第37話「身のほど」

 俺とウーノが手を当てると扉はゴゴゴゴという音を立てて開いた。


「なあ、ウーノ。何だかいやな予感がするんだが」


 何か知ってるんじゃないかと思って話をふってみる。


「おそらくソルティアの封印だな」


 とウーノが言った。

 その名前は「ルーク」も知ってるはずなので、


「魔王ソルティア!?」


 と遠慮なく言葉にする。

 魔王ソルティアはゲームでのラスボスだった。


 普通に強敵だったのに、主にウーノとクワトロのせいで前座あつかいされる不遇キャラである。


「ふん、わらわに任せておくがいい」


 自信たっぷりにウーノは言う。


 彼女ぬきでいま魔王と戦える自信はまったくないので、ここは言葉に甘えるとしよう。


 ウーノが次に現れた扉の前で俺には聞き取れない古代語の呪文をとなえると、部屋全体が赤い光を放つ。


「これで封印は解けたぞ」


 と彼女はうれしそうに見上げた。

 魔王ソルティアが復活するのに、主人公はまだ影も形もない。


 ウーノがこっち側にいなかったら、人類全滅のバッドエンドコース待ったなしだ。


 彼女が扉を開けて進むと中は光があふれていて、ひとりの小柄な少女が魔法陣の中から姿を現す。


 エルフのように肌は白く、山羊のような黒い角が二本生えていて、髪は黒く瞳は赤いかなりスタイルのいい美少女だった。


「えっ、誰?」


 俺は目を疑い、思わず声に出してしまう。

 魔王ソルティアって男だったはずだぞ。


 それもどっちかと言えばしぶいイケオジ枠。

 こんな可愛くて魅力的な女の子だったら、もっと人気あっただろうに。


「誰とはごあいさつよね。このソルティアを復活させておいて」


 見た目にふさわしい可愛らしい声で、ソルティアは不快感を示す。


「で、あんたたちは誰? このソルティアを復活させた功績をたたえて、命だけは助けてやってもいいわよ?」


 気をすぐに取りなおして尊大な態度で彼女は発言する。


「バカめ。我らは貴様をシモベにしようと思って封を解いたのだ」


 ウーノは鼻で笑って言い返す。

 

「無礼者め! あんたたち程度があたしを? 身のほどを知りなさい!」


 ソルティアの全身から雷光が発生する。

 

「ふっ」


 ウーノは鼻で笑い、同等以上に魔力を高めた。

 

「なっ?」


 ウーノが自分と同等以上の力を持ってることに気づいたのか、ソルティアの表情が驚愕で染まる。


「【奔り穿つ雷霆】」


「【猛り溶かす紅炎】」


 ふたつの強大な力がぶつかり、そしてウーノの炎がソルティアの体を飲み込む。


「ぐっ、こ、この【荒れ踊る雷神の矛】」


 皮膚と服の一部がこげながらも耐えきった彼女は、反撃の試みる。


「【照らし貫く閃光】」


 ソルティアが右手を出し、四つの雷の矛をつくったと思ったら、下からビームみたいな光の柱が彼女の体を貫いて上へと吹き飛ばす。


 轟音とともに天井に穴が開いて、彼女の体は地上へと投げ出される。

 

「わらわたちも行くぞ」


「お、おう」


 ウーノは俺の手を掴み、体を浮遊させて地上に出た。

 瞬間雷の槍が飛んできたけど、ウーノが涼しい顔でバリアを展開して防ぐ。


「【穿ち砕く雷神の戦槌】」


 そして雷の鉄槌をつくって、地面に両膝をつきながらこっちをにらむソルティアへ反撃した。


 彼女がつくったバリアを砕いて、雷の鉄槌はその体を吹っ飛ばす。

 

「一方的な展開だな」


 邪精霊は魔王よりもはるかに強いと公式で明言されていたけど、実際に自分の目で見ると形容しがたい感情が浮かぶ。

   

 ソルティアは死ななかったものの、気絶してしまった。


「わらわの勝ちだ」


 ウーノが得意そうに胸を張ったので拍手しておく。


「さすがだな」


 という感想しかない。


「くっ、ううう」


 ソルティアは気づいたらしく、うめきながらよろよろと立ち上がる。


「本当にタフだな」


 あそこまでウーノに魔法でぼこぼこにされたのに。


「腐っても魔王というところか。でなきゃシモベにする価値はないしな」


 とウーノは辛らつに言う。

 

「くっ、このソルティアがここまでやられるなんて……あんた、ま、まさか?」


 ソルティアは何かに気づいた表情になる。


「ウーノと呼ぶがいい。主はこちらのルーだ」


「あ、あるじ?」


 理解できない単語を聞いた者の顔で、ソルティアは反芻して俺を見た。

 

「バカな……しかも、ほかにも強大な気配と契約してる痕跡があるだと?」


 まじまじと見ているうちに何かに気づいた顔になる。

 それは地神龍との契約だと思うけど、見ただけでわかるものなのか?


 やっぱり魔王ってやべえ存在なのでは?


「それはボクのことだろうね。巨大なぶつかり合いを感じて来てみたら、まさかまさか魔王ソルティアが復活していたとはね」


 何の前触れもなくシンクエは出現する。


「地神龍、ディアスグラム」


 ソルティアの表情が絶望に染まった。


 うん、ボロボロになったタイミングで出会う相手としては、間違いなく最悪だよな。


 シンクエはくるりとウーノのほうを見た。


「おおかたきみがわざと封印を解いたんだろう? 何のためかな?」


 まあ俺に封印を解けるはずがないって彼女ならわかってるか。


「ルーのコマを増やすためだ。多いほどいいみたいだからな」


 悪びれもせずウーノは言い切った。

 俺に責任をなすりつける気はないことはわかるけど、もうちょっと言い方。


「まさかまさか、きみは不満なのかい? ボクとこれがいれば、世界を征服することだって可能だろうに?」

 

 シンクエは意外そうに視線をこっちに向ける。


「だってお前に雑用を頼めないだろ」


 相手は地神龍だからな。

 本人(龍?)はよくてもカエデさんたちにバレたら気まずいと思う。


「たしかにたしかに、たんなる雑用で何度も呼び出されるのは困るね。かわりの雑用ちゃんがこの子か。ならばならば、仕方ないね」


 シンクエが納得してくれたようで何よりだった。


「ざ、雑用? このあたしが?。くっ、ひと思いに殺しなさい」


 とソルティアは悔しそうに言うが誰も相手にしない。

 

「念のため、強めの誓約をかけた契約魔法を使うとしよう」


「ボクも手を貸そう。きみはどうでもいいけど、彼が危険だからね」


 邪精霊と地神龍のふたりがかりの契約に、魔王は抵抗できず成立してしまった。

 何か彼女たちのときとは違って、力が俺に流れてくる。


「あ、あたしが人間のシモベに……」


 呆然としている魔王を置いておいて、ふたりに理由を聞いてみた。


「契約者に加護を与えるのは一般的だが、わらわは力が強すぎてお前に負担が大きくなる」


「この魔王くらいならちょうどいいってことさ」


 魔王と契約する分には俺にダメージが入らないってことか。

 

「あとボクの場合はまだ簡易契約だったからね。せっかくだから、本契約に移行しておこうか」


 とシンクエはウインクしながら提案してくる。


「ちょっと待て、お前はいらない! わらわと魔王で充分だ!」


 あわてたようにウーノが拒絶して俺と彼女の間に入って来た。


「おやおや、ここは彼の意思を問うところだろう? どうする? ボクと正式に契約して、加護を手に入れてみないかい?」


 とシンクエは俺を見上げて質問してくる。


「いいね」


 ウーノを無視して即答した。

 先を見据えるなら、地神龍との関係をもっと深めるのは重要だと思う。


「では決まりだね」


 シンクエはにやっと笑うと背伸びして、仮面を外して俺にキスする。


「!?」


 想定していなかった展開に目を白黒させていると、彼女の魔力だと思われるものが体内に流れてきた。


「ふふふ、初めてを捧げてしまったね☆」


 めちゃくちゃ意味ありげな色っぽい顔で、思わせぶりなことを言う。

 どういう顔すればいいか、わかんねええええ。


 女の子とキスしたことなんて前世でも一回もないし。


「う、上書き! 上書きしてやる!」


 ウーノがシンクエを押しのけ、横から強引にキスしてきた。

 俺に力があふれてくるけど、何なんだこの展開。


「おやおや、どっちがいい? なんて聞かれたら、きみはどう答えるつもりだい?」


 とシンクエは聞いてくるが、ここは無視だな。

 ふーっと息を吐き出して気持ちを落ち着ける。


「む、無視。なかなかやるね。初めてだよ、こんな対応」


 なぜかシンクエはうれしそうだった。

 …………もしかしてと思うけど、被虐体質なんじゃあないだろうな?


 とりあえずソルティアに向き直ろう。


「ソルティア、いろいろあったけど、俺の仲間になってくれないか?」


「えっ、この状況であたし?」


 どういうわけか、ソルティアには化け物を見るような目を向けられる。


「み、身のほどならわかったから勘弁してよ!」


 涙目になりながら言われたので、とりあえず許す方向だと伝えた。


「ほ、ほんと?」


 ぐすっと涙ぐんで上目遣いで俺を見る、この構図がやばい。


 何も知らない第三者が目撃したら、いたいけな少女を寄ってたかっていじめてるとしか思えないだろう。

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