第27話 敵
予想はできていたことだけれど、ルヴィンに蠱毒の儀に関わる者たちは残っていなかった。
リアンはそいつらに固執することなく、町の管理について考えることにした。
ロクサナのような人材を探したが、領主に近しい者にはいなかった。代わりに、ザリナの紹介で冒険者ギルドの支部長を町の管理者に据えようという話に。
リアンたちは冒険者ギルドに赴き、支部長である六十代男性と交渉。
「領主を殺した私が、これからこの町の支配者になる。でも、細かく町の管理なんてやってる暇はないから、実質的な統治はあなたに任せる。私が大体の方針やルールを決めて、あなたはそれに従って町を治める。断りたいなら断ってくれてもいいけど、結局いい統治者が見つからなかった場合、たぶんこの町は崩壊する。私にとってはこの町が崩壊しようがどうでもいいから、対策は練らない。町を大切に思うなら、あなたが統治した方がいいんじゃないかな?」
リアンの話に彼が何を思ったのかはわからない。彼は渋い顔でリアンの提案を受け入れた。
なお、改めてリアンを暴力で排除しようという動きはなかった。町を制圧する際に有力な冒険者を返り討ちにしており、支部長は暴力では敵わないと理解していた。
暴力において上に立つ者は、下の者に無理やりでも言うことを聞かせられる。実に話がスムーズだ。もちろん、無茶な要求をしすぎると反乱を起こされかねず、長期的に見ると面倒な事態になりうるので、要求はほどほどにする。
冒険者ギルドでの交渉を終えてから、リアンは町の治癒所で足を治してもらった。治療費は領主の資産から払ったので、リアン個人の支出はなし。
それから、翌日にはリアンが新しい支配者になったことを町中に通達。多少の混乱は起きたけれど、現状だとトップが変わるだけで市民の生活に変化はない、としていたので、いきなり反乱が起きることはなかった。
町の支配者が誰であろうと、日常生活に支障がなければ大した問題にはならない。シリンにおいてだけではなく、ルヴィンにおいてもそうだった。
ルヴィンの一件が終わったら、リアンたちはシリンに帰還。活動の拠点をシリンにする必要はないのだが、ロクサナが良き相談相手になるので、今後もシリンを重宝することになるとリアンは予想している。
「……とまぁ、ルヴィンでの出来事はこんな感じ。魔の樹海付近ではまだ蠱毒の儀の犠牲になった者がいるみたいだから、当面はそいつらの解放を優先。それが終わって戦力が整ったら、帝都に攻め入る感じかな」
シリン帰還後の午後三時過ぎ。
執務室にて、リアンはロクサナへの情報共有を終えた。執務室には、ロクサナとメイドのジェマの他、リアン、コンラッド、カマウ、ザリナがいて、それぞれソファや椅子に座っている。カミラ、イケ、シファは別室。ついでに、イケの妹であるミラもこちらに来ていて、イケと一緒だ。
「……この町と同じく、ルヴィンもあっさりと落ちましたね。蠱毒の儀を生き残った魔物は、本当に強力です……。まるで神話の神々を見ているかのようですよ……」
ロクサナは、畏怖の籠もった目でリアンたちを見る。ただの人間からしてみれば、たった一人で千人規模の兵を蹂躙できる魔物など、ほとんど神と同義だろう。
「私たちに対抗できる人間はそうそういないよね。いっそ私たちだけで帝都を落とせればいいんだけど……ルヴィンの領主の話を聞くに、まだまだ戦力が足りない……」
まず、帝都には、蠱毒の儀で強化された魔物が各地から献上されているらしい。正確な数は不明だが、十、二十程度ではないかもしれない。帝都に残っているか、戦地に向かわされているかも不明なので、どれだけ戦力を集めればいいのかも曖昧だ。
さらに、魔物以外にも、人間の中でも特別に強力な力を持つ者がいる。数は多くないのだが、その実力者は強化された魔物でも倒せない可能性があるらしい。
突出した実力を誇るのは、現在判明しているだけでも三人。
一人目、純白の聖女。強力無比の聖なる力を扱い、特に魔物に対する攻撃力が高い。人間相手には普通の魔法使い程度の力しか発揮しないが、魔物相手には無敵とまで言われている。その力の一端を込めただけの聖女の石という魔道具でさえ、千人規模の魔物をほぼ無力化してしまう。。
二人目、闇賢者。禁忌とされる研究も積極的に行い、強力な魔法を次々に生み出している。蠱毒の儀も、この賢者が開発したものだと言われている。研究者気質だが、戦闘能力もかなり高いらしい。日頃の研究の成果を発揮し、何をしてくるかわからないところがあるので要注意。
三人目、屠竜騎士。その名の通り、竜を殺す力を持つ騎士。帝国最強とも名高く、竜殺しに限らず数々の武勇伝を残している。一人で中規模の国を落とした実績もあり、一人で一万人の軍勢に匹敵するとも言われる。
リアンたちの帝国支配において、この三人は間違いなく脅威となる。
ただ、この三人相手にも戦いようはある。
聖女は、強力な人間の魔法使いをぶつければ勝てる。おそらくザリナでも勝利できるとのこと。
闇賢者は、そもそも帝国に対する忠誠心など持っておらず、交渉次第で味方にできるかもしれない。とはいえ、リアンたちからすると一番の仇でもあるため、交渉したいとは思えない相手だ。
屠竜騎士は、その力で自分の身をも傷つけており、戦闘の後には十日前後の休養が必要。休養の間に暗殺することが可能かもしれない。なお、己の寿命すら削っており、戦力として多用できないという噂もある。
「簡単には攻め落とせない……。でも、あまり悠長に構えてもいられない。私たちが既に帝国支配に向けて動いてることは伝わってるだろうから、帝国側が早急に私たちの討伐を試みる可能性はある。戦力の充実は急いだ方がいい……」
リアンの呟きに、ロクサナも同意する。
「そうですね。帝都の情報は入ってきていませんが、既に討伐軍が動いている可能性は十分にあります。戦力の整わないうちに殺してしまえ、と。少なくとも、私ならばそうします」
「そうなると、カマウの解放に成功したからって、ゆっくり休んでもいられない。かといって、無理をして体を壊すのもいけない。……コンラッド、カマウ。今日は休んで、明日、別の町を攻めよう。行ける?」
「俺は今からでも行けるくらいだ」
「我も問題ない」
「ん。コンラッドは気合十分だけど、今からというのは流石にやめておこう。無理をしたくないのと、いつ強敵が攻めてきても対応できるだけの余力を残しておきたい。こっちが疲れ切ったところを狙われたら困る」
「確かにそうだな……。今日のところは休むのが良さそうだ」
直近の方針を決めたところで、リアンはカマウに確認。
「ねぇ、カマウ。改めて確認だけど、私たちはこれから帝国を支配して、最終的には世界中に影響力を持つ覇権国家の成立を目指してる。魔物だけでやれれば良かったけど、流石に戦力が足りないし、人間とも協力していこうと思ってる。私もコンラッドも内心複雑なんだけど、目標のために手段は選ばないつもり。カマウも一緒に戦ってくれる?」
ルヴィンからの帰路で、リアンたちの目指すものは共有している。そのときは共有するだけにしたが、一緒に戦うかどうかは、聞いていなかった。
「……リアンたちは、人間を滅ぼそうというのではなく、人間を支配下に置きながらの共存を目指している、ということだったな」
「うん。そうなるね」
「我は……我らの村を滅ぼした者たちを憎む。決して許すつもりはない。しかし……人間全てが敵だとは思っていない。村が滅んだあのときも、我らを守ろうとして戦い、死んでいった人間がいる。人間は良き隣人だという認識が、なくなったわけではない。全ての人間を支配下に置きたいという気持ちは、我にはない」
「……そう。なら、別々に戦う?」
「いや、ここは共闘する他なかろう。我一人ではきっと何もなせぬ。無闇に暴れ回った後、人間に討伐されて終わる。良き未来を得るには、暴力だけではなく、望む未来を思い描く想像力が必要だ。今の我には、どんな形であれ、魔物と人間が共存する未来を上手く想像できない……。断絶する他ないとさえ思ってしまう……」
「……うん。断絶するっていうのも、正直、一つの道だと思う」
「だが、我は人間との断絶も望んでいない。我は……今でも人間を嫌いになりきれぬ。人間と過ごす満ち足りた時間があったことを、忘れることができぬ……」
カマウの目に、優しい光が宿っている。
なんとなく、だけれど、リアンはある可能性に思い至る。
「……カマウって、人間の誰かと恋仲だった?」
カマウが一瞬目を見開き、目を泳がせる。
「そういうわけでは……ない……。恋仲などとは、違う……。共に暮らした時間が、あっただけで……」
「……カマウって、男だよね? その相手は女性?」
「……そうだ」
「カマウは何歳で、その女性は何歳?」
「我は二十六。あいつは、二十四だった」
「ふぅん……」
二十四歳の女性が、二十六歳の男性と一緒に暮らす。それはもう、そういうことだろう。
でも、明確に恋愛関係にあったわけではないのかもしれない。お互いにそういう感情があったとしても、明確にはしていなかったのだろう。
ちなみに、この世界のオークは、基本的に人間の女性に性的な興味を持たない。オーク男性はオーク女性を求める。
それでも、心を通わせ合えば異種族間で恋愛感情が生まれることはある。
「まぁ、話がちょっとそれたけどさ。カマウが魔物による人間の支配を望まないなら、それでもいい。最終的にどんな未来に至るのかは、現状ではわからない。
ただ、私たちが協力することで、未来を選べる状況にはなると思う。人間を支配下に置くのか、対等な存在とするのか。私たちがバラバラに戦えば、未来を選べる状況にさえ、至らない。
帝国は今後も魔物を戦闘兵器に作り変えるだろうし、いずれは魔物全てを支配しようとするかもしれない。皆で、私たちにとって最悪の未来は、回避したい」
「……そうだな。それには大いに同意する。最悪の未来だけは、共に阻止しよう」
「うん。……コンラッドも、問題ない?」
「うむ。問題ない」
「それじゃ、話はこんなところかな。……あ、ついでだけど、コンラッドって何歳?」
「俺は二十五だ」
「そっかそっか。なら、私だけだいぶ年下か……。年下が仕切っちゃてごめんね」
「構わん。年上が必ずしも偉いわけではないし、お前には指導者としての素質を感じる」
「そう? カマウも、特に問題ない?」
「問題ない」
「ん。これから集める仲間も、そう言ってくれればいいね……」
真面目な話し合いも終わり、少し弛緩した空気の中、リアンはコンラッドとカマウの二人と交流する。
復讐を果たそうとする最中、憎しみだけに染まらない時間を、リアンは好ましく思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます