第24話 三者面談

「イドちゃんって、予選の海外ブロックに呼ばれてたんじゃなかったの? イベントは今日だったはずだけど、向こうとの時差を考えると終わったばかりなんじや……?」

「飛行機でゆっくり帰るつもりだった。けど、メグリが子どもを出場させたってニュースを聞いて。……それで、国際間MTR使った」


 ニュースサイトにランの顔が出てきた時には心臓が止まるかと思った、と語るイドを伴って一階へと上がると、応接間でオキが三人分の紅茶を淹れて待っていた。


「それでは皆様、ごゆっくりどうぞ」


 老執事は言葉少なくお辞儀をして退室し、ランたちは各々の席に着く。


「それにしても、二人が知り合いとは聞いていたけど、あそこまで仲良しさんだったとは思わなかったわ。どういう関係なのかしら?」

「家族、みたいなもん」


 イドはクッキーをひと齧りしてから答えた。


 ランと彼女の間に。血の繋がりはない。

 ともに天涯孤独の身だったところ、イドは唯一ランの面倒を見てくれる相手だった。幸いと言っていいのか、イドには盗みの才能があって、現在のランと同い年くらいで二人分の衣食――上手くいけば他の浮浪児にも分け与えられるくらい――の稼ぎを上げることができたのだ。

 実入りが少ない時も、寄り添い合って寒さをしのぎ、空腹にあえぎながらも食べ物を分け合って、肉親以上の固い絆で結ばれていた。


 その関係が破綻したのは、もう4年も前のことだ。


「いつもみたいに、盗みに出かけたイド姉が帰ってこなくて。……聞いたら、しくじって警務隊に捕まったって」

「なるほど、ね。そこから先は、わたしも知ってるわ」


 メグリが相槌を打つように頷いた。

 窃盗罪は特別重いというほどでもないが、イドの場合はこれまで盗んできた物と数が問題だったとかで、余罪まで合わせて懲役50年の刑罰が言い渡された。

 本来ならば死ぬまで刑務所暮らしを覚悟するところだが、その年に初めて開催されたオネイロ・スターダム杯に現役受刑者というイロモノ枠で出場し、そのまま優勝。容姿が整っていたのと、長い期間窃盗を続けて捕まらなかった腕前から、ダークヒーロー的な支持を集めて一躍時の人となった。

 というのは、世間でも知られた“飛天のラファエル”のサクセスストーリーである。

 ただ、イド自身の表情は決して明るいものではなかった。


「牢屋からは出れたし、いい暮らしもできるようになった。……でも、そのせいでスラムには帰れなくなった」

「イド姉が有名になれたのは、仲間を警務隊に売ったからだって、ナメレスのところのヤツらが言い出して」


 富と名誉を手にしたイドへの妬みもあったのだろう。スラムの住民は頭から噂を信じこんで、彼女に激しい敵意を持つようになった。

 家族同然だったランもつま弾きに合って、色々とつらい思いをしたものだ。ここ最近はマシになってきていたが、メグリの世話で大会に出場したので完全に『裏切り者』と認定されたかもしれない。


「せめてランにだけでも会いたかったけど、スラムに近付くことすらできなかった」

「そうだったの。……でも仕方ないわよ。イドちゃんだって、ずっと警務隊からマークされてたじゃない。あまり無茶はできなかったわ」

「えっ、イド姉も!?」


 驚くべき発言が飛び出して、ランは目を丸くした。

 ところが、メグリは当たり前のような顔をして肩を竦める。


「警務隊の気持ちになってみて? せっかく逮捕した泥棒が、あっという間に自由になっちゃったんだから、面白くないわよね」

「チャンスさえあれば、もう一度捕まえる。そう考えてるはず」


 イド本人もウンウンと頷いて、「……ところで」と胡乱げにランを見据えた。


「僕『も』って、何?」

「あ……」


 余計なことを言ったか、と口を塞いだら、イドはキッと眦を吊り上げてメグリの方を向いた。何を誤解させたか、今にも食ってかかりそうな雰囲気だったので、ランは慌てて弁明する。

 怪しいデバイスを手にしてナメレスに追われる羽目になったことから、今日に至るまで、一度はメグリにも説明したことが大半で、前よりもスムーズに話すことができたと思う。


 事情を聞いたイドは、ひとまず怒気を収めたものの、なおもメグリを睨んだまま問うた。


「今は、大丈夫?」

「敵については調査中だけど、とりあえず現状では怪しい動きは見られないわね」


 対するメグリは余裕を崩さず、ティーカップを傾けながら答える。


「少なくとも、うちにいる限りはわたしが守ると保証するわ」

「……それなら、いいけど」


 どことなく釈然としていない様子もあるが、二人の間で一定の納得は得られたらしい。イドはそれ以上の追及もなく、背もたれに身を預けた。

 うんと伸びをすると、ギシリと椅子が軋む。


「じゃ、考えなきゃなのは、ランの試合の方か。予選みたいに逃げてばっかじゃ、本戦では勝てない」

「そっちなら、もっと大丈夫だと思うわよ。ランくんはセンスあるし。それに、わたしが付きっきりで教えてあげてるから。ねー、ランくん」

「え……う……」

「……む」


 馴れ馴れしくランに話しかけるメグリに、落ち着いたかに見えたイドのこめかみがひきつった。

 再び漂う剣呑なオーラにメグリは気付いていないのか、いつものからかい口調でランの顔を覗き込む。


「休憩が終わったら、今日も二人っきりで練習しようねー」

「待って」


 させじとばかりに、イドが立ち上がった。

 ダンッ、とテーブルに手を着いて、身を乗り出す。


「ラン。練習とかいって、変なことされてない」

「そんな……ちゃんと教えて、もらって……る?」

「ランくん? そこは自信を持って否定してくれないかしら」


 語尾を濁したのは、たまの『困る』メグリが脳裏をよぎったからだ。

 ランが断言できなかったことで、さすがのメグリも狼狽し、イドは顔をしかめる。


「やっぱり」

「『やっぱり』ってどういうことよ!? い、一線は越えてないからね。ランくん可愛いから、ちょっとお茶目しちゃうことはあるけど……」


 メグリの弁明では、むしろ不安が増すのではないか。

 案の定、イドは頭痛でもするかのように長いため息を吐いて、そして一つ提案をした。


「ランの指導、僕がした方がいいと思う。メグリだと、いろいろ教育に悪い」

「な、何よ失礼ね。イドちゃんだって、さっきはランくんのこと押し倒してたクセに」

「あれは感極まっただけ。家族としては、普通の距離感」

「わたしだって、健全な距離感ギリギリを守ってるもん!」


「……何の話?」


 論点がわからないが、ランには理解できない角度で脱線しているようだ。

 せっかく二人が喧嘩するのは止めるべきで、とりあえずランにも見えている論点にまで引き戻す。


「あの……イド姉が、教えてくれるの?」

「メグリは、いつもグイグイ来すぎるから……ん? ああ。ランの試合見たけど、僕の方が戦闘スタイル似てる。メグリより、教えられるはず」

「今までわたしが教えてたのに、急に先生が変わったら混乱しちゃうんじゃない? それに、ランくんは【陽焔フレア】を使いたがってるんだから、わたしのところにいた方がいいわ」

「【陽焔】って……ランは初心者でしょ」

「そうなんだけど、ランくんがどうしてもメグリお姉さんとお揃いにしたいって言うものだから」

「む!」


 今度はランにもわかる話だが、しかしヒートアップするのは同じだった。

【陽焔】を使いたいのは本音だが、イドを拒絶したいわけでもなくて、ランは仲裁できずにオロオロするばかりだ。


「ラン、イド姉じゃ嫌か?」

「そういう訊き方は卑怯じゃない? ねえ、ランくん。本当はわたしが良くっても、イドちゃんに遠慮しちゃうわよね?」

「え? ……ぇぇと…………」


 膨れっ面のイドと、ニコニコ顔のメグリが、左右から迫ってくる。

 今まで経験したことがないタイプのに挟まれて、ランが何も言えずに硬直していると、外から助け船がやって来た。


「お嬢様方、その辺りでお止めになるのがよろしいかと」


 詰め寄る二人を、老人の声が諌めた。

 オキである。

 いつの間に部屋に入ってきたのか、最初からそこにいたみたいな直立不動の老執事と、板挟みのランとを見比べて、メグリとイドは渋々矛を下ろす。


「それもそうね。ランくんを困らせても仕方ないわ」

「でも、譲らない」

「わたしもよ。つまり、ここは……」


 しかし、両者の間に火花は散ったままで――


「お互いファイターらしく、モルファイトで白黒つけましょう」


 パチンッ、と弾けるようにメグリの指がなった。

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