11月30日 19:20 シドニー・アルゼンチン代表宿舎

 シドニー近郊にあるアルゼンチン代表が宿泊するホテル。


 決勝進出が決まって以降、監督のハビエル・メンドーサをはじめとするコーチ陣は既に5回、日本とスペインの準々決勝映像をチェックしていた。


「どうすれば良いのか……」


 四人揃って、頭を抱えている状態だ。



 アルゼンチンは決勝トーナメントに入ってから、宿敵ブラジル、難敵イタリア、アフリカの強豪ナイジェリアを倒して決勝まで進んできた。


 それだけで評価されてしかるべきであるが、決勝の対戦相手は日本である。国民の大半は「勝って当たり前」と思っており、負ければ大批判は必至。「国家の恥」、「史上最低のチーム」となる可能性がある。


 今回の日本は内容が違うのだと言いたいところであるが、U17の試合など99パーセント以上の国民が見ない。結果だけで叩かれてしまう。せめてスペインが勝ち進んでいれば準優勝でも評価されるのであろうが。



 しかもただ負ける以上の不安がメンドーサの中にはある。


 スペインのルベン・モイセスは「惑わされずに迎え撃つ。同じことをするくらいの覚悟が必要」と言ったらしいが、それはスペインのような規律と能力を併用させた環境で育った選手だからできることである。


 アルゼンチンはまだマシとはいえ、南米では総じて能力に規律が置いていかれるし、勝利が全てという考え方だ。


 勝たなければいけないというプレッシャーにさらされて惑わされるうちにイラッとなってラフプレーに走るシーンが容易に想像できる。


 南米開催なら主審が見逃してくれるかもしれないが、ここはオーストラリアだ。しかもグループステージからここまで3人の退場者を出しているアルゼンチンである。躊躇なく退場させてくるだろう。


「いっそDFを11人置いてPK戦までひたすら守り抜こうか……」



 考えがまとまらないまま、午後の会見に臨む。


 会見の話題も、当然に「対ニンジャシステム」だ。


『日本はニンジャシステムを使ってくるのではないかと思います。対策は打てているのでしょうか?』

「もちろん、昼夜を問わず必死に研究しているよ。ただ、あのスペインから6点取ったシステムだ。簡単にいくものではないね」


 メンドーサは首を左右に振りながら、自信なさげに話す。


『ですが、アルゼンチンは過去にトータルフットボールに勝ってきた経験もあります。全く対策がないわけではないでしょう』


 1978年、地元開催のワールドカップでアルゼンチンはオランダに勝って優勝している。


 このワールドカップにはトータルフットボールの象徴たるヨハン・クライフは出ていなかったが、それでもオランダに勝利=トータルフットボールに勝利した、という印象として語られている。


 メンドーサもそれは否定しない。


「確かにトータルフットボールに勝ってきた歴史がある。アルゼンチンにはそうしたポテンシャルがある。しかし、このチームは17歳だしまだまだ経験が足りない」



 そんなことを話した翌日、コーチの1人が「監督、大変なことになっていますよ」と言う。


「何が大変なんだ?」


 メンドーサがコーチの示す動画を見た。


 そして絶句した。



『もちろん、昼夜を問わず必死に研究している』

『トータルフットボールに勝ってきた歴史がある』

『アルゼンチンにはそうしたポテンシャルがある』



 昨日の会見で語った一部だけを強調されて、「ハビエル・メンドーサがニンジャシステム打倒を宣言」などと書かれている。「難しい」とか「経験が足りない」と言った弱音は一切省かれていた。


 これもまた南米では不思議なことではない。あることないこと書くことは当たり前であるし、記事は派手であればあるほど良い。しかも派閥対立、勢力対立が強いので攻撃的な論調が一際強くなる。


 一部を切り抜いているだけでも、まだマシと言うこともできるし、こうしたことを書かせる隙を作ったメンドーサにも十分に落ち度はある。


 苦悩している代表チームを応援する意識などない。彼らにとっての勝利とは売り上げである。


「しかも連中、この新聞をもってメルボルン(日本)サイドに取材に行ったようです」

「あの野郎!」


 

 程なく、その成果? が出た。


『どのような対策をしてくるのか楽しみですし、選手達の調子も悪くないようですから、余程のことがない限りは準々決勝と同じメンバーで行きたいと思います』


 峰木と陽人がFIFAの取材に対して、はっきりと迎え撃つ宣言をしてしまった。


 今やアルゼンチン陣営はガソリンをたっぷりと撒かれてしまい、更に炎を相手サイドに渡された状態である。


 日本であれば、サッカー協会が抗議などをするだろうが、アルゼンチンではそのようなことは起きえない。そもそもお互いの縄張り意識だけで監督を守ろうという意識もない。運命共同体ではないのである。「ハビエル・メンドーサがダメなら、次の誰かを探せばよい」といった具合だ。


 その自立意識や放任主義は確かに南米を強くしてきた側面がある。


 しかし、今、この時点ではハビエル・メンドーサを炎上させる状態となっており、その炎は更に強くなりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る