第23話 狩り

「コンラッド! こっちは片付いたから加勢するよ! 逃げてるやつらは私が捕まえる! オークのカマウには、コンラッドと一緒に戦ってもらう! 一緒に言っていっても、連携とかはいらないだろうけど!」


「了解した!」



 リアンが声を掛けて、コンラッドは威勢よく返事。コンラッドとカマウは一度視線を交わし、頷き合う。



「共に戦おうぞ! オークの戦士よ!」


「そうだな! リザードマンの戦士よ!」



 即座に男の友情でも芽生えていそうな雰囲気で、二人は共闘を始める。



「おいおいふざけんなよ! あのオークまで敵に回ってるじゃないか!」


「こんなの勝てるわけないだろ!?」


「ちくしょう! なんでこんな戦いになってんだ! 俺たちが何をした!?」


「俺はもう逃げる! やってられるか!」



 この世界、あるいはこの国の軍において、敵前逃亡がどれほどの罪になるのか、リアンは知らない。兵士は常備兵ではなく、普段は一般人として生活していて、必要な時に徴兵されるのが大半と聞いたことがあるから、規律も少し緩いかもしれない。


 日頃から兵士としての心構えを持って過ごしているわけではないのなら、強敵を前にして逃げるのはごく自然な反応だ。


 ただし。



「私が来たからには、もう誰も逃げられないよ」


「うわぁあああああ!?」



 リアンは逃げ出そうとした兵士に糸を伸ばし、巻き付けて、その体を引っ張る。カマウのような規格外の腕力を持っている相手でなければ、リアンの腕力でも簡単に引き寄せられる。


 また、殺してしまうこともできたのだけれど、コンラッドとカマウが一人でも多く殺したがっているようなので、仕留めるのは二人に任せることにした。



「結構遠くまで逃げてるやつもいるけど、まぁ、追いつけないことはないかな。けど、その前に……」



 リアンは、まずはその辺に散らばっている三十程の死体を一箇所に集め、糸魔法で作った網で包む。


 これは重しだ。逃げている兵士たちに糸を巻き付け、引き寄せてから、リアン側の糸をこの重しにくっつける。糸は粘着力も自由に変えられて、並の兵士には到底引き剥がせないようにもできる。この重しが足かせとなり、兵士たちは逃げることができなくなる。


 準備を終えたところで、リアンは狩りを開始。


 比較的近くにいた十人の兵士たちに糸を飛ばし、引き寄せてから、重しに固定する。



「や、やめてくれ!」


「俺たちは何も悪くない!」


「俺たちはただ、上の命令で動いてるだけだ!」



 兵士たちの言い分も、リアンは理解できる。蠱毒の儀なんて行っているのは上層のごく一部だろうし、侵略戦争を是とする者も同様だろう。


 責任を取るべきは指導者だけ。それは確かなことだ。


 それでも。



「正論を言われて考えが変わるくらいなら、復讐なんてしてないよ」



 リアンは、引き続き逃亡者の確保に努める。


 数百メートル離れていようと、リアンの速度には敵わない。二本の足を失っても、並の人間の足には負けない。


 リアンは散らばっている兵士たちを追いかけ、捕まえ、コンラッドとカマウのところへ引きずっていく。



「いやだああああああああああ!」


「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!」


「誰か! 誰か助けてくれ!」


「くそ! なんだこの糸! なんでこんな細いのに切れねぇんだよ!」



 兵士たちの悲痛な叫びが、リアンの悲しみに満ちた記憶を刺激する。


 村の皆も、こいつら以上に泣いて、苦しんで、死んでいった。


 本来なら許してやりたくなるところだろうに、逆に怒りが湧いてしまう。



「お前たちは……全員、殺す」



 逃亡兵を捕まえて、引きずって、コンラッドたちの前に置き去りにする。


 それを何度も繰り返す。


 やがて逃亡兵をあらかた捕まえて、リアンは見える範囲で最後の一人を引きずって歩く。



「やめてくれ! お願いだ! 僕にはまだ幼い妹がいるんだ! 僕がいないと、飢えて死ぬしかない! なんでもする! 寝返ってもいい! 頼むから見逃してくれ! 僕は死ぬわけにはいかないんだ!」



 リアンはちらりと振り返る。声に幼さが残っていて、まだ十五歳くらいの少年だった。


 この国では、徴兵されるのは二十歳前後から、というのが通例らしい。けれど、そもそもちゃんとした戸籍もないので、厳密ではない。戦えそうな体力があれば徴兵される、くらいのもの。


 この少年は、顔こそまだ幼いが、体格は良い。それで兵士として駆り出されたようだ。



「……たぶん、お前は何も知らないんだろうね。私たちがどうしてお前たちを殺し尽くそうとしているのか、なんてさ。一応、最期だから教えてあげるけど、私たちの村は人間に滅ぼされたんだ。死ぬわけにはいかないと思っていた人も、死にたくなかった人も、未来があるはずだった子も、私以外、皆死んだ。お前たちのせいだよ。だから、私もお前たちを殺す。殺し尽くす」


「僕は何も知らない! 何もしていない! 君たちの敵じゃない! たまたまこの土地に生まれただけなんだ!」


「そうだね。お前は私の敵じゃないのかもしれないね」


「これからは君のために戦う! 人間だって殺す! お願いだ! 殺さないでくれ!」


「……妹の名前は?」


「ミラだ! 今五歳! 両親とも流行り病で亡くなってて、僕がいないと生きていけない!」


「ミラ、ね。わかった。ここでお前たちを皆殺しにした後、ルヴィンに行ってそのミラって子も殺してあげる。二人で一緒に死んだら、残していく不安もなくなるよね?」


「ふ、ふざけるな! なんでそうなるんだ!? ミラに手を出すな! ミラに手を出したら、絶対に許さないぞ!? たとえ殺されたとしても、必ず、必ず、呪い殺してやる!」


「死人には何もできないよ。死んだ人はもう戻ってこない。戻ってこないんだ……」



 少年兵はまだ何かと喚いていたが、リアンは情けをかけることはしない。


 コンラッドたちの方ももう片付いていて、この少年兵が最後の一人だった。



「最後、どっちがやる?」



 コンラッドとカマウが顔を見合わせ、それからカマウが一歩前へ。


 兵士たちを殺しまくって多少すっきりしたのか、いくらか冷静に見えた。



「……リアン。そいつは、まだ子供のようだな。戦士にしては幼すぎる」


「うん。十五歳くらいじゃない? それがどうかした?」


「……妹が、いるとか」


「聞こえてた? 本当かは知らないけど、言ってたね」



 カマウが渋い顔をして、少年兵の隣で膝をつく。



「少年。名前は?」


「……イケ」


「年齢は?」


「……十五歳」


「人間を裏切ってでも、生きたいか?」


「……それで、妹が生きられるなら」


「そうか」



 カマウは数秒目を閉じ、思案して、それからリアンを見る。



「この少年を、我に預けてくれないか?」


「……そいつ、どうするつもり?」


「我の従える兵として育てる」


「生かすの? まだ若いから?」


「そうだな。こいつはまだ若い。流石に殺すのは忍びない」


「ふぅん……。カマウ、人間全部が憎い、とまでは思ってないのかな?」


「オークの村は、少なからず人間と交流をしていた。人間全てが外道ではないことも知っている。だから、悪に手を染めていない少年兵一人くらいであれば、生かしておいて良いと考える」



 深い憎しみを抱いているはずなのに、カマウの目には優しさが垣間見える。リアンやコンラッドとは違う何かが、その胸の内にあると感じられた。



「……そう。カマウがそう考えるなら、私はそれでも構わない」



 カマウとは友好関係を築きたい。復讐最優先ではなく、カマウの意思を尊重することも必要だろう。



「私はカマウの好きにさせていいと思ってるけど、コンラッドはどう?」


「……俺は、リアンの判断に従う」


「そう。わかった。……良かったね、イケ。死なずに済んだよ。カマウに感謝しな」



 イケは体を起こし、涙の浮かぶ目でカマウを見つめる。



「あ、ありがとう、ございます……。このご恩は、必ず返します……っ」


「……我に恩など感じる必要はない。救ったのではなく、殺さなかっただけだ。恩も感謝もいらんから、お主は、ただ我らのために戦え」


「はい……っ。わかりました……っ」



 話はまとまって、この場での戦いは終わり。


 カマウはリアントもコンラッドとも違う考えの持ち主のようで、いつか道を違えることになるのかもしれないが、今のところは、心強い仲間と思っていいだろう。

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