戦国の術師

葉泪秋

出世編

零話

 昨日、俺の両親が死んだ。


最後に見た顔は『行ってらっしゃい』と笑顔で送り返す母さんの顔。


父さんは寝てて顔見れなかったな・・




俺「ごめん、了斎。昨日・・酷いこと言っちまって」


了斎は家も近くて親同士も仲がいいのでいつも一緒にいる。


そして、その了斎の両親も昨日殺された。




了斎「わしも悪かった。清次に当たっても仕方ないと分かってたのに・・」




俺「もう俺たち、ここには暮らせねぇよな」




了斎「ああ」


ここに居たら、いつ攫われるか分からねぇ。それどころか、母さんたちみたいに殺されちまうかも・・・・




俺「そんで、親を殺した武士はどうすんだ? かたきを討つか?」




了斎「いや、今は無理だよ。もっと強くなってからじゃないと・・」




俺「でも、強くなる頃にはそいつが死んでるかもしれないぞ」




了斎「それならそれでいいんじゃないかな・・」




俺「うーん・・まぁ、先のことはまた余裕ができたら決めようぜ。俺たちはまず生きていかなきゃいけねぇんだ」


今日の飯も、寝る場所も決まってないんだからな・・


そもそも今日、俺たちが飯を食えるかさえ怪しい。




了斎「わしらを引き取ってくれる家は・・」




俺「この時代にそんな親切な家があるかよ」


引き取られたとしてもそいつの都合のいいように使われるだけだ。




了斎「とりあえず、家の中にある価値のありそうな物全部持っていこう」




俺「そうだな」




俺と了斎の家を漁って、金になりそうなものと生きてくために必要なものは袋に入れた。




了斎「これは持ってく・・?」


了斎が包丁を取った。




俺「・・・・万が一のために持っていこう」


了斎が頷き、ゆっくりと包丁を袋にしまった。




昼間のうちに居場所を見つけたかったので、俺たちは九時に家を離れた。




俺「てか、お前の兄さんはどこ行ったんだ?」




了斎「分かんない。わしが家を出る前に出かけてから見てないんだよ」




俺「探すか?」




了斎「またいつか会えると思うし、一旦安全なところを探そう」




俺「そうだな」




了斎「ここ、良さそうじゃない?」




俺「森の中なら人目につかないだろうし・・ここにしようぜ」


正直、秘密基地のようで少しわくわくした。


でも、あれは安全な家に帰れるからこそ楽しめていたのかもしれないな・・




了斎「お金をどれくらい持ってるか確認しようよ」




俺「一、十、二十・・」




俺「二十三刻だ」


ちなみに、三刻で握り飯が大体二個買うことが出来る。




了斎「少なっ・・」




俺「仕方ねぇ。貧乏な農民の有り金なんてこんなもんだろう」


とはいえ、苦しいことには変わりない。




      *




 親が死んで二週間が経った。




了斎「ついに・・」




俺「金が無くなったな・・」




了斎「どうする?」




俺「悪い、これは多分お前には出来ないことだろうから、俺が行く」


袋から慎重に包丁を取り出した。




了斎「それは駄目だ! 人を不幸にして生き延びたってしょうがない・・」




俺「分かってる。殺しはしねぇよ。ただちょっと・・借りるだけだ」




了斎「他になにか手がないか探そうよ!」




俺「腹が減っては戦はできぬ。一旦飯のために金を手に入れてから、また新しい手を考えようぜ」




了斎「でも、一度手を染めたらもう戻れないんだよ・・?」




俺「・・・・仕方ないんだ」




 俺は夜中に森を飛び出した。




俺「お、あぶねっ」


犬が目の前を過ぎていった。吠えられたりなんかしたら忍び込めねぇからな・・




音が立たないように戸を開けて中に入った。




俺「なんだ・・これ・・」


家の中で一人の女性が倒れていた。




俺「血・・・・」


体中から汗が流れ出てくる。


俺はどうしたら良いんだ? 


このままここに居たら俺がやったみたいになっちまう・・・・




駄目だ、目的を忘れるな、俺!


この包丁の出番がなかっただけ良かったじゃないか。


とりあえずお金だけ取って逃げよう。




部屋の奥に隠されていた金を盗み、俺は全力疾走で了斎の待っている森に戻った。




俺「金、取ってきた・・・・」




了斎「清次!」


吐き気が止まらなかった。


始めて人の死体を見た。


しかも、俺はその人から金を盗んじまった・・


罪悪感と恐怖でどうすれば良いのか分からなかった。




俺「俺なんて・・クソ野郎だ・・・・」


涙と嘔吐が止まらなかった。




了斎「・・・・清次の包丁に血がついてなくて、安心したよ」


小さな声で呟いた。




俺「は・・・・?」




了斎「正直、わしは清次が人殺しだとか盗人になるのは嫌だよ」




俺「はぁ・・」




了斎「でも、清次が盗んでくれたから、悪いことをしてくれたから、わしらはまだ生きていける。明日も、明後日も、また青空を見られる」




俺「でも俺、死んだ人から金を・・」




了斎「でも、清次は殺してないんでしょ? 正直・・わしはその事実だけで十分だよ」




その日は、心を落ち着かせるために眠った。




      *




親が死んで、約十年が経った。




俺「了斎! お前も盗みが上手くなったもんだなぁ!!」




了斎「ハハ、清次が教えてくれたからだよ!」




住民「おいお前ら!! 何をするんだ!!!」


よーし、ここからが腕の見せ所だ。




俺「ほらよ!」


袋に入ったありったけの果物をばらまいた。




住民「おお! 何だこれは!!!」




俺「好きなだけ食っていいぞー!!」




住民「うおおおおおお!!!」




俺「バッチリだ。さっさと逃げるぞ!」




 最近寝床にしている河原まで戻ってきた。


 


俺「危なかった・・果物を集めておいてよかった」




了斎「集めたって言ってもほとんど盗みだろ」




俺「半分くらいは」




了斎「意外と自分でも集めてたんだな」




俺「金の為ならそれくらいするさ」




またこれで今日を生きられるぞ・・




 まだ大して腹は減っていなかったので、川を眺めながら話していた。




了斎「・・初めて清次が金を盗んだときのこと、覚えてるか?」




俺「全く覚えてない。初めて盗んだのお前じゃなかったか?」




了斎「違うよ。まぁ、言わなくて良いか・・?」




俺「はぁ? 教えてくれよ」




了斎「教えない。あまり気持ちのいい話じゃないから」




俺「何だそれ」




了斎「一つだけ言えることがあるとしたら、あの日の清次がわしを変えてくれたってことだ」




俺「くっせ、何だお前」


恥ずかしいし。




俺「俺らの服って汚いな。服だけでも買いに行くぞ」




了斎「他のお金はどうする?」




俺「この辺に隠しておくぞ」




服を買う金だけを握りしめ、俺たちは城下町に向かった。

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