第4話 座して眠って、それからーー
「――ォーィ」
どこからか聞こえる、覚えのある声。
「オーイ」
声は段々大きくなる。
「アオイー、オキロー」
オキロ、オキロ…、オ、オキ。
「てィッ」
「くッつ!?」
頭に鈍い衝撃が走る。
「んだぁ、よ」
「国語終わったぞ。もう、舌回ってねーじゃん」
「むぁ、うん。多少はね」
俺を叩いて起こしたのは三崎。
数少ない友達のうちの一人だ。
成績トップレベルの秀才で、真面目なやつだ。
だが、学業面以外はところどころ「ユニーク」なところがあったりする。
「次、7限は学年集会だから行くぞ」
「そいや、場所どこだっけ」
「体育館じゃなかった?」
「そうだった」
俺は軽く腕を伸ばして、椅子を立った。
「じゃ、行くか」
***
隣を歩いている三崎が俺に言った。
「そういえばさ」
「おう」
「磨実ちゃんが『放課後、4時半くらいに職員室に来い』って言ってたぞ」
磨美ちゃん、というのは国語教師の荒木磨美のことである。
「あの国語のヤニカスが?」
「おぅよ」
「マジか」
磨美ちゃんはヘビースモーカーである。
去年彼女が担任だったが、「今まで付き合った彼氏とは皆タバコが原因で分かれてきている」話をHRでしてきた。
そんな教師だ。
今どき、年もそんなにいってない女性がタバコなんてあんま聞かないから、トラブルになりそうだなぁ、とは思うが。
明らかに磨美ちゃんに非があったことは容易に想像できる。
「アイツが怒るって、蒼井何した?生徒会?」
「いや、授業寝るくらいでは呼び出さないだろうし、生徒会も辞めたしなぁ」
「あ、そいやお前去年で生徒会辞めてたな」
「あぁ」
「まぁ、とりあえず呼んでたたから」
「おぅ、ありがと」
そこまで話して、何げなく腕時計を見たら、時間がマズイことに気が付いた。
「やば、あと2分じゃね」
「マジか、走ろう」
三崎の言葉で、高校生2人が廊下を走り出した。
***
「で、なんの用でしょうか。荒木先生」
放課後の職員室。鳥のかっこうでも出てくるのか、と言うほどアンティークで洒落た見た目の木製振り子時計は長身がⅣ、単身がⅥを指している。つまり4時半である。職場然とした場にこの見た目、ぱっと見で読みづらい。普通の時計を使った方が見た目的にも機能的にも良いと思われる。
「いやぁ、蒼井。お前授業中寝てんだろ」
「たまにですよ」
「しばしば、な。oftenだよ。あと、お前が私のことを荒木じゃなくて磨美だのヤニだの言ってるの知ってるから今更先生つけても無駄だぞ」
デスクの椅子に腰掛けている磨美ちゃんは、突っ立っている俺を見上げて、俺の授業及び生活態度を否定した。
「まぁ、お前の授業と教員への態度や、あの授業の後の学年集会に遅刻したことも、どうだっていい」
「さいですか。というか遅刻したの見てたんですね」
「あたぼーよ。仮にも副主任だからな」
その時だった。
ノック、そしてガラガラっと扉が開く音がした。
「失礼します、高1の斉藤です。荒木先生とお話しに来ました」
良く知る声から成る入室の言葉に、俺はなんとなく振り向いた。
制服のセーラー服に身を包み、肩くらいまででストレートの髪。
扉のところにいたのは斉藤だった。
「すみません、掃除がありまして少し遅れました。先生」
「いやぁ、大丈夫だよ。じゃあ、二人ともとりあえず廊下出ようか」
来たばっかりの斉藤共々、廊下に出される。
磨美ちゃんは言った。
「えー、臨時生徒会長に蒼井が就く、という話だが」
「はい?」
磨美ちゃんは俺の疑問符を華麗にスルーした。
「無事職員会議を通りましたー」
「いぇい」
パチパチしている斎藤。
「あの、荒木先生?」
「なんだ?臨時生徒会長」
「いえ、あの俺は会長になるなんて話は知らないのですが…」
俺の言葉に、ヤニカス教師はさも当然のように言った。
「こないだ斉藤から要請があってさ。断られたから先生の方で勝手にやっといてくれないかって。なぁ、斉藤」
「はい」
「顧問として、仮にも副会長の要望を無下にすることもできないしな」
「私も仮の存在なんですか…」
斎藤のツッコミを完全にスルーして、続けた。
「一度やめたやつを、本人の意思もなく推薦するのは大変だったよ。まぁ、頑張ってくれ」
「はぁ、あの」
「まぁ、今日から蒼井が会長だから」
そう言って、俺の肩をポンポンと叩いた。
「あの、俺は…」
磨美ちゃんは俺の声を遮り、そして小さな声で言った。
「アイツのためにも、やってやってくれ」
アイツ、と言うとあいつだ。
草野桜。
臨時でない、正式な本年度の生徒会長だった草野。
アイツの後を俺はーー
その時、俺は割と大きな事を思い出した。
「そう言えば、俺風紀委員だったんですけど…」
「風紀の顧問の先生に確認取ったら、仕事してくれれば良いよー、って言ってたから大丈夫」
「マジですか」
「じゃあ、よろしくー。斉藤はお疲れ」
「お疲れ様です」
そう言って、磨美ちゃんは俺たちを残して職員室に戻ってしまった。
「おい、副会長」
「はい、会長」
「いや、今はいい」
「はい?」
「後で説明してくれよ」
斉藤は不敵な笑みを浮かべて言った。
「何をです?」
「いや、うん。今度で良いから」
その笑みに、思わず引いてしまった。
「あれだ、俺はサポートだけするからな」
「はい」
「メインは正式メンバーで回してくれ」
「えぇ、分かりました」
こうして俺は、なりたくなかったが、臨時とは言え、生徒会長となった。
アイツが開けた席に座ることになってしまった。
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