第6話 それ嫌われてますよ……

 日が完全に落ちた森の中は暗い。けれど、アルメリーさんは当然のように俺を肩に乗せて、跳ぶ用に移動した。

 降ろしてほしいと言ったものの、「遅いから嫌」と手厳しい言葉が返ってきた。

 ぼそっと続けた「お腹減ったし」という言葉とどっちが本音なのかはわからない。


「ついちー」


 門をくぐると、アルメリーさんに乱暴に放り投げられた。

 たぶん、「着いたー」って意味だろう。

 尻餅を着いたまま、ありがとうとお礼を言うと、アルメリーさんが俺の手を引いて軽く立ち上がらせる。

 やっぱりすごい力だ。異世界すごいね。


「さあ、ご飯、ご飯」

「アルメリーさんは家に帰るんですか?」


 その問いに彼女がピタリと動きを止めた。


「家? そんなの無いけど。私、お金無いし」

「じゃあ、どこかに泊まってるとか?」

「ううん。お金無いし」

「それさっきも聞きました。じゃあいつもどこにいるんですか?」

「ギルドの隣のタルの中よ。ガダンが言ってたでしょ?」

「……毎日? タルに住んでるんですか?」

「うん。野宿よりあったかいわ」

「……食べ物は?」

「森で木の実拾ったり、近くの食堂でたまに分けてもらう。あとガダンが時々くれる」

「冗談きついですよー」


 アルメリーさんは三角の耳を何度か動かし、首をかしげた。長い銀髪がさらりと揺れた。

 その目に嘘は無い。

 マジらしい。どおりで体が細いわけだ。


「お強いんですよね?」

「そうよ」

「ギルドで仕事をこなせばお金が手に入るのでは?」

「仕事する時間があるなら、仲間を探す。それに誰かが私に声をかけてくれる瞬間を逃したくないもの」


 凛とした声。

 少しの迷いも感じられない。

 この人にとっては生活より仲間が最優先なのだ。


「でも、なかなか仲間が見つからないと……」

「そ、そうよ」


 アルメリーさんが少しふてくされた様子で歩き出した。

 ギルドの方向だ。

 後ろを少し遅れて着いていく。

 彼女が立ち止まった。

 ちょうど、向かいから5人組が歩いてきた。

 彼女の顔が綻びる。


「あっ、タニアン、この前の話、考えてくれた!?」


 アルメリーがパーティのリーダーらしき人に近づき声をかけた。

 精悍で分厚い胸板の男性。頼りがいのある外観だ。


「アルメリー!? わ、悪いな。もう新しいメンバーは決まったんだよ……魔法使いの子で……ほんと残念だが」


 タニアンはなぜか慌てたように言って、背後の小柄な女性を紹介した。

 魔法使いのルイスと言うらしい。丸顔、切り揃えられた茶色の髪。柔らかい表情は小動物のような愛嬌がある。

 アルメリーさんが「そっか……」とわずかに肩を落とす。


「仕方ないね……」

「じゃ、じゃあそういうことで。悪いな!」


 そそくさと逃げるように立ち去るタニアンの背中を見つめたアルメリーさんは、地面の小石をコツンと蹴った。


 ギルドに着くまでに、それと同じ光景がさらに三度も繰り広げられた。

「私、仲間に入れそう?」

「前衛やるよ?」

「何でもするよ!」

 そして、その度にみんなが言った。

「もう決まったよ」

 アルメリーは「そっか」とだけ口にして、みんなの背中をじっと見送る。

 その繰り返しだ。

 愚痴は一度もこぼさなかった。

 ただ、彼女の眩しいものを見るような顔がとても印象的だった。

  

「じゃ、私はここで」


 ギルドに到着すると、アルメリーは隣の建物との隙間に入っていく。

 積まれたタルをさっと登って向こう側へ。

 この奥が彼女の根城というのは本当らしい。

 屋根もなく、視線を遮るタルだけの寂しい空間。

 雨が降ったらタルの中に潜り込むのだろうか。


「今日はありがとうございました」


 俺はタルに向かってお礼を言った。

 奥から返ってきた言葉は小さな「うん」だった。

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