や海などを伝い流れ定着して生まれたとされる、自然界が作り出した奇跡。


大聖域セラフィックフォース』はアークランドに五つだけ存在する不可侵領域のことであり、世界にとって重要な役割を果たす。


その歴史は英雄ガブリエルを含めた大賢者五人と魔王ゼフィールの世界の存続を賭けた魔大戦にまで遡る。



ーーー二千年前、世界は魔王ゼフィールにより混沌に陥り、人々は逃げるように大陸を追われていった。


いよいよ人類の存続が危ぶまれた時立ち上がったのが、魔導士ガブリエルである。


ガブリエルは四人の仲間を率い魔王ゼフィールを打ち破ることに成功する。


喜びも束の間、突如発生した毒霧が空気を汚染し、徐々に人や動植物たちに悪影響を及ぼし、やがて世界中の生物を汚染し始めた。


ガブリエルは原因がゼフィールの死骸であることに気付きすぐに対策を考えた。


それは、仲間である賢者四人の魔導書を使い、特殊なマナが湧き出る『大聖域セラフィックフォース』の力を借りることで、汚染されたマナを放つゼフィールの四肢を分割封印するというものだった。


ところが封印に必要な魔導書が一つだけ足りない。


魔導書を持たないガブリエルは自らの命と引き換えに四肢の一部を受け持つことを決意する。


こうしてゼフィールの肉体を分割封印した魔導書グリモワールは『大聖域セラフィックフォース』に安置されることになった。


その後、封印を施した『魔導書グリモワール』と『大聖域セラフィックフォース』を守護するため四人の賢者も各地へ散った。


こうしてそれぞれが守護する場所に作り上げた国々が現代まで続いている。


その根底にあるのが魔王ゼフィールを封印した『大聖典』及び『大聖域(セラフィックフォース)』。


世界は一人の英雄の死と引き換えに平和を取り戻すことができたのであるーーー。



『大聖典』はいわば魔王のマナを封印した大賢者たちの魔導書グリモワールそのもの。


そんな世界平和の根幹を成す一柱が消失した。


「・・・まずいな。すぐにノーランド王に報告して対応を考えないと取り返しのつかない事になる」


女性は踵を返し急いでその場を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る