第五章 一夕の夢

一夕の夢(1)

 耳をろうする大音響に、その場にいた全員が思わず戦闘の手を止める。呆然とするルナ達とは対照的に、レヴ達は苦渋に目を細めていた。

 神聖で、それでいて悍ましい。宗教音楽アレルヤにも似た不吉な絶叫。あの声は、間違いなく。


「っ……〈スタストール〉…………!」


 士官学校で録音された音声を何度も聞かされ、その声は連邦軍兵士ならば誰もが知っている。〈スタストール〉の、襲来を知らせる福音ふくいんこえだ。

 聞き慣れていない人間ならば、大抵はその一声で正気を失う。圧倒的な狂気と、本能的な恐怖を呼び起こす死使徒の声色。

 ぎり、と奥歯を噛み締め、真紅の瞳をこえのした方へと向けて睨む。遂に、恐れていた事態が起こってしまった。

 呆然と立ち尽くす、けれども練度の賜物か正気を完全に失っている訳ではないルナとその部隊員達を、レヴは見る。……彼らならば、話が通じるかもしれない。


 〈スタストール〉は発見した人間を決して逃さない。ここで奴らを叩かねば、レヴ達は基地へと帰ることは許されない。そして。それは帝国軍の兵士とて同じなはずだ。今、自分達が戦うべき敵は彼らではない。

 通信機を起動して、回線の波数を連邦と帝国の共同波数に切り替える。十年前までは使われていた、対〈スタストール〉戦争の頃に使用されていた回線だ。

 何とか繋がってくれと胸中で祈りつつも、レヴは努めて冷静をつくって告げる。


「こちら連邦軍所属、第三独立魔術特科戦隊戦隊長、レヴァルト・ヴァイゼ。……あんたらは帝国軍所属の部隊で間違いないな?」


 意図を察したらしいアルト達がことの動向を静観するのに感謝しつつも、レヴは相手の返答を待つ。

 暫しの沈黙ののち、眼前に佇むルナが、口を開いた。


『こちらは帝国軍所属、第一三独立特務隊『ブラッドレイド』です。……この通信の意図は、いったい何でしょうか』


 凛とした、けれども可憐な少女の声に、レヴはどきりと胸を衝かれる。六年前から少しだけ大人びた、玲瓏の声。


「そちらも先程の『こえ』は聞こえていたと思う。あれは〈スタストール〉が放つ特有の音だ。発見されてしまった以上、倒さない限り奴らはずっと追い続けてくる。……だから、」


 一拍置いて。レヴは告げた。




『――おれたち第三独立魔術特科戦隊は、君たち第一三独立特務隊との共闘を希望する』


 告げられた提案に、ルナは暫し立ち尽くす。

 あの『こえ』が〈スタストール〉の放ったもの? ずっと追い続けてくる? それだけでも困惑の種ではあるが、挙句の果てに彼は共闘までもを提案してきた。

 沈思するルナの耳には、キースとレイラの疑問の声が届いてくる。 


『……何言ってんだ? あのヴァイゼってやつは?』

『あれが〈スタストール〉の? どこにそんな確証が……』


 二人の疑念も、もっともなものだとルナは思う。相手は自分達を今の境遇に追いやった連邦の、その兵士であり討つべき敵だ。彼らの言う共闘など信じれるはずもない。ことに、視界に存在しない〈スタストール〉相手になど。

 けれど。

 目前に佇むレヴの真紅の瞳に、ルナは確信する。彼らが、嘘をついていないと。


「……分かりました。貴方達の提案を承諾します」

『は!? ルナ、お前正気か!?』

『相手は連邦ですよ!? 油断させるための嘘かもしれないのに……!』


 小さく糾弾の声が上がるのを、ルナは回線を部隊内へと切り替えて制止する。


「もし私達を討つのが目的ならば、先程のこえの直後に撃てたはずです」


 神々しくも悍ましい絶叫に、正気を呑まれて立ち尽くしていたあの時に。


「それに、万が一敵が本当に〈スタストール〉ならば、私達がここで戦闘を継続するのは極めて愚策です。最悪、双方全滅しかねません」


 私達は、まだ死ねない。二人は祖国の遠い地で戦う家族と再会するために。私は、基地で待つステラを守るために。

 二人が押し黙るのを見てとって、ルナは再び共同回線へと通信を切り替える。


「……貴方達は、何と呼べば良いでしょうか?」


 共闘するとなれば、相手の名前ぐらいは知っておかなければ戦闘の連携に支障が出る。

 答えてくれるかどうか少し不安だったが、その心配は杞憂に終わった。


『アルト・フォン・クライスト。階級は中尉だ』

『リズ・リッター・バルツァー。階級は少尉です』

『レーナ・シュタイナー。同じく少尉よ』


 三人の少年少女達が少し遠くで手を上げて言うのを、ルナは朱色に焼き尽くされた夕焼けの中に見る。あまりよくは見えないが……、小さい女の子の方が、シュタイナー少尉か。

 再び視線を眼前へと向けると、レヴは少し頬を緩めていた。


『さっきも言ったけど。おれがこの戦隊の戦隊長をやってるレヴァルト・ヴァイゼだ。階級は大尉。……君たちは、』


 まずは代表して言おうと口を開きかけて――聞き慣れた別の男性の声が、通信機に届いた。


『キース・ウォルターズ。大尉だ』


 続けて、甘い少女の声も聞こえてくる。


『レイラ・ブラウニング。少尉だよ』

『男の方がウォルターズ大尉だから……、君がブラウニング少尉か。よろしく』


 呑気にレヴが言うのに内心少し呆れながらも、ルナは微かに口の端を吊り上げる。どうやら、お人好しな本質は昔と変わっていないらしい。


『ルナ・フォースター。第一三独立特務ブラッドレイド隊の隊長をしています。大尉です』

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