第39話
リアンは皆と強力してカミラの体力を少しずつ削っていく。
巨人化したカミラは、確かに強力ではあるものの、巨大であること以外の脅威はなかったので、リアンたちが負けることはなさそうだった。
でも。
「うーん、とりあえず人間の蠱毒落ちは成功したけど、このままでは使い物にならないなぁ。皇帝陛下が望まれる、人間を超える存在へ進化は難しそうだ」
男性の呑気な呟きが聞こえた。
リアンはカミラの相手をしつつ、その男性に一瞬視線をやる。
黒髪で黒のローブを着た青年が、近くの屋根の上に立っていた。
「あの男が闇賢者です!」
叫んだのはフリーダ。リアンにも予想はついていたけれど、これで確信に変わった。
「皆! しばらくカミラの相手は任せる!」
リアンは糸を使って屋根を登り、その闇賢者のいる場所へ移動。闇賢者は逃げることなく、悠然とリアンを待ち構えていた。
「……おい。殺す前に一応確認だ。この国の皇帝は、人間を超えることを望んでいるのか?」
「ああ、そうだね。皇帝陛下は、膨大な権力を手にしつつ、ご自身がただの人間に過ぎないことを嘆いておられる。屠竜騎士のように突出した力があるわけでもなく、純白の聖女のように癒やしと浄化の力があるわけでもなく、僕のように特別な魔法の力を持つわけでもない。さらに、寿命はほんの百年足らず。その嘆きは、僕にもわからないでもないさ」
「……まさかだけど、蠱毒の儀ってのは、皇帝を人間を超えた存在に変えるために作られたのか?」
「元々はそうだね。皇帝陛下が望まれて、なんだか面白そうだから僕もそれに協力することにした。そして、研究の過程で魔物を強化する方法も思いついた。僕は実験だけできれば良かったんだけど、研究過程で生まれた蠱毒落ちを、皇帝陛下は軍の強化に使いたいとおっしゃられてね。僕にはどうでもいいものばかりだったから、好きにさせたのさ」
「……そうか。お前って、本当に、他人の命なんてどうでもいいんだな。魔物の命も、人間の命も」
「どうでもいいなんて思っていないさ。命とはとてもかけがえのない大切なものだよ? でも、僕としては他人の命より、この世界の深淵を覗く方が重要なんだ。最優先は研究で、その次に命。その遥か後ろに雑多な諸々があるってところかな?」
「……お前は、倫理観とかがぶっ壊れてるんだな。もはや人間社会で生きていくことが許されないくらいに」
「そうかもしれないね。それで?」
闇賢者が首を傾げる。この青年にとっては、誰に罵られようと、誰に避難されようと、きっとどうでもいいのだろう。
こんなやつに、言葉で何と言っても意味がない。
「……フリーダから、お前は善でも悪でもない、好奇心だけで生きているようなやつだって聞いてた。実際、お前は善意や悪意を持って人の命を奪うわけではないんだろうね。だけど……この惨状を見て、はっきり理解した。お前は、この世界に存在を許されない害悪だ」
「そうだねぇ。世間の人たちは、僕をただの害悪としか認識しないかもしれないねぇ」
「お前とは戦わないで帝国を支配するのもありかと思ってたけど……ダメだ。お前は生かしておけない。お前を生かしておけば、必ずまた何かの災いを引き起こす。たくさんの人が死ぬ」
「僕と戦うの? 君では僕に勝てないよ?」
「……それでも、殺す」
闇賢者は愉快そうに唇の端をつり上げる。
「面白い。蠱毒の儀によって、僕をも超える強力な存在を生み出すことはできるのか? これも実に面白い研究テーマだよ。是非、僕を殺すために精一杯頑張ってくれ給え!」
皮肉を言っている雰囲気はない。本当に、ただ好奇心で、それが可能なのかを確かめたがっている風に見える。
こいつは普通の人の理解を超えている。
「……とりあえず、死ね」
リアンは十本の糸を操り、闇賢者を切り刻もうとする。糸は闇賢者の体に触れることなく、その数センチ離れたところで消失。
「魔力で編んだ強靭な糸、か。通常のアラクネと比べれば圧倒的に強力な糸になっているのだろうけれど、根本的な部分は変わらない。アラクネの糸の研究なんてとっくに終えているし、消し去るくらいはわけないね」
「ちっ。糸がダメなら!」
リアンは致死性の毒霧を生み出す。辺りが毒霧に包まれた。
しかし、闇賢者は平然と立っている。
「毒霧も、結局はただの霧。風魔法で霧を遮断してしまえば、それだけで防げてしまう」
「ああ、そう」
この程度で殺せないだろうことはわかっている。リアンは爪に毒を滲ませつつ、闇賢者に接近。近距離であれば矢のような速度で走れるのに、闇賢者は当然のごとくリアンの攻撃を回避。
それだけではなく、リアンの右腕をなんらかの魔法でばっさりと切り落とした。肘から先が地面に落下する。
「それなりに速いけど、まだまだ常識的な速度だ。その程度では僕には敵わないよ」
「くっそっ」
リアンは糸を右腕を縛り、止血。片腕を切り落とされるくらいは、大したことではない。切り離された腕が残っていれば通常の治癒魔法でも治せるし、フリーダの力があればいっそ腕を生やすことだってできる。
問題は、圧倒的過ぎる実力差。リアンは一般的な兵士を相手に無双できる力を持つが、闇賢者よりは明らかに格下だ。
「さぁ、どうする? アラクネが得意とするのは、糸魔法と毒魔法だよね? その二つで僕を倒せないとなったら、どんな奥の手を見せてくれるのかな? 聖女を下した魔法でも使うのかい?」
「……お前、そもそも私たちと聖女の戦いを見てたのかよ」
「ずっと見ていたよ。聖騎士の一人に持たせていた魔道具を通してね。ああ、ちなみに僕は、君たちが戦っている間、帝都にいたんだよ。屠竜騎士と純白の聖女が負けた後で、わざわざ飛んで来たんだ」
「……そもそも、何しに来たんだよ」
「聖女を連れ戻しに来たんだけど、ついでだから実験もしてるんだ」
「用件だけ済ませて帰ればいいのに」
「せっかく来たんだ。実験ぐらいしたくなるさ」
「まぁ、そうかもな」
ズガン、ズガン、とカミラが町の建物を破壊していく音が響く。皆も懸命に戦ってくれているが、なかなか削り切ることはできていない。
(蠱毒の儀を生き延びて、結構強くなったつもりでいたけど、まだまだなんだな……。私たち、本当に帝国を支配できる……?)
弱気になってしまったが、その気持ちをすぐに振り払う。
(そんなことより、こいつを倒す方法、誰かわからない……?)
リアンは自分自身に問いかける。
残念ながら、妙案は閃かなかった。
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