第13話 異世界には押し売りの神がいる

「ちょっ!?」


 つんのめって前に倒れた。首を回してすばやく背後を見る。

 少女の顔があった。

 まさかの神のタックルだ。


 セレリールは紫色の瞳を泣きそうにゆがめ、細い腕で俺の胴をぎりぎりと締めつける。

 けど、それほど痛くはない。

 全力でやれば俺でも振り払えるだろう。


「逃がさないわ! 私の全部を奪っておいて、簡単に帰れるとは思わないことね!」

「そういう罪悪感を煽るような言い方やめてください! 俺は何も悪いことしてないですって! そっちが跪けとか言うから――」

「操心術を拒否したわ。いいから私の使徒になりなさい! 力を与えてあげるわ! そして協力しなさい!」

「本音がダダ洩れですよ!?」

「術が効かなかった以上、隠してても仕方ないわ。私はピンチなの!」

「知りませんって!」


 セレリールは素早く片手を動かした。

 丸い三重の円が浮かび、相互に回転を始める。奇怪な文字が空間に現れ、円環に吸い込まれていく。

 ぴたりと身体が動かくなった。

 まただ。拒否できないやつだ。

 首を回すと、神が悪い顔をしている。

「あきらめろ」と口が動いた気がした。


 Oh my goodness!


「創造神セレリールの名において、祝福を与えます。小さき人間よ、我を崇めたまえ」


 小さな手が俺の背中に押しつけられた。

 とんでもなく部位が熱を持ち、体が白く明滅して視界が光った。

 そして「ふうっ」と心の底から疲れたような息を吐いて、セレリールがよろよろと立ち上がった。


「よ……喜びなさい。これで……はぁっ、ハアッ、か、神はいつもあなたの側に」


 消え入りそうな声で言ったセレリールが前のめりに倒れていく。

 どすん――と倒れ込む瞬間に背中に膝が入った。

 無意識で攻撃とはひどい神だ。


「……とんでもない世界だ。祝福を押し売りする神がいるなんて」


 セレリールは本当に意識を失っていた。

 小柄な体に変わってしまった少女は満足そうな笑みを浮かべ、すうすうと無邪気に寝息を立てている。

 

 苦々しい思いの中、俺は彼女をゆっくり抱え上げ、水晶の上に寝かせた。

 ベッドなのか、体にぴったりだ。

 白いオーラが体の淵を包むように輝いている。

 量も色も消え入りそうだ――限界に近いのは本当らしい。

 ふと視界を巡らすと、周囲の森が端からじわじわと消えていっている。

 ここが消えるのも時間の問題だろう。


「ちゃんと戻れるよな?」


 一抹の不安を胸に、俺は目を閉じてその時を待った。



 ――ベッドの上にいた。



 さっき見た天井だ。無事戻ってこられたらしい。

 体に特段の変化は感じない。

 神の祝福というからには羽が生えるとか頭上に輪が現れるくらいは覚悟していたけど、幸い問題なさそうだ。


 一番の問題は――

 隣に寝ているアルメリーだ。可愛らしい寝間着姿に変わっている。


「ここ、俺の部屋か? それともアルメリーの?」


 小さく首を動かしたが、似たような部屋なのでどっちかわからない。

 片腕はがっちりホールドされている。

 彼女の小さく丸まった寝相は長年しみついたタルの中での姿勢だろうか。

 セレリールの寝顔と同じ、幸せそうな笑顔だ。


「俺、寝られるかな……まあ、今日だけはこういうのもいいか」


 色々確かめたいこともあったけど、初めての仲間のためにも明日にしよう。

 焦っても何もいいことはない。


 ただし、教訓が一つ。


 ――いかなる神にも近づいてはいけない。

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