第36話 我慢

 フリーダによると。


 ワイアット帝国は度重なる侵略行為によって他国から恨みを買い、いつ自分たちが戦争を仕掛けられるかもわからないので、常に国外を警戒しなければならない。主要な戦力を分散させ、国境付近に常駐させておく必要がある。


 国内でも、近年他国を併合した土地では、いつ反乱が起きるかわからない状態なので、反乱が起きても鎮圧できるだけの戦力を置く必要があるし、警戒も怠れない。


 帝都内が比較的手薄になっており、戦力としては主に蠱毒落ちさせた魔物を利用。それは確かに一般的には脅威だし、他国からの侵略には対処できる。


 しかし、聖女であるフリーダは、その蠱毒落ちした魔物を簡単に無力化できる。よって、帝都の防衛は一般の兵士だけを相手にすれば良い。


 帝都には闇賢者もいるが、彼は脅威ではない。彼は帝国の支配者が誰になろうとどうでもいいと思っている。高い戦闘力を誇るものの、自分に敵対するものに反撃するだけで、敵対しない者は無視。国を乗っ取ろうとする者だって放置する。そして、根っからの研究者気質で、研究さえ続けられれば誰の下でも働く。


 屠竜騎士が帝都防衛の切り札だったところ、彼が死んでしまった今、帝都を攻め落とすことは十分に可能。


 また、帝都を攻め落とした後には、蠱毒落ちの魔物を防衛戦力とすれば良い。敵に聖女がいない限り、蠱毒落ちの魔物は圧倒的な戦力となる。



「……なるほど。話はわかった。確認だけど、その闇賢者ってのはどういう人物なの? もう少し詳しく聞きたい」



 リアンが尋ねて、フリーダが答える。



「彼は純粋な探求者といったところですね。物事の善悪をほとんど意識しておらず、良い研究も悪い研究も、無邪気に行います。例えば、私の魔法を研究して、安価で効果の高い薬を作ることもあれば、魔物の体を研究し、蠱毒の儀という残虐な儀式も生み出します。ただ探究心の赴くままに、そのときに興味が湧いたことを研究するという感じです。根底として、誰かを救いたいとも、誰かを傷つけたいとも思っていません」


「……そっか。そういうタイプの異常者か」



 倫理道徳を身に着けていない天才研究者。地球に生まれていたら、何の罪悪感も持たずに人間のクローンとかを作り出しそうだ。


 有能だけど、とても危険。扱い方を間違えれば、多大な被害をもたらす可能性がある。



「その闇賢者と敵対しなければ、私たちでも帝都を落とせる……。だとして、その闇賢者を放置するかどうか……。そいつ、私たちの仇なんだよね……」



 蠱毒の儀を生み出した張本人。絶対に許さない、必ず殺すと誓っていた。


 復讐を優先するのなら、闇賢者を倒せる戦力を整えて帝都に挑むべき。



「ねぇ、フリーダ。その闇賢者と戦ったら、こっちの被害はどれくらいになる?」


「最悪、全滅です。彼の実力が屠竜騎士に匹敵することはないでしょうが……敵も味方も、全てを一瞬で消し去る凶悪な魔法なんかは、帝都に準備しているかもしれません」


「……そう。仇と知りつつ、放置か……。放置どころか、味方にするってことにもなりそう……。うーん、なんかすっきりしないけど、とりあえず無視でいいのかな……? 皆、どう……?」



 魔物たちに意見を求めてみる。


 答えたのは、コンラッドで。



「俺たちは今、リアンを指導者として動いてる。リアンの決定に従うさ。闇賢者はぶっ殺してぇが……避けられる争いのためにまた仲間を失うのは嫌だとも思う」



 他の三人も、同じような意見らしい。神妙な顔で頷く。



「そう……。なんだか、想像していたのとだいぶ違う復讐になるなぁ……」



 蠱毒の儀に関わった連中は、全員殺してやろうと思っていた。


 帝国に味方する者も、徹底的に殺してやろうと思っていた。


 それなのに、聖女も闇賢者も味方にするような流れになっている。



「……一つ、私の考えを述べさせていただくのなら」



 口を開いたのは、しばし傍観者をしていたロクサナ。



「何?」


「大国のトップに立とうとするのであれば、個人の感情を優先するわけにはいきません。復讐したいという気持ちを抑え、本来なら敵である者と手を組むこともあるでしょう。闇賢者でも、純白の聖女でも、その他諸々の人間でも。

 リアンさんが帝国を崩壊させたいだけならば、感情優先でも構わないでしょう。でも、復讐が通過点に過ぎず、その先に本当に得たいものがあるのなら、途方もない忍耐力を持つことも、必要になるのだと思います」


「……そうだね。ロクサナの言う通り」



 復讐が終わったら人生がそこで終わっていい、などとリアンは思っていない。


 復讐の先の人生も見据えている。


 本来の目標を考えれば、復讐は最優先事項ではない。


 リアンは深く溜め息をついて、四人の心強い仲間たちを見る。



「……ごめん、皆。確定ではないけど、闇賢者はこっちの陣営に取り込むつもりで、帝都を攻めようと思う。複雑だろうけど、我慢して」



 反対意見は出なかった。純粋に復讐だけを目標としていたようなコンラッドとレロイも、リアンに従う、と言ってくれた。


 話はまとまって、早速、帝都を攻め落とす準備を始める。


 明日には出発しようと話をしていたのだが……この日の夜に、また事件が起きた。

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