第18話 姉達を奪った男 ※暴力表現があります※

 翌日、僕は実家に向かった。ある物を取りに行くためだ。


 自宅前でタクシーを降りた僕は、しばらく門を開けられず、その場に佇んでいた。この家に入るのは、実は帰国して二度目だ。隣家に管理を依頼する手前、どうしても入らなければならなかったからだ。前回から大分時間が経っている。

 激しく気が重い……。

 だが、姉さんと夕樹乃さんのためだ。

 実家の玄関を開けると、思ったより埃っぽい匂いはしなかった。おそらくマメに叔父夫婦が換気をしてくれているのだろう。

 一階のリビング。

 ここがあの惨劇の舞台だ。

 とはいえ、血塗れの床はすっかり清掃されており、どこから見ても普通の家。禍々しさは思いのほか感じられない。もしかしたらリフォームすれば、住んでもいいかも?

 階段を上り、自分の部屋に入ると、留学直前まで読んでいた留学先のガイドブックなどが本棚に整然と並んでいる。姉が片付けてくれたのか、出発前よりは若干片付いているようだ。帰国後に入るのは初めて。

 机の引き出しに置き去りにした姉の写真をカバンにしまい込む。現在自宅にあるのは渡米する際に持っていったものだ。その他に持ち出したいものはない。

 姉の部屋は調度品以外、ほとんどからっぽだった。結婚の際に運び出されたのだろう。ぽつんと机に残されていたのは、埃をかぶった一枚のフォトフレーム。僕と姉、二人で写った写真だ。きっと持ってはいけなかったのだろう……。これもカバンに入れて持ち帰り、他の写真と一緒に飾ろう。

 最後に父の書斎。

 前から存在しているのは知っていたが、事件後も荒らされることなく、目的の物は同じ場所に存在していた。――机の引き出しの中。重いものが入ったアルミケースが一つ。蓋を開けると、望みのものが入っていた。

「あった……」

 僕はケースを持って、書斎を後にした。

 一階に降りると、僕は電話で有人を呼びだした。今日の用事に付き合わせるためだ。

 呼び鈴も押さずにドアを開け、有人が入ってきた。

「よう」

「付き合って欲しい場所があるんだが」

 剣呑な目つきで見る僕を、不敵な笑みで見返す有人。

「穏やかじゃないな」

「島本のところにカチコミに行く」

「いよいよ裕実姉さんをか?」

「姉さんがあの調子だから、預けておくしかないんだろうが、最低でも夕樹乃さんの件はケジメをつけてもらう」

「……で俺は何を」

「黒スーツとグラサンくらいは持ってるだろ?」

「ヤクザ役か俺は」

「ボディーガードだと思ってたんだけど」

「ふむ」

 僕は父の部屋から持ち出したアルミケースを奴の前で開けて見せた。

「使えるのか玲央? さすがに撃たせるわけにはいかんが」

「奴の態度次第だな。アメリカにいたころ、さんざん訓練したから使い方は熟知している。非力な僕でも使える便利な力だ」

「やっぱお前根に持ってるだろ」

「何の事だ?」

 やれやれ、と奴が頭を振っている。

 まあ、持ってないと言えば嘘になるが。


 僕の名前で島本にアポイントを取ると、奴は喜んで僕との面会をセッティングした。他の部門の人間に聞かれたくない大事な話だと言ったら、自分の役員室を会合の場に提供すると提案してきた。時間もこちらの要望どおりだ。面白いほど思ったとおりに動いてくれるので笑いが止まらない。

 夜、遅めの時間に奴のいる出版社に出向く。通用口では話が通っていて、僕と有人は通行証を貰ってビルに入った。外から見たこのビルは、灯りの点いている階層もそこそこあった。数多くの編集スタッフが残業しているのだろう。

 役員室のある高層階への直通エレベーターに乗ると、高速のせいで耳なりがする。しかし、今の僕には、そんな些細なことは気にならなかった。――もうすぐ奴に会うのだから。 

 目的階に到着すると、そのフロアは人気もなく、省エネのため廊下の灯りもやや落とされている。人が少ない方が我々に好都合だ。

 奴の役員室のドアをノックすると、待ちかねたようにすぐドアが開いた。にこやかに僕を迎える島本。僕ははらわたが煮えくり返るのを全力で抑え込み、メディアに出るときの顔で挨拶した。

「こんばんは、突然すみません。お時間作って頂けて恐縮です。あ、こちらは僕のボディーガードです。最近ストーカーに悩まされていまして。どうぞお気になさらず」

 すらすらと出まかせの設定が流れるように口から出てくる。僕もプロの法螺吹きが板についてきた、といったところか。

「お待ちしてました! 山崎先生。折り入ってのお話しとのことですが、まあどうぞこちらにお掛けになってください」

 ルンルン気分の島本がソファを僕らに勧める。

 僕は役員室の鍵をかけ、奴に近づいた。

「先生……よほどご内密なお話しですか?」施錠した僕を訝し気に見る島本。

「ああ、そうだな」

「あの……」

 態度が急変した僕に、島本が戸惑っている。

「神崎裕実。――知っているな」

 僕は奴の目を、憎悪に満ちた目で射抜いた。

「妻の名前、ですね。旧姓の。……それが、何か」

 困惑、不安、そして僅かな恐怖の入り混じった顔で僕を見ている。じり、と壁際に後ずさった。

 僕は、奴の首を掴み壁に強く押しつけた。島本は喉を押さえつけられ咽せている。

「俺の女、だった。貴様に奪われるまでは」奴の目が大きく見開かれた。

「そ……そんな、……せ、先生が……」

 壁に押しつけられながら島本の体が震え出す。奴の顔は恐怖に引きつっていた。復讐される覚えがあるからだ。僕は奴の目を睨みながら囁いた。

「俺の本名は『神埼怜央』だ。親父の周りを嗅ぎ回っていた貴様なら聞き覚えがあるだろう」

「神埼代議士の長男……まさか、でも」僕は驚く奴の顔を見ながら、口の端を吊り上げた。

「俺もまさかと思ったよ。姉を寝取った男がこの会社の役員だったとはね」

「先生……貴方、が……」

「あんたのおかげで、一家全員地獄に堕とされたよ……」

 僕は腰から銃を抜き、奴の額に突き付けた。

「ひ、ひいいいッ」

 咽ながらも、奴は弱弱しく首を振っている。

「俺は、作家になってからもあんたらの会社にさんざん食い物にされ、名前も利用するだけ利用された」

「あ、ああ、貴方が裕実の恋人だとは知らなかった。知らなかったんだ。彼女は恋人の名は一切明かさなかったんだよ。ひ、引き裂いたことは謝る。だが彼女を護るためだったんだ!」

「どういうことだ?」

 僕と有人は顔を見合わせた。

 父の死後、関係する黒い連中に姉が狙われている危険性について、当人から薄々聞いてはいたが、それに関連することなのだろうか……。

 僕は奴の首から手を離した。ぐしゃっと床に崩れ落ちる。奴は首をさすって言う。

「その真実を、げほ……残酷な真実を……聞く覚悟が、先生にはありますか」

「……残酷な真実?」

「裕実の恋人である貴方には、俺を殺す権利がある。だが真実を聞いてからにしてくれ。自分一人で墓まで持っていくには重すぎる」

「ああ、聞こう。この際だ。全部吐いてもらおうか。妙な動きをしたら、即座にこの男がお前を始末する」

 僕は顎をしゃくって有人を島本のそばに動かした。

「長くなる。座って下さい」

 僕は奴に銃を向けながら、ソファに腰かけた。

「あなたたち姉弟はずいぶんと不憫だった。同情しますよ」

「やめろ有人。続けて」

 今にも噛みつきそうな有人を手で制した。怒り心頭なのは僕も同じだ。

「俺は神崎代議士の奥さんの死後、事務所で手伝いをしていた裕実に一目惚れした。何度も彼女に交際を求めたが断られた。父である代議士にも頼み込んだが冷たくあしらわれた。マスコミ風情に娘はやれぬという意味に捉えていたが、今にして思えば、貴方がいたからだったんだ」

 初耳だった。この男が普通に交際を申し込んでいたなんて。また有人と僕は顔を見合わせた。有人はうん、とうなづいた。島本はウソを言ってはいないと。

「裕実に想い人がいたことは予想はついていたが、彼女は口を割らなかった。きっと貴方に類が及ぶのを恐れたんだろう。何年も頑なに俺を拒んでいたのは貴方のためだったとは……二人には本当に済まないことをした……」

「姉を長年、丁重に扱ってくれていたことには礼を言う。入院した時も俺の本をずいぶん熱心に姉に勧めていたそうじゃないか。姉さんはすぐに俺の本だと気づいたよ。ふふ、笑わせてくれる」

 島本は、くっと喉を鳴らして僕に深く頭を下げた。そして奴は書類棚の奥の方から、大き目の手提げ金庫を引っ張り出して机の上に置いた。

「だが、あの時裕実を護れたのは俺だけだったと今でも確信している――」

 彼は金庫を解錠し蓋を開けた。

「俺は貴方の母上が生きていた頃から、神崎代議士を追っていた政治記者だった。この山を当時の編集長に握りつぶされたが諦めきれずこうして保管していた」

 島本は、金庫の中から書類や写真やカセット、メモリースティック、フィルム等々色んなものを取り出し、机の上に広げた。

「数年後、俺は編集長になった。まだ裕実を諦められなかった俺は改めて彼女の周辺をしばらくウォッチしていたが、男の気配は感じられなかった。それもそのはず、男は家の中にいたんだもんな」ちらと島本が僕を見やる。

「俺は彼女との交際をしぶとく申し込んだが何度も追い返された。よほど俺が気に入らなかったのだと。だがそれは表向きのことだったんだ」

 表向き……?

「何度か追い返された後、例のネタをチラつかせていたら、何故か秘書の須藤氏から俺のところに緊急の電話が入ったんだ。裕実お嬢様を助けてほしい、と」

「姉さんに一体何が」

 そもそも須藤は何を知っていて何を僕に隠していたのか。

 僕の逃亡を手引きし、事件の隠蔽を行い、僕を何年も雲隠れさせてきたのは何故? 誰から護っていた? 須藤そのものへの疑念が募った。

「この話の前に、一体何が彼女の身に起こったのかを説明させてほしい。時間は数年遡る」

 金庫から出した大量の写真の中から、何枚かを選んで僕の前に並べた。父を含め、どこかの施設に人が入っていく所や、全裸パーティの様子が写っていた。

「代議士の裏の付き合いには相当えげつない連中がいて、こういった乱交パーティがよく開催されていた。つまりこの主催者とその関係者が代議士の支援者だったという話だ。その参加者は各界の有名人も多く、女の方は有名女優や有名アイドルも多い。表には絶対に出せないネタと言えるだろう」

 この男が何を言いたいか、だんだん分かってきた。

 イヤな予感しかない……。

「代議士はこのパーティに、支援の見返りとして、自分の美人妻を提供していた」

「うそだろ……」驚きを隠せなかったのは有人の方だった。

 僕は、あの男ならそのくらいやっても不思議ではないと思えた。

「だから言っただろ、有人。あの男は死んで当然だったのだと」

「ああ」

「幾度送り込まれたのか、何人に回されたかは知らない。だが、自殺の原因と見て間違いないだろう……」

 島本にとって義母にあたる女性の死因を、他人事のように語ることは憚られたのか、声のトーンを落としていた。

 僕は寝室で首を吊った母の、醜く変色した顔が忘れられない。だがその先の、葬式などはぼんやりとしか覚えていない。姉が言うとおり、僕はあの頃、錯乱していたからだろう。いつも父から庇ってくれていたのは母だったから。

「念のため乱交パーティの件は、裕実には知らせていない」

「助かる」

「妻を失ってやっと目が覚めた神崎代議士は、裕実が次のターゲットになることを恐れ、出来るだけ人目につく場所に出さないようにしていたのだが、選挙スタッフがついうっかり街宣のビラ配りに連れだしてしまった。そこで彼女は質の悪い支援者共に見つかってしまったんだ」

「うっ……」有人が顔をしかめた。

「娘献上の命を数回のらくらやり過ごしていた代議士だったが、とうとう避けられなくなった時、秘書の須藤氏が俺に裕実を連れて逃げて欲しいとSOSを投げて寄越したんだ」

 この話だけ聞けば信用しなかったかもしれないが、母の件や証拠類、そして姉当人の口から出た話を総合するに、なまじっかウソとは言えないと思った。最終的には須藤に口を割らせるのが確実なのだろう。

 少し疲れたのか島本が息をついている。だが銃を向け続けるのも疲れる。

「話を続けろ」

 島本は頷いた。

「裕実を逃がしたことが連中に知れれば、代議士はタダでは済まない。代議士と秘書と俺は、この事実を秘匿することにした。ただ急にいなくなった彼女のことを隠せなくなった須藤氏は、表向き、代議士がスキャンダル隠匿の代償にやむを得ず娘を差し出した、という別のストーリーを作って連中を攪乱した。これなら連中も文句が言えない。カタギでマスコミの記者に、連中は手が出せなかったというわけさ。あんたらが知った情報は、その攪乱用だったというわけだ」

「なんてことだ……」

「俺がお前を」と言いかけた有人を制した。余計な情報をこの男に与えたくはない。

「いいんだ、有人」

「もっとも、代議士はまもなく報復で消されたようだがな」

 そうか。

 須藤はそういう筋書きで、僕の罪をもみ消したのか。確かに警察もそのストーリーの方が納得いくだろう。よもや痴情のもつれだなんて想像するのも難しい。しかも娘と息子のだなんて。

 島本の横で有人もげんなりしている。気持ちは察するに余りある。

「島本さん、あんたの言うとおりだ。当時大学生だった俺に、姉さんを護り通す力はなかった。俺ですら、須藤さんにしばらく身を隠せと指示を受けたくらいだからな」

 心底気の毒そうに僕を見て、嘆息する島本。

「姉さんに自信満々に山崎玲央をレコメンドしたあんたなら分かってると思うが、海外留学中に受賞した俺が一度だけ、授賞式にしか現れなかったのは身を隠す必要があったからだ」

「なるほど」

「卒業して帰国したあと、代議士二世の神崎玲央の名を捨てて、作家山崎玲央として生きて来た。その頃からだ。メディアに出るようになったのは。連中もあんたも高校までの陰鬱な俺しか知らなかったろうから、華やかに作家として露出しまくってた俺が同一人物だとは分からなかった。我ながらよく擬態したものだと思うよ。ベストセラー作家にね」

 島本は頭を抱えて唸っている。泣きたいのはこっちの方だ。

「だいたい事情は分かった。じゃあここからは俺の話を聞いて欲しいんだが……疲れたから、コーヒーでも淹れてもらおうか。ヘンな真似はしないことだ。体のどこかに穴が開くぞ」

「コーヒーミルの作者に出せるようなものは用意してないが」

 疲弊しきった顔で薄ら笑いを浮かべる島本が、部屋の隅で三人分のコーヒーを準備しはじめた。

 島本が全員分のコーヒーを淹れると、有人が全てのカップの毒見を島本にさせていた。用心に越したことはない。

 僕は暖かいコーヒーを口に含むと、少し気分が落ち着いてくるのを感じた。僕の体は、コーヒーなら何でもいいのだろう。

「あんなものを書いてはいるが、取り立ててこだわりがあるわけじゃあないんだ。あの本はね、ラブレターなんだよ」

「山崎先生の本は全部ラブレターじゃないですか」

「姉さんが言ってたかい?」

「ええ、まあ……」

「そうなのか?」と有人。

「お前読んでないだろ黙ってろ」

「はいはい」

「エーゲの薔薇は姉さんに宛てたもの。そして、コーヒーミルは、岬夕樹乃さんに宛てたものなんだよ」

 島本が、ひっと短く息を吸い込んだ。

 僕は改めて銃口を島本に向けると、昨日の電話の録音を再生した。


『裕実さんだっけかぁ。あんたの奥さん。ずいぶんと上玉じゃないか? 夕樹乃はもう俺の女だ。奴隷扱いも許さない。手を出せば殺す』


 僕はニヤリと笑った。島本がガクガクと震え出した。

「貴様は俺から二人も、恋人を寝取ったわけだが……。何か言いたいことはあるか?」

「い、いい、いつから」

「俺らはさ、四年前からとっくに、両想いだったんだよね。それを、俺が告白する直前に、お前が彼女を奴隷に、姉さんの身代わりにした」

「ゆ、夕樹乃は、どうして俺にそれを黙っていた」

「お母さんを人質に取られていたからに決まってるじゃないか。支援を打ち切られたらと思ったら、言えなかったそうだ」

「くッ……」

「お前が邪魔さえしなければ、彼女は俺と結婚して、お母さんはもっといい病院に入院して、とっくに病気は治っている」

 淡々と語る僕を、化物でも見るような目で奴が見る。

 そうだろう。お前は喰らい殺される側だからな。

「この時結婚していれば、俺の可愛い従妹は、俺に憧れ、結婚を夢見て俺を追い、そして俺に抱かれることもなかった」

 僕はソファから立ち上がり、奴の額に銃口を突きつけた。

「お前のおかげで、俺は三人の女性を不幸にしてしまったんだが……どう、落とし前を付けてくれるのか。そのプランでも訊こうじゃないか」

 目を剥いて、ぶるぶると震える島本。

 殺される覚悟なんて、はなからありはしなかったのだ。

「口を開けろ」

 恐る恐る、口を開ける島本。僕はその中に銃口を突っ込むと、奴は、ふぐうう、と悲鳴を上げ、涙を流した。

「覚悟もないくせに…………バン!」と言うのと同時に、僕は奴の喉奥に銃口を突っ込んだ。恐慌した奴が悲鳴と嗚咽を上げながら倒れ、床の上でのたうち回った。

「好きにしていいよ、有人。でも顔だけはやめてやれ」

「殺す価値もないな。全く」

 そう言いつつ、有人は奴を十回くらい蹴り飛ばしていた。

「姉さんを護ってくれた礼に、一度だけ見逃してやる。次何かあったら、確実に殺す」

「す、すみません……でした」

「夕樹乃さんにつまらないことをしたら、殺す」

「はいッ」

「私、島本孝信は、岬夕樹乃さんと不倫をしていました。二度と岬夕樹乃さんには関わりません、復唱しろ」僕は奴の言質を取るため録音を開始した。

「私、島本孝信は、岬、夕樹乃、さんと、不倫を、していました。二度と……岬夕樹乃さん、には、関わり、ません!」

「有人、証拠品をかき集めて持ってこい」

「おう」

「ああ、それは!」

「ん?」

「いえ……どうぞ」

「お前が余計なことをしなくたって、俺はこの会社で最初から今に至るまで、ずっと本を出していた。愛する夕樹乃さんのために。大人しく俺に書かせた方があんたの業績にもなるだろ。せいぜい姉さんを大事にしろ。泣かせたらこの男がお前を殺しに行くぞ」

「フン」有人が思いっきり島本を侮蔑する。

「では、コンゴトモヨロシク。島本取締役殿」

 捨て台詞を残して、僕と有人は島本の部屋を後にした。


     ◇


 僕らは、僕の実家に戻って、色んな意味でヤバイブツを隠した。

「さてと……有人よ。君に質問だ」

「あ?」すこぶる機嫌が悪い。

「姉さんのこと、護れるか?」

 奴はニヤリと笑った。

「当然だ」

「ならさっきの録音、姉さんに聞かせるといい」

 僕は音声データを有人の携帯に送信した。

「なるほど。それで名前とか不倫なんて単語を入れたのか」

「金が必要ならいくらでも出す。後は任せたぞ」

「うむ」

「僕は夕樹乃さんのことと、急に決まってしまったサイン会ツアーですこぶる忙しい」

「送るか?」

「頼むよ。ここだとタクシー拾いにくいから」

 僕は実家の灯りを消して、外に出て、門をしっかり閉じた。


 僕は夕樹乃さんのマンションまで有人の車で送ってもらった。

 これでもうちょっと安心してもらえるだろう、きっと。

「やあ、朝ぶり」

「ずいぶん遅くに、どうしたの?」

 寝る準備をしていたのか、夕樹乃さんはパジャマ姿だった。これはこれで可愛らしい。

「今日の戦果を報告したくて」

 僕はとりたてホヤホヤの、島本の音声を聞かせてやった。

「ホントにあの人の所に行ったのね」感慨深そうに言う夕樹乃さん。

「ひとまずは安心して。次はお母さんの方だね」

「ええ」

「じゃあ帰るよ。睡眠不足はお肌の大敵だからね」

「……はい」

「おやすみ、夕樹乃さん」

「おやすみなさい」

 何か言いたそうにしていたけれど、長居をすると彼女を寝不足にしてしまいそうだから、早々に帰ることにした。彼女とはもう、いつでも会えるから。

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