第20話 勇者パーティーと勇者じゃない人

 イリスの長風呂を待っている間の重苦しい空気は耐え難いものだった。

 ゴーシュは先に酒を飲み始めるし、レイヴは夜風にあたりながら空を見上げているし。

 部屋から聞こえる音は僕がおつまみを食べる、ポリポリというものだけだった。


 満足顔で髪を乾かしながら部屋に戻ってきたイリスが怪訝な顔をして小首を傾げたのは言うまでもない。


「全員揃ったな。イリスも座ってくれ。ユーキがルームサービスを注文してくれたんだ。飲みながら話そう」


 僕もイリスも好みの酒を手に取って、一口飲んだ。


「すまない。俺は勇者じゃないんだ」


 その一言は衝撃的だった。

 僕はポーカーフェイスを崩さないようにしているけど、イリスはしっかりと動揺していた。


「このパーティーに入るべき勇者は別にいる。事情があって俺が代わりに参加しているだけで、俺は勇者の証を剥奪されているんだ。今まで黙っていて、すまなかった」


「えっと、まぁ、いいんじゃねぇの。オレ様はお前のこと嫌いじゃねぇし」


 なんだそれ。ただのお人好しじゃないか。


 ゴーシュがレイヴの肩を持つのは分かりきっていたことだ。

 きっとイリスもゴーシュと同じように「そんなことは気にしません」と言ってくれるものだと思っていたのに、現実はそう甘くなかった。


「なぜ騙したのですか? わたくしは勇者様とパーティーを組んだのです。偽物で、しかも勇者ですらない不審者と一緒に旅をしていたなんて。おぞましい」


 な、なんて辛辣なんだ。

 僕だったらこれだけでノックアウトだ。

 不貞寝なんてレベルじゃない。今すぐにでも自宅に帰って、二度と合流できない。


「勇者でもないくせに、ファーリー王女との結婚を認めてもらおうとしているなんて不敬です」


「イ、イリス。ちょっと落ち着いて、レイヴの話を聞こうよ。それから、お酒のペースがちょっと速いかなーって」


 イリスの酒を煽る手が止まらない。

 ほんのり朱色がかった頬は今では真っ赤になっている。


「ファーリー王女との結婚を認めてもらうためにはこうするしかなかった。そのために勇者協会に頭を下げて今回の任務に参加させてもらったんだ」


 あー、なるほどね。恋は盲目ってやつか。

 人の色恋なんて興味ないからどうでもいいけど、そんな理由でリタの首は差し出せないな。


「勇者の証の剥奪って何をやったのさ」


 いずれは誰かが聞かないといけないことだ。

 僕の時はゴーシュが損な役回りをしてくれたから、今回は僕が引き受けよう。


「無傷のファーリーと致命傷を負った3人の国民を天秤にかけて王女を助けた。その結果、命を落とした3人の遺族が勇者協会の本部に乗り込んできたんだ」


「それだけ? だって、助けても助からなかったんじゃ」


 僕たちの知らない所でそんな事件が起こっていたなんて。と思ったけど、ドラゴンが人を攫ったという噂は聞いたことがあった。

 その人というのが、ファーリー王女とその他の3人だったという話だ。


 まさか、あの事件にレイヴが関わっていたとは。


「在り方の問題でしょうね。勇者は片一方を見捨てるような真似はしない。勇者協会の面子を潰す行為です」


「俺だって命は平等だと思っている。ファーリーを助けたのは、王女だからという理由じゃなくて、他の3人は絶命寸前だったからだ。でも、俺の弁明は聞き入られなかった」


 そんなことで剥奪されるくらいなら、勇者の証なんてクソ喰らえだ。

 僕なら速攻で転職するけど。


「そんな仕事、辞めちまえよ。守護者ガーディアンの転職先を斡旋してやるぞ」


「王女の婚約者は勇者以上が最低条件だ。だから、俺はまだ勇者という肩書きに縋り付くしかない」


 次期国王の座がかかった第一王女の伴侶ならともかく、第二王女にそこまでご執心なんて重症だ。


 国王陛下だって、アメルダ第一王女をより大切にしているというのは誰しもが知っている。

 どのくらい大切にしているかと言うと、僕たちの壮行パレードに参加させないくらいに、だ。


「全てを話すのにはそれなりの勇気が必要だったでしょう。心中、お察しいたします。ですが! わたくしには勇者様が必要なのです。レイヴさんが勇者ではないのなら、わたくしはこの仕事を降ります!」


 ばんっと空のグラスを置いたイリスの行動に心臓が飛び出すかと思った。

 まぁまぁと宥めていると、酔ったイリスは大きな瞳に涙を浮かべながら机を叩き始めた。


「お人好しな3人と一緒だから達成できると思ったのに! 何も知らないくせに!」


 いつも一歩下がってニコニコしてくれている日だまりのようなイリスが乱れている様子は信じがたい光景だった。

 きっと、彼女にも人には言えない事情があるのだろう。

 そうでなければ、黒魔導師になるメリットがない。


「その必要はない。俺が抜けるよ。本物の勇者に合流してもらうから、少しだけ待って欲しい」


「おいおい! 勝手に話を進めんな! オレ様たちの意見も聞けよ。オレ様はお前と行きたいんだよ。披露宴でのスピーチはもう考えたんだから、無駄にするようなこと言うなよ」


「でも、イリスが……」


 捨てられた子犬のような瞳を向けたレイヴを一喝したイリスは、胸元がはだけることも気にせずにレイヴの浴衣を掴んだ。


「男なら、魔王を倒して勇者として返り咲く! くらいデカいことを言ってみなさいよ! そんな紋章一つで人生が変わるなら苦労しないのよ!」


 あぁ……僕の知っているイリスは何処いずこへ。

 それとも、こっちが彼女の本性なのだろうか。


「ユーキさんは!?」


 据わった目と呂律の回っていない口調で言われれば、肯定的に答えるしかない。


「新しい人が入ってきて連携訓練をやり直したくないから、レイヴのままでいいよ。勇者の一撃なんて無くても魔人には勝てたわけだし」


「みんな……」


 あーあ。

 いい年して学生みたいな青春ごっこをしちゃったなぁ。


 しかも、また引き下がれなくなっちゃったし。

 なんかどうでもよくなってきた。


「肩書きなんかなくても、結果を出せばいいのです!」


「その通りだぜ! オレ様はお前について行くぞ!」


 一気にグラスの酒を飲み干したイリスとゴーシュが歓声を上げ、レイヴと僕のグラスに酒をなみなみ注いできた。


「よっしゃ! 乾杯だぜ!!」


「乾杯ですわー!」


 ぶっ壊れた2人に苦笑いを返すレイヴのグラスに自分のグラスを近づける。

 触れ合ったグラスは小気味よい音を立てた。


「ありがとう、ユーキ。嫌な役をさせてしまってすまない」


「ほんとだよ。次からは勘弁願いたいね」


 その日、僕はいつ寝たのか知らない。

 気づくと日が高く、ベッド争奪じゃんけんの勝者たちも僕と一緒に床で雑魚寝していた。


 3人とも幸せそうに眠っていたから、そっとしておいて、僕も二度寝をする体勢に入った。

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