第31話「強くなっているらしい」
ヒュドラの頭がそれぞれ動いて牙を剥いて威嚇してくる。
「あいつら、頭ごとに独立して行動するんだよね?」
「らしいから四対二のつもりで戦うほうがいいだろうな」
毒も厄介だし、牙だって並みの剣よりも切れ味がいいそうだ。
ゲームでは何度も戦ったけど、そのときの経験はまったく役に立たない。
「作戦はある?」
とドゥーエに聞かれる。
「接近戦は不利だから遠距離戦をやろう」
数も不利だし、近づけば牙と毒の両方が脅威になるからだ。
「遠距離戦なら毒にだけ気をつければいいもんね」
「そういうことだ」
ドゥーエは俺の意図を理解してくれたらしい。
ヒュドラたちはまずふたつの頭が毒液を飛ばしてきたので左右に散って避ける。
スピードと切れ味を重視した斬撃をけん制のために飛ばす。
そしてそれはそのままヒュドラの頭部をひとつ斬り飛ばした。
「あれ?」
「えっ? いまのはけん制だよね?」
ドゥーエは視線をヒュドラに向けたまま聞く。
「そうだ。まあヒュドラだから再生能力を持ってるかも」
「上位の蛇種あるあるだね」
俺の予想にドゥーエは賛成してくれた。
一向に再生する気配がないが油断はできない。
なかなか生えてこないけど、時間差再生で奇襲するつもりかも。
「たしかヒュドラは頭を全部と尻尾を落とす必要があるはず。俺が頭をけん制するから、セリアは尻尾を斬ってもらえるかな?」
セリアは魔法も使えるので、対応力は俺よりも上だからだ。
「りょーかい、ボス」
気楽な様子で彼女は引き受けて、尻尾を狙って右から後ろをとろうと動く。
当然ヒュドラはそれを阻止しようと、頭を動かして彼女を威嚇する。
俺は剣をふるって魔力を飛ばして、ふたつめの頭を斬り飛ばす。
「びっくりするくらいさくさく斬れるな。攻撃力や毒にかたよった個体なのか?」
「そうかもねー」
離れてるのにドゥーエが俺のひとりごとに返事した。
「ガアアア!」
ここにきてヒュドラが我慢の限界だとばかりに吠える。
「ようやく本気になったか」
ヒュドラじゃなかったら頭ふたつ落とされて何やってんだ? と思うけど、こいつら頭が減ってからが強いまである種だ。
毒液の雨が俺へとふりそそぐ。
ふたつも頭を斬り飛ばしたせいか、敵意が完全にこっちに向いたみたいだ。
スピードが速い上に数が多いので、全部避けるのは無理かな。
「【地堅殻】」
まとった防御が毒液をはじいて、俺にダメージは入らない。
たしかヒュドラの毒液は物理判定だったと思ったけど、【地堅殻】を選択して正解だったようだ。
まったくダメージを受けないので安心して距離を詰めることができる。
ヒュドラは俺を難敵と認識したらしく、ドゥーエを意識から外して完全にこっちだけを狙いはじめた。
念のため【地堅殻】に魔力をそそぎこんで守りを厚くしながら、残りの魔力で攻撃を飛ばす。
ヒュドラの三つ目の首が飛んだけど、やっぱり再生しない。
「再生能力が低い、攻撃特化タイプなのかな」
地神龍から教わった技だから耐えられてるけど、そうじゃなかったらとっくに死んでいたのかもしれないな。
シンクエを仲間に引き入れて教えを授かったあのときの判断は正解だったと言える。
ドゥーエの魔力が高まった直後、ヒュドラの巨体がいきなりバランスを崩す。
「よし、尻尾切断成功!」
声をあげて知らせてくれるなんて気が利いている。
残った頭を俺が斬り飛ばして、ヒュドラは絶命した。
「べつにそこまで強くなかったぞ? 【地堅殻】を使った以外は作業じゃないか」
【地堅殻】なしだとやばかったと考えると、弱いなんて言えないけど。
「お前たちの成長速度が大したものだな、うん。わらわの見立てが間違っていたようだ」
とウーノが神妙な顔で言う。
あれ? 思ってたのと違う反応だ。
「俺たちが強くなってるってことなのか」
あんまり実感できてないけど、弱いままよりはずっとマシだからいいや。
「ボス、尻尾を持ってきたけど、ほかはどうするの?」
とドゥーエがデカい尻尾を左手に掲げながら聞いてくる。
「まずはヒュドラを解体して牙、鱗、毒袋を確保しよう。これだけのサイズがあれば解毒剤はたっぷり作れるはずだ」
侯爵令嬢の分以外は売り払ってもいいかたしかめないと。
「りょーかい。でも人に手伝ってもらったほうがよくない?」
ドゥーエは首をかしげる。
「毒蛇の死体と体液まみれだから、うかつには近づけないだろう。戦い方に反省の余地があるな」
「そうだね」
高ランク冒険者じゃなければ、普通の毒蛇でも致命傷になりかねない。
手伝いを呼ぶには危険すぎる。
「面倒でも俺たちだけでやるしかない」
「うへー、でもがんばろう」
ドゥーエは素直にがんばってくれるので、俺としてもありがたかった。
「毒液だけなら危険だけど、毒袋は比較的安全だな」
刺激しないように持てば毒は出ないからだ。
時間をかけて素材を回収してギルドへ報告に戻る。
「ああ、やっぱり君たちでもダメだったか。金級が来てくれないと」
俺たちを見たとたんおじさんは頭を抱えたので、勘違いを早めに正しておこう。
「ヒュドラなら倒しましたよ。取り巻きたちも。素材回収に時間がかかったんです」
俺は答えてから【精霊のポーチ】からヒュドラの頭部を四つとも取り出し、カウンターのうえに並べていく。
「わたしたちふたりだけだからね。大変だったよー」
とドゥーエも手伝ってくれる。
「う、ウソだろ……?」
「あのヒュドラを、たったふたりで?」
「バカな。金級に救援要請を出すようなバケモノ個体だぞ」
周囲がどよめくが、誰もが信じられないという顔をしていた。
「いや、たしかにあのバケモノヒュドラの頭だ」
「本当にあいつら、たったふたりで倒したのか?」
「騎士団の鎧を軽く砕く牙、かすっただけで重症になる毒、名剣も弓矢もはじく鱗を持っていたのに」
「とんでもないやつらがいるもんだな」
「ルーとセリアってふたり組らしい。知ってるか?」
「知らないな。クストーデ辺境伯で活躍したって評判のふたり組もいるらしいが」
どんどんうわさが広がっていくのは脇に置いておこう。
「毒袋も持ってきたので、解毒剤をつくれると思うのですが」
「毒袋も持ち運びできるのか!?」
おじさんが愕然として叫ぶ。
「ヒュドラの毒袋なんて、一流の薬師や冒険者だって取り扱いが難しいやつなんだろ?」
「あのヒュドラを倒せるんだ。できてもふしぎじゃないだろ」
「それもそうか」
職員たちがいつの間にか増えて、忙しく素材を受け取っている。
「ちょっと待ってくれ。数が多すぎるうえに、素材がすごすぎて、すぐに査定は終わらない。それに領主さまに連絡もしなければ」
おじさん、気絶しそうなくらい顔色が悪いけど、気のせいかな?
「時間がかかるようなら一回引き上げてもいいですか」
やりたいことはいろいろあるので、ここで何もせず待ちぼうけは避けたい。
「かまわないが連絡をとれるようにしてもらいたい!」
おじさんは目を見開いて必死な様子で言ってくる。
「それはもちろんです」
侯爵家の褒賞を逃がす手はないし、余裕もない。
「宿はどこだ? 教えてくれ」
とおじさんがせがむように言ってくるが困った。
「まだ宿はとってないんですよ。今日は軽い調査のつもりだったので」
とっさにウソをついたが、なかなか悪くない気がする。
「そ、そうか。とてもヒュドラと戦いに行く者の装備じゃなかったもんな」
「そう言えばあいつら軽装だな。どうやってヒュドラの毒を防いだんだ?」
なぜかおびえた様子で納得されたし、周囲からも疑問の声があがった。
地神龍の技を公表していいのかわかんないから、ここは秘密だと押し通そう。
「ではこちらが宿を指定させてもらってかまわないか? いい宿を約束する」
とおじさんが提案する。
ギルドの厚意を断る理由はないな。
功績を積み上げていけば、待遇はよくなっていくだろうし。
「わかりました。お世話になります」
おじさんはホッとして【銀の雲】という宿だと教えてくれた。
ギルドを出て左側にある高級宿で、一泊分はギルドが負担してくれるらしい。
宿の部屋に案内されたら、たしかに広くて設備も整ったいい部屋だった。
「ボスの実家よりいいね」
俺が気にしないと知ってるので、ドゥーエの評価に遠慮がない。
「ああ。ナビア商会に負けないくらいだ」
とは言えここでのんびりするのもどうかな。
「さて、ウーノに確認しておきたいことがある」
「そうだろうな」
不可知化を解いて姿を見せた彼女に俺は質問する。
「クワトロは魔物の鎮静化はできるのか?」
「できるはずだ」
ウーノの返事は期待していたものだった。
「じゃあ沈静化させておいてくれ」
「もういいのか?」
「ああ。俺たちだけで複数の場所で活躍するのはまだ早いだろ」
いきなりやりすぎると悪目立ちする。
途中を多少飛ばすのは仕方ないにせよ、階段をのぼっていくつもりでいるほうがいい。
「承知した。ではクワトロには伝えておこう」
あとはほかの冒険者たちが解決してくれるだろう。
アラディン侯爵家にひとつ貸しをつくって恩賞をもらって、今回のイベントは終わりだ。
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