第四章 刃の先は
刃の先は(1)
その日の戦闘を終えて、レヴは真っ赤に染まった西日を遠目に眺めながら静かにひと息をつく。
ノルトベルクに駐屯してから、はやくも二ヶ月が経った。
最初は、防衛線に攻撃を加えてくる敵部隊の一部――魔術特科兵部隊の牽制を任されていただけだった。
けれど。レヴ達が毎回の戦闘で腕が上達していくにつれて、敵部隊の牽制は撃破に、対象は魔術特科兵だけだったものから、全体にまで拡大していった。
そして。最近では。こちらからの攻勢にまで駆り出されるようになっていた。
最初はたった四人で構成された、ただの新兵部隊でしかなかった。しかし、この二ヶ月の間で第三独立魔術特科戦隊は、ノルトベルクにおける最重要戦力として重宝されるような存在になっていたのだ。
今日、レヴ達が与えられた任務は、攻撃してくる敵部隊の撃滅だった。“撃破”ではなく、“撃滅”だ。攻勢を仕掛けてきた敵部隊を迎撃するだけではなく、同時に攻撃も加えて
結果は、最近でも一番の大戦果だった。敵歩兵部隊は一人の撤退者を許すことなく殲滅し、数両の戦車部隊も、アルト達の魔術小銃〈ドラウプニル〉による射撃によって全滅した。
眼下に見えるのは、アルト達が撃破した敵戦車の大破し
残った敵魔術特科兵の数人が警戒範囲の外へと出るのを見てとって、レヴは通信を開く。
「現時刻をもって今日の迎撃任務を終了。各員、駐屯基地へと帰投せよ。…………みんな、今日もお疲様」
『お疲れさん』『おつかれ』『お疲れ様』
ちゃんと三人の声が帰って来るのを聞いて、レヴはつい頬を緩める。
今日も、誰一人欠けることなく任務を終えることができた。
駐屯基地へと帰投する傍ら、レヴはふと視線を地面へと下ろす。そこに見えるのは、同じ戦場で戦った自軍の将兵達だ。
みんなして戦車や防衛陣地から乗り出して、こちらに大きく腕を振ってくるのが見える。彼らが、今日、レヴ達が守った命だ。
そして、それと同時に。レヴ達が奪った
「うへぇ……、相変わず凄いわね…………」
いつの間にか近くまで寄って来ていたレーナが、〈ドラウプニル〉を片手にげんなりした声で呟くのが聞こえてくる。
全員無事とはいえ、戦闘は一度始まれば一日掛かりで行われるのだ。魔術を交えての戦闘を行う魔術特科兵にとっては、任務終了後はかなりの疲労状態にある。その反応も無理はないなと思った。
『こんだけ賞賛されるのは悪い気はしないんだが……』
『まぁ、戦闘終わりにあの中に行くのはちょっとしんどいわよねぇ……』
アルトとリズがそれとなくレーナの言葉に追随するのが聞こえてきて、レヴは思わず苦笑を漏らす。どうやら、先日揉みくちゃにされたことが相当記憶に残っているらしい。
「とりあえず、今日も駐屯地を越えるぐらいまでは飛んで行こう。それまで、頑張って」
彼らの駐屯基地さえ越えてしまえば、その先はただの町だ。多少のおだてはあるだろうが……、少なくとも、ここから歩いて駐屯基地に帰るよりかはゆっくりできるだろう。
防衛陣地から前線部隊の駐屯基地の一帯を抜けて、銀色の中に見えてきたのは幻想的に煌めく小さな町だ。
北には
ここが、レヴ達の駐屯するノルトベルクの町だ。
町の入口辺りで降り立って、目に飛び込んで来たのは色とりどりのイルミネーションだった。赤や緑の電球は町の至る所で煌めいていて、その色は町全体を幻想的な空間に変えている。
中央広場に
この町では軍人が歩き回っているのはいつもの事だから、四人が
それどころか、レヴ達は町の数少ない子供として可愛がられている始末だ。特に、レーナに対してはその傾向が顕著な状況にある。
証拠に、レーナの両手にはいつの間にか貰っていた大量のプレゼントでいっぱいになっていた。
流石に重かったらしいから、アルトが代わりに持ってやってるけど。
何とか両手を解放されたレーナが、ふと、街路に施されたイルミネーションを眺めながら呟く。
「そっか。もう、
その言葉に、レヴは何とも言えない感慨を抱く。あれからまだ二ヶ月しか経っていないのが、どうも信じられない。
結局、あの襲撃事件以降、ルナと再会することは遂になかった。今でも、あの日ルナと会ったことは夢だったんじゃないかと思う時がある。
けれど。次に会った時には、レヴが彼女を討つ。その決意だけは、変わらない。でなければ、仲間を――親友を。守りたいものも、守れないから。
「この二ヶ月は早かったわねぇ」
リズが少し感慨深げに微笑するのを、アルトは肩を竦めて笑う。
「あの襲撃があってからはほんとに色々あったからな。正規軍に入隊になって、
本当にあっという間だったな、とレヴも思う。正直、こんなに直ぐに戦場に慣れるとは思っていなかった。手に絡みつくような血の感触も、鼻を劈く鉄錆のような匂いも。
「しっかし、聖誕祭ねぇ……。うちの基地は何かやるのかね?」
「今のところ何かする予定は無いけれど……。でも、明日からは町全体で屋台が出るらしいわよ。……折角だし、レーナ、レヴと一緒に回ってきたら?」
「え?」
唐突な提案にレヴは思わず足を止める。振り返ると、アルトとリズは妙な顔をしてレーナとレヴを見ていた。
「ちょ……、ちょっと!? リズ!?」
耳を真っ赤にしてリズのコートの襟を掴むレーナの背中を、レヴは訝しげに見つめる。こちらの視線に気付いたらしいレーナが、今度はレヴに向かって弁明するようにまくし立ててきた。
「えっと……、あの! 違うの! 別に、レヴと一緒に回るのが嫌って訳ではなくて!」
まだ何も言ってないし、そもそも違うって何がだ。
事態が飲み込めずに呆気にとられるレヴを傍目に、リズとアルトは示し合わせたように次から次へと言葉を並び立ててくる。
「明日からは久しぶりの長期休暇なんだ。存分に楽しんで来いよ」
「じゃあ、四人で――」
「私はアルトと一緒に回るから、そっちはそっちでよろしくやってね」
「え? いやでも、」
「やってね?」
惚気とは違う妙な圧を掛けてくるリズに、レヴは戸惑う。いったい、リズは何を考えているんだ。
「……まぁ。おれは別にいいんだけどさ」
彼らの提案に乗る前に、まずは本人に訊かなきゃならないだろう。そう判断して、レヴはレーナへと視線を向ける。
「レーナは大丈夫なの?」
「へ?」
「おれと二人きりでなんかでいいのか? アルトとかリズと一緒に回りたいんじゃないのか?」
レヴは別に何でもいいのだが。問題はレーナの方だ。彼女にわざわざ我慢をさせてまで、無理に屋台回りをしようとはレヴは思わない。
二人には悪いが……、もし、リズ達と一緒に回りたいのならば、やはりそうするべきだろう。精神状態は、戦場においての判断の速さに直結するものだ。誰かが嫌な思いをする行動は、できる限り回避すべきである。
「え? あ、う、うん! 大丈夫よ!? しし、心配しなくても、レヴを置いてったりはしないから!」
「え……? あ、うん。分かった……けど……?」
たぶん大丈夫なのは伝わったが……。やはり、どうも先程からレーナの様子がおかしいなとレヴは眉を
そんなことを考えていると、不意にアルトがレーナの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「落ち着けレーナ。いくら何でも浮かれすぎだ」
「べ、別に、そんなんじゃないって!?」
「そそっかしいのは、レヴはあんまり好きじゃないんじゃないかなぁ?」
微笑みながらリズがそう言うのを、名前を出されたレヴはよく分からないといった表情で首を傾げる。ほんとに、この二人は何を企んでいるんだ……?
「う、うるさいうるさい! 二人ともうるさーい!」
堪らなくなったらしいレーナが、ヤケクソ気味にそう叫んでいるのを、レヴはなんだか微笑ましくなって口の端を微かに吊り上げる。ふと、言わなければならないことを思い出して、レヴは口を開いた。
「あ、でも、おれ、明日は用事があるから、一緒には回れないや」
「は?」
さっきまでの空気とは一転して、リズが
「ほ、本当に大事なんだって。……だから、明後日の二十五日ならどうかな? それなら、おれも一緒に回れると思うんだだけど」
少なくとも、聖誕祭当日までは屋台は出ているだろうし。その日なら、一緒に回る時間も十分にある。
「どうかな? レーナ」
逃げるように視線を向けた先、レーナは顔を真っ赤にして声にならない声を上げていた。
ダメだったのかと不安に眉を
「え、なに」
「お前、マジで言ってんのか、それ」
何がだよ。
何故か非難がましい視線を向けてくるアルトに、レヴはいよいよ意味が分からない。強引に手を引かれそうになって、流石に我慢できなかった。
「待てって。まだおれ、返事を聞いてな――」
「聞くまでもねぇだろうが。この天然女たらし野郎がよ」
「はぁ? 何だよそれ。アルトの方がおれより何倍もモテてるじゃんか」
町の女の子から何通もラブレター貰ってるくせに。何を言ってるんだこいつは。
「無自覚でやってる分お前の方が何倍もタチ悪ィよ」
アルトは呆れたように頭を掻いて嘆息する。やけに突き放すような彼の態度に、レヴは納得がいかない。
とはいえ、別段アルトに抵抗してまでここに留まる必要もないのだ。顔だけ振り返って、レヴは告げる。
「えっと……、先に兵舎で待ってるから!」
そう言って。レヴは手を引かれるがままに兵舎へと一足先に向かうのだった。
そんな二人を後ろから見つめていたリズは、隣で呆然と立ち尽くすレーナに優しい声音で言葉を掛ける。
「……良かったわねレーナ。聖誕祭はレヴと二人きりよ?」
「……!」
一瞬、レーナが何か言いかけて――こくりと頷いた。
「――うん!」
満面の笑みを向けてくるレーナに、リズも嬉しくなってつい頬を緩める。親友の恋が、ようやく成就しそうなのだ。応援しない訳にはいかない。
「明後日はとびきりのおしゃれしなきゃね?」
レーナはこくりと頷く。彼女の赤い瞳は、いつにも増して輝いていた。
「えっと……、その。リズも手伝ってくれる?」
上目遣いで言ってくるのを、リズは苦笑しつつも返す。
「もちろん」
それ以外の選択肢は、もとよりない。
「ありがと!」
にこりと、レーナは心底幸せそうに笑う。今日の彼女の笑顔は、一段とリズの心を暖かくしていた。
こんな日が永遠に続けば良いのに。心の底から、そう思った。
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