第8話 情勢

 リアンが二人から聞き出した話によると。


 ワイアット帝国は、前々から他国を侵略して支配下に置くことを是とする国だった。そんな中、ここ五年程は特に他国への侵略を積極的に行っていて、領土を拡大している。


 ワイアット帝国の近隣にあった無数の小さな国々を取り込んで、今では帝国領としている。ノヴァ大陸の西側四分の一程度を領土にしつつ、さらなる領土拡大を狙っているのだが、大国である東のイブリン王国、南東のタニア王国、南のクレメンタイン連邦が、その侵攻を阻んでいる状態。


 現在は拮抗状態にあり、ワイアット帝国はノヴァ大陸内での領土拡大を止めている。


 その一方で、海に乗り出し、別の大陸や島国に向かい、領土拡大を続けている状態ではある。


 ワイアット帝国が領土拡大を続けるのは、国内の統治体制的に侵略戦争が必要になる、という側面もあるらしい。


 他国を侵略し、その土地や資源を奪い、国内の有力な貴族たちに分け与える。それが社会秩序を保つための手段の一つになっている。その様相は、日本の戦国時代に似ているかもしれない。当時の日本は、やたらと国内で戦争をして、土地を奪ったり奪われたりしていた。


 ただ、やはり侵略戦争を続けるのは、皇帝の意向も大きいようだ。前皇帝は比較的穏健派だったが、五年前に即位した新皇帝は、全世界を我が物にしたいという途方もない野望を抱いているらしい。


 その野望を叶えるため、皇帝の指示で非人道的な行為が行われている、という噂も流れているが、世間一般に詳細が知られているわけではない。


 ワイアット帝国の姿勢を、周辺の国は問題視している。最近では、ワイアット帝国対他の全世界、という構図に近づいているのではないかとさえ噂されている。いくら強大なワイアット帝国とは言え、流石にそれでは勝ち目がないのではないか、と不安視されているが、ワイアット帝国は止まらない。


 世界情勢として聞き出せたのはそのくらい。奴隷にした二人は一般の冒険者であり、世界情勢について事細かに知っているわけではない。テレビもネットもない世界だから、これだけ知っているだけでも上等だろう。


 ちなみに、魔王的な存在はいないようだ。昔々はそういうのがいたそうだが、もうお伽噺の世界。


 その他、人間社会の常識などについても確認した。


 文明レベルとしては中世くらい。蒸気機関も電力も一般的ではない。長距離の移動には今でも馬車が使われている。ただ、魔道具の開発によってかなり快適な生活が送れているようで、ガスコンロ、水道、明かりなどの代用品は一般人でも利用可能。


 アラクネの村ではあまり便利な魔道具が普及しておらず、かなり原始的な生活を送っていたので、それと比べれば文明は発達していると言えそうだ。


 それと、リアンにはあまり馴染みがなかったが、冒険者という職業が存在する。魔物を狩ったり、町を移動する際の護衛を務めたり、雑多な用事を引き受けたりする仕事だ。厳密には総合依頼請負人という名称の方が正しいのだが、色々と紆余曲折あって、今では冒険者という名称で落ち着いている。



「……なるほどね。色々と教えてくれてありがとう」



 ある程度情報を聞き出せたところで、リアンは礼を述べた。三人とも地べたに座って話していたのだが、二人の反応は薄い。俯いたまま、リアンに目を合わせない。


 そういう態度を取られることをしたという自覚はあるので、リアンは特に気にしない。



「ところで、二人の名前ってなんだっけ? 私はリアンだけど」


「……カミラ」


「……あたしはニコール」


「赤い方がカミラ、青い方がニコールね」



 カミラは肩に届くくらいの髪を後頭部で一本に結っており、活発そうな顔立ち。装備は片手剣と丸盾。


 ニコールは髪をショート丈にしており、切れ長の目が凛々しい。装備は槍。



「二人とも十五歳くらい?」



 答えたのは、カミラ。



「……わたしもニコールも十五歳。魔獣の討伐とかの依頼を受けられるのは、十五歳以上の冒険者。わたしたちは、そういう仕事を始めたばかり……」


「そっかそっか。盗賊みたいな男たちに襲われたり、私に遭遇したり、災難だったね。理不尽に憤る気持ちは、私も理解するよ。だからって、二人を解放してやるつもりもないけど」



 理不尽に憤るのなら、他人に理不尽を強いるべきではない。


 その理屈も、リアンは理解する。自分のしていることが正しいことではないとも、理解する。


 理解はするのに、行動を改めようとも思えない。心に負った深すぎる傷は、真っ当な判断をさせてくれない。



「そうだ、もう一つ訊きたいんだけど、ワイアット帝国で、魔物を戦争で戦わせてる、みたいな噂とか聞いたことない?」



 カミラとニコールが顔を見合わせ、首を傾げる。二人とも、何も知らないようだ。



「知らないか。じゃあいいや。知ってるとしたら、貴族とかの支配者階級かな……。この近くに町はあるんだよね? そこに案内してよ。知ってそうな人に訊く」


「……あ、案内したら……あなたは、町を滅ぼすの……?」



 カミラの目は不安気に揺れている。



「滅ぼすのはまだ早いかな? 近々帝国を滅ぼすなり支配するなりしようとは思ってるんだけど、自分の実力が本当にそれに見合うだけのものなのかはわからない。下手に動いて、私に勝てない敵を送り込まれても困る。まずは状況把握だよ」


「そう……」


「町には家族でもいる?」


「それは……その……」


「ああ、家族がいるんだ。今すぐどうこうしようとは思ってないから安心しなよ。それどころか、いずれ何もかもどうでもよくなって、結局何もしないかもしれない。いい加減なやつでごめんねー」



 カミラからの返事はない。リアンは特に気にしない。



「さ、とにかく町に案内してよ。それとも、残りの人生、ゾンビとして過ごす?」



 カミラとニコールが首を横に振る。



「……わかった。案内する」


「案内はするけど、ねぇ、モーラの遺体を持ち帰ってもいい? ここに放置するんじゃなくて、ちゃんと弔ってあげたい……」


「モーラって、私が首を落とした子? これを持ち帰っちゃうと、不審な何かがいるってバレちゃうかもなぁ……。まぁ、いいか。そのときはそのとき。好きにしなよ」


「ありがとう……」



 ニコールは背負い袋を広げ、モーラの頭部を入れる。首から下は、大事そうに背負った。



「……ねぇ、一つ訊きたい。あんたは、何者なの? もしかして、帝国に滅ぼされた国の人……?」


「私が何者かについては黙秘するよ。私たちは仲間じゃないし、二人がいつ私を裏切るかもわからない。っていうか、いつか二人は私を裏切るだろうって前提で私は動いてる。勝手に想像しておけばいい」



 リアンは立ち上がり、暗い顔の二人に向けて続ける。



「そう暗い顔しないでよ。理不尽だけを強いても、二人がなりふり構わず私を殺そうとするだけってのはわかってる。二人が私の忠実な奴隷である限り、私は理不尽に二人を罰しないし、痛めつけもしない」



 それが救いになるのかどうか。


 カミラとニコールは、相変わらず暗い顔で、町に向かって歩き始めた。

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