最強の最底辺魔導士〜どうやらGは伝説の方だったらしい〜

SSS

第1話 奪われた主役

真っ赤な絨毯が敷かれた長い回廊を軽快に進む。


大きなステンドグラスから差し込む陽の光が綺麗だ。


今日はとても気分がいい。


「ついにこの日が来たんだ! どれだけ待ったことか!」


俺はヴィンセント・ヴェルブレイズ。サラマンド王国を治める魔導士の一族でヴェルブレイズ家の長男だ。


初代サラマンド国王、ヴィクター・ヴェルブレイズによる建国から二千年間、絶やすことなくサラマンドを導いてきた由緒正しい王族の血統だ。


建国以来、代々魔力の素質が高いヴェルブレイズ家が王位を受け継ぎサラマンドを牽引してきた。


今日は待ちに待った成人の儀を行い大人の仲間入りをする日。


そして一人前の魔導士として独り立ちする記念すべき日だ。


これが喜ばずにいられるかって。


でも、正直言うと不安な気持ちもあり少し複雑だ。


ふと高い天井を見上げる。


「急に立ち止まるなよ」

「悪い悪い。少し考え事をしていただけだ。そんな睨むなって」


このあからさまに不機嫌そうな顔をしているのはヴィゴー。


一つ年下の弟だ。


両親は俺よりもヴィゴーの方を溺愛している。


それには理由がある。


ヴィゴーの横で浮かぶ一冊の本を見つめる。


「お前はいいよな。それ持ってて」


これは魔導書グリモワール


人はこの世に生を受ける時、同時に一冊の魔導書が顕現する。


魔導書は魔導士の証であり、魔導書がなければ魔法を使う事ができない。


この世界において魔導士と魔導書は切ってもきれない関係なのである。


父であり第八十一代国王であるヴァルカン・ヴェルブレイズは血統や魔導士としての階級に非常にうるさい。


階級が全てであると豪語し自分が正しいと信じて疑わない、そんな古い考えの人間だ。


父上は歴代の王の中でもとりわけ実力と階級を重視する。


持っていて当たり前の物を持たない俺は、そんな父上から相当嫌われている。


母ヴァネッサからの扱いも同様だ。


「まったく。これだから無能は。とても成人する人間とは思えない。今日が何の日か無能な兄上でも分かるだろ。もう少し緊張感を持ったらどうだ?」

「無能無能ってお前な。兄に対してその言い方は酷くないか? これでも勉強と剣術はそれなりだ。俺に足りないのは唯一、その魔導書だけさ」


ヴィゴーは吐き捨てるように舌打ちする。


魔導書グリモワールは遅くとも成人する年までに顕現するのが普通だ。


同時に魔導士としての階級もそこで決まる。


サラマンド王国の王子は二十歳の誕生日に『聖人の儀』を取り行うのが古くからのしきたりで、その理由は二つある。


一つは、サラマンドでは成人した年から政にも本格的に加わることで国を導く指導者としての経験を積んでいく必要があるということ。


もう一つは、代々ヴェルブレイズ家の人間の階級判明は、一般的な魔導士と違い心身共に成熟してからとかなり遅い上に、王家に伝わる儀式を介さなければ魔導士として覚醒しないからだ。


言ってしまえば俺は賞味期限ギリギリの崖っぷちなのだ。


成人の儀を逃してしまえば、魔導士として生きていく道が閉ざされてしまう。


この世界で魔法が使えないのは致命的。


それだけは勘弁してほしいところだ。


「そんな羨ましそうに見るなよ。ヴェルブレイズ家の品位に欠けるな」

「別に羨ましくなんかないさ。今日で俺も一端の魔導士の仲間入りするんだからな。それに、もしかしたら大賢者ガブリエルのような伝説の大魔導士の素質があるかもしれないだろ? 二十年間も魔導書が顕現しないなんて滅多にないみたいだしな」


言われっぱなしも悔しいから少し強がってみせる。


「あはは! 大賢者ガブリエルだって?! 魔導書の顕現も無いヤツが身の程をわきまえずによくそんな事が言えるな!」

「そんなにおかしいか? 可能性がないわけじゃないだろ」

「兄上に限って万に一つもあり得ないよ。例え今日の儀式を受けたとしてもね。僕が保証する」

「断言しなくてもいいだろ」


ヴィゴーの勝ち誇った顔に少しイラッとする。


「どうして兄上の誕生日に僕が一緒にいるのか分からないのか?」


言われてみればヴィゴーの儀式は来年のはずだ。


儀式を行うにはまだ早い。


「どうしてだ?」

「やれやれ。無能な兄を持つと大変だな」


そんな心底呆れた顔しなくても。


「僕の潜在能力に父上も母上も心酔していてね。特例として兄上と同じ日に儀式を受ける事を認められたんだよ。一応言っておくが、これは前代未聞だぞ」


見せびらかすようにチラつかせる魔導書グリモワールを目で追う。


「潜在能力ね。血筋で言えば俺だって劣っていないはずだけどな」

「魔導士でもないくせによくそんな根拠のない自信が湧いてくるもんだ。いいか。魔導士ってのは魔導書を持って初めてスタートラインに立てるんだ。兄上のように成人にもなって魔導書を持たないなんてお話にならない。落ちこぼれもいいとこなんだよ」

「だから今日魔導士になるんだって」

「フン。まあいいさ。どうせすぐに自分の無能を曝け出す事になる」


ヴィゴーは俺の言葉を遮り押し退けると、ウズウズした様子で大きな扉を開いた。


王の間は開放的で壁から支柱に至るまで全て白色で統一されている。


神聖な雰囲気につい姿勢を正す。


中央まで歩いていくと、父上とそのすぐ後ろに一人の騎士が控えていた。


少し離れたところに母ヴァネッサと妹のヴィクトリアの姿が目に入った。


「ヴィンセントお兄様〜! 頑張って〜!」


厳かな雰囲気をぶち壊すように大きく手を振ってくる彼女はヴィクトリア。


まだあどけないけど勤勉で素直。


ご覧の通り空気を読まないところが玉に瑕だけど、そんな姿もまた可愛いらしい八つ離れた俺の自慢の妹だ。


そんな無邪気な妹にこちらも笑顔で応える。


ヴィクトリアは可愛いな。誰かさんとは大違いだ。


「おやめなさいな。はしたないですよ」

「それは無理ですわお母様。なんと言っても今日はヴィンセントお兄様が成人なさる記念すべき日。その瞬間に立ち会える幸運に落ち着いてなどいられません」

「ヴィンセントに期待するのは無意味です。今日の主役はヴィゴー。見なさい。あの自信に満ちた表情を」

「そんなことありません! ヴィンセントお兄様は誰よりも優れた魔導士! 私の目に狂いはありませんわ!」

「狂いはないって・・・ あなた、まだ覚醒していないでしょう?」

「それでも分かりますの! それに私、ヴィゴーお兄様のように高圧的な殿方は好みではありませんもの!」


ヴィクトリアの可愛いらしい声はよく通る。


全部丸聞こえだ。


やめてくれ。笑い死ぬ。


「我々の可愛い姫君はあのように仰っていますけど、どのような心境でしょうかヴィゴー様?」

「フン。僕としても出来の悪い妹は好みではない。こちらとしてもちょうどいい」


ヴィゴーは怒りを堪えるのに必死のようだ。


ちょっと気分が良い。


ナイスだヴィクトリア。


「ごほん!!」


ヴァルカンは大きく咳払いする。


「堂々とした振る舞い。すでにこの国を背負っていくに相応しい品格が備わっておるようだな。ヴィゴーよ」

「ヴェルブレイズ家に生まれた者として当然です。父上」

「はっはっはっ! 本当に頼もしく育ったものだ。日々の鍛錬のおかげかもしれぬな」


ヴァルカンは後ろに控える騎士に目をやる。


「全てはヴィゴー様の溢れる才の賜物。私はほんの少しお力添えをしたに過ぎません」


彼はユリウス・イェリニク。


父上の抱える専属の近衛騎士で、整った顔立ちに眩い金色の髪ができるオーラを醸し出している。


見た目通り魔導士としての才能だけでなく剣技や体術、戦略などの頭脳に至るまで全てが一流という超人。


おまけに嫌味のない低姿勢ぶりだ。


ミステリアスな雰囲気も相まって城の女性陣からも圧倒的な支持を得ている。


おそらく俺の知る中でサラマンド王国内で最も優れた実力者だろう。


神様。才能の分配量を間違えていますよ。


「相変わらず謙虚よな。だがそこがお主の良い所だ」

「あのー。前置きはいいから早く始めませんか? 俺の魔導書グリモワールがどんな姿形か知りたいんで」

「ふん。二十年間魔導書の顕現を見せなかったお前に魔導士の素質があるとは思えんがな。それに、そもそもお前の代わりにこうしてヴィゴーを呼んだのだ。こやつはヴェルブレイズ家始まって以来の素質を感じさせる期待の星。先ずはヴィゴーからだ」


今日は俺の誕生日なんだ。


少しくらい労いの言葉をくれてもバチは当たらないと思うんだけど。


「これより『聖人の儀』を執り行う」


ヴァルカンはヴィゴーの前に手をかざした。


すると、ヴィゴーの前で浮いていた魔導書グリモワールが強い輝きを放ち王の間を包み込んだ。


ヴィゴーを中心に一気に風が巻き起こる。


あまりの眩さに目を瞑る。


「おおお!! 素晴らしい!!」


突然、狂気にも似たヴァルカンの叫び声が王の間に響き渡った。


ゆっくり目を開くと、ヴィゴーの身体は光に包まれ、浮遊する魔導書(グリモワール)が真っ白に輝いていた。


「この純白の輝きはSランクの証! マスターウィザードだ! さすがは我が息子、よくやった!!」


すごいな。


これは紛れもない本心。


それくらい。当人の人格などすっかり忘れてしまうくらい衝撃的なことが目の前で起こっている。


しかし、同時にその力強さに妙な冷たさを覚えたのも確かだった。


階級は大きく分けて四つある。


下級エレメント(Dランク)、初級スペルキャスター(Cランク)、中級ソーサラー(Bランク)、上級ウィザード(A〜SS)。


上級のウィザードのみ、更に三つの階級に分類され、下からハイウィザード、マスターウィザード、アークウィザードと呼び名が変わる。


そして階級はその者が持つ魔導書の色ではっきりと判別することができる。


純白に輝く魔導書を持つヴィゴーはSランクのマスターウィザード。


上級ってだけでも貴重なのに、Sランクとなるとサラマンドでも数える程度だ。


それだけじゃない。


ヴィゴーはまだ成人すらしていない19歳の少年なのだ。


まさに本物のエリート。


「これでようやく父上、そしてサラマンドに貢献できると思うと身が引き締まる思いです。これからは国のために尽力致します」


ヴィゴーは流れるような所作で跪いた。


「次はヴィンセントか」


明らかにやる気のない反応。


まあいいさ。すぐにその態度を後悔することになる。


期待を込めて目を閉じる。


俺の魔導書グリモワールは何色だろう。


ヴィゴーのように純白か? いや、最高位アークウィザードの虹色だったりしてな。 


とにかくこれで俺も魔導書を持てる。


これでやっと一人前の魔導士になれるんだ。


静まり返った空気に緊張感を覚える。


・・・ん?


何だか左の頬が温かい。


ペンでなぞられているような、こそばゆい感覚。


気のせいか温度も上がっているような・・・


「あっつ?!!」


頬の熱さに堪らずヴァルカンから飛び退いた。


「お前・・・ その刻印は・・・」


父上の息子に向けるものとは思えない恐怖に満ちた目。


「刻印? 一体何の話・・・」


燃えるように熱くなった左頬をゆっくりと触る。


ザラザラする。


まるでかさぶたみたいな・・・


もう一度ゆっくりと左頬をなぞる。


「G・・・?」


文字のような感触。


確かに『G』だ。


何だそりゃ。Gランクってこと・・・なのか?


そんなランク聞いたこともない。下級のエレメントですらDランクだぞ。


いくら魔法の才能がないからってさすがにそれは悪ふざけが過ぎる。


何かの間違いに決まってる。


仮にエレメントだとしたら人権なんてない奴隷みたいなものじゃないか。


俺は由緒正しいヴェルブレイズ家の人間だ。


「ヴェルブレイズ家の人間がよりにもよってGランクだと?! バカにしおって!! あり得ぬ!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! もう一回やり直してくれ! これは何かの間違いだ!」


ヴァルカンは俺の手を強引に振り払う。


「どこまでも一族をコケにしおって! 最早お前はヴェルブレイズ家の人間ではない! 追放だ!! 即刻この国から出ていくがよい!!」

「ま、待ってくれ! そんな一方的な!」


目の前にヴィゴーが立ち塞がった。


「お、おいヴィゴー。お前からも何か言って・・・」

「見苦しいぞ兄上。さすがの僕も優秀なヴェルブレイズ家からエレメントが出るとは思いもしなかった。無能もここまで来ると驚嘆に値する。さすがは兄上。常に想像の上をいくな」


ヴィゴーはおもむろに手を掲げる。


「王家に汚点があってはならないからな。いっそのこと、ここで始末してやろうか」


ユリウスはヴィゴーの肩にそっと手を置いた。


「王は、命を取れとは命じていないよ」

「しかしユリウス様」


ユリウスは捨て犬を見るような目で俺を見下ろした。


やめろ。


哀れむような目で見るな。


「一日猶予を与えよう」

「ちっ。出来損ないの顔を見ているとイライラする。さっさと僕の前から消えてくれ」


ヴィゴーとユリウスは身を翻すと、悪態をつき出ていくヴァルカンの後を追った。


「そ、そんな?! ヴィンセントお兄様!!」

「なりません! ヴィクトリア! ヴィンセントは一族の名を汚した大罪人! 関わることは許しません!」

「離してください! 私はヴィンセントお兄様が誰よりも優れている事を知っています! これは何かの間違いです!」


妹が泣き叫び、引きずるように連れて行かれるのを呆けたまま見つめる。


サラマンドを追放? 


俺が・・・? 


「・・・どうして」


何が起きたのか理解できないまま、しばらくその場を動く事ができなかった。

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