第13話

「ただいま」

「おかえりなさい」

 ラズに突撃された。

 学校は休暇に入り、フィーガの家に。

「おかえりなさいませ。今回はリンドブルムです? ナサロクです?」

 フィーガが出迎えに。

「今回は予定なし。ジュライは卒業したら国王になるから、その準備。シオンも何かやることがあるみたい。だから今回はギーブル国内のどこかに行こうかな、と考えている」

「そうですか」

「サジュ様が来たら隠れているから、どっちかに行っているって言ってもらえれば」

 追いかけてこられない。クロフトは苦笑。

「シター?」

 シターも出てきていたが、浮かない表情。

「あ、はい、おかえりなさい」

「国からの手紙がこの数ヶ月届かないので」

 クロフトが小声で。

「こちらから出してはいるのですが」

 返事が来ない。

 グラナートとあの国の将軍は連絡を取り合っている。グラナートなら何か知っているのかもしれない。

 アニクスが帰ってきたのだ、挨拶に来るだろう。エレーオと一緒に。その時にでも聞けば、と考えていた。


「あ、姉上」

 戻ってきて五日。昼過ぎに水を飲もうと課題を置いて、部屋から出たところ、ラズが声をかけてくる。

「シターと一緒じゃないの?」

「そのシターがいないの」

「いない?」

 ラズは頷く。

「クロは」

「クロもいない」

 シターの傍には番犬兼友人の犬、クロがいる。

「シロ、クロをさがして」

 シロは首をかしげてアニクスを見上げている。

「クロを捜すんだ、シロ」

 ラズが言うと、シロは鼻を動かす。

 一緒にいる時間が長いからか、シロやクロはアニクスよりラズ、シターの言うことを聞く。

 シロはラズ、シターの使っている部屋に。クローゼットを前足で引っかいている。中から小さな声も。クローゼットの前には椅子が。

 椅子をどけ、クローゼットを開けると、クロが出てくる。出てきたかと思えば、どこかに。クロについて走った。


 見つけたのは家の外、町中。シターは後ろからクロに飛びつかれ。

「シター?」

「あ」

 アニクスを見ると、

「ごめんなさい、見逃してください」

 走り出そうとしたが、クロに邪魔され。よく見ると、シターはかばんを。買い物に出る、にしては多すぎる。

「詳しく話しを聞きましょう」

 アニクスはシターの右腕を掴み、近くのカフェに。

 犬がいるのでテラス席のある店を選んだ。本当は動物お断りなのだが、アニクス達、シロ、クロのことをよく知っている店長の好意で。そのシロとクロは足下で大人しく寝そべっている。

「で、どこに行こうとしていたの」

「どうしてどこかに行こうと」

 鞄を指す。

「正直に話せば、見逃さないこともない」

「本当、ですか」

「場所による」

 シターも勉強している。どこか行きたい場所ができても。だが行きたければ言う。誰にも告げずに行くなど。

 迷っているのか、なかなか答えない。その間に注文したケーキがテーブルに。

「……ロディ、です」

「シターの国」

「はい」

「どうして」

「五ヶ月ほど手紙がこなくて。僕の居場所がばれないよう経由しているので、どこかで何かあったのかもしれません。でもこれほど届かない、連絡がないのは始めてで」

「心配でいてもたってもいられなくなった」

「はい。僕の国です。一人で行こうと」

「どうやって」

「乗合馬車を使えば行けるのは知っています」

 町で聞く、調べれば。

 ロディがどうなっているか知っているのはグラナート。だがグラナートも半月、一ヶ月前の情報。隣国ではない。情報はすぐ入ってこない。

「だから、見逃してください。クロは置いて行きます」

「クロは連れていっていいよ。友人兼番犬。シターの犬だから」

「でも」

「置いていっても追いかけるって。ロディ、ロディ、か」

 アニクスは空を見上げる。うーん、と唸り、シターへと顔を戻す。

「どうしても行きたい」

「はい」

 まっすぐ見返してくる真剣な目。

「それじゃ、今日は戻ってきちんと準備しよう」

「はい?」

「だから、準備」

「あの、まさか、アニクスまで」

「もち、行く。今回の休暇、特に予定はなかったから。今年はロディに決定」

 軽く。

「でも、国がどうなっているか」

「シター一人ひとりで行くよりはいいんじゃない。辿り着く前に誰かにさらわれたり、宿だって子供一人は。野宿なんてしたことないでしょ。お金は?」

「送ってくれたお金があります」

「子供が一人でお金持って旅していたら、狙ってくれって言っているようなもの」

 シターは十二歳、だったか。

「うう」

 シターはうつむき。

「それにフィーガやフィーガの奥さん、クロフト、ハルディが心配する」

「それはアニクスが行っても」

「さっきも言ったけど、シター一人よりはいいんじゃない。いつかのように書き置きしていくから」

「いいんで、しょうか」

 シターは困惑顔。

「はい、そうと決まれば戻って荷造り。明日出るよ。ラズは」

「行く」

 元気いっぱい即答。

「う~ん、私としてはフィーガの家にいてほしいけど」

「行く。つれていってくれないなら、フィーガに今の話するよ」

「おおう、脅してきた」

「わかって言っているでしょう」

 シターは呆れて。

「まあ、シロとクロがいるから二人の身は護ってくれる。余程がない限り」

「ぼくもシターも、クロフトに剣を習っているよ。シロとクロも」

 習っているとはいっても実戦は。クロ、シロならかみつき、動きを封じる、牽制けんせいできる。

「あ、このことはフィーガ達には内緒ね。ばれたら全員外出禁止になるから」

「本当にいいんですか。一人より心強いですけど」

「どういう状況か見て、帰ってくる。危険ならすぐ帰るよ。シターには悪いけど、何かあったら将軍に合わせる顔が」

「……はい」

 返事はしているが納得していない。おそらく危険な状態でもシターは。

「戻ってこっそり荷造りしないとね。ラズの分は私がするから」

「ぼくだって自分で」

 ラズはむくれて。

「余計なものは持っていけないから。シターのも確認するから」

「はい」

 あきらめたように大人しく返してきた。


 自分の荷物、ラズ、シターの荷物をフィーガ達に黙って用意。用意した荷物を隠し、何事もないようにフィーガ達と話し、食事して過ごした。

 翌日、フィーガ達の目を盗み、シター、ラズと少し出てきます、と行き先を書かず、手紙を置いて、家から出た。乗合馬車に乗り、町からも出る。

 念のためカディールにも手紙を送った。カディール達がどこにいるかわからないから、ミリャ経由だが。ミリャ達は近くの町に手紙が届く家をかまえており、三日に一度その家に取りに行っている。

 ロディはレルアバドの隣国の隣国。最短で行くのならレルアバド、隣国を通り、ロディへ。レルアバドを避けて行くのなら日数もかかる。アニクス達が住んでいるのはギーブルとレルアバドのさかい。レルアバドには一時間ほどで行ける。だが乗合馬車。あちこちに停まり、天候、道の状況によっては一時間以上かかる場合も。

「こことレルアバドは今、戦中いくさちゅうじゃないから、身分証とかいらないけど」

 戦中なら国から簡単には出られない。入るのも。

 レルアバドは今、どことも戦はしていない、はず。学校にはレルアバドの者もいる。ニノは話さないだろうが、どこかから攻められる、どこかを攻めたのなら、耳に入らないはずない。

 レルアバドに入れても隣国、そしてロディに簡単に入れるか。

 アニクスの顔はレルアバドの民には知られていない。もちろんラズも。それでもレルアバド国王の住む城付近には近寄らず。とはいえ、首都を囲む八つの領地しかレルアバドには残っていない。以前は倍あった。それほど取られ、移った。

「姉上?」

 ラズとシターは外を見ていた。ラズに声をかけられ、思考から戻る。

「この町で降りるんでしょ」

「そう。今日はこの町で宿をとって、明日は行ける所まで行く」

 明日中には隣国に入れるだろう。

「隣国に入ればロディの情報収集。今はいいけど、隣国についたらシターは」

 顔を隠せるフード付きの服か、かぶりものを。

 乗合馬車を降りて、明日の時間を確かめる。

「朝一は厳しいね」

 ラズ、シターは寝ている時間。

「次は昼近く。これにしようか」

「朝早くても大丈夫です」

 早く行きたいシターは。

「うん。でも隣国の乗合馬車がどうなっているか」

 行き先によっては、一日一回しか出ない場合も。

「起きられたら、朝一の馬車にしようか。さすがに三人分の荷物、ラズ、シターを抱えて走るのは。ん、荷物はクロとシロが持てる?」

「……起きられたらでいいです」

 アニクスが自分の荷物、ラズ、シターを抱え、シロ、クロが二人の荷物をくわえて走る場面でも想像したか。

「それじゃ、宿探して、夕食にしよう」

 シターも乗合馬車の時間を確かめていた。


 翌日、アニクスの思った通り、二人は起きられず。早目の昼食にして、乗合馬車に乗り、隣国に移動した。


「お嬢さん達は姉弟?」

 移動中の馬車の中で声をかけられた。かけてきたのは中年の女性。

「はい」

「どこからどこまで」

 間者かんじゃたぐいではない。世間話。馬車の中でこうして行き先を聞いてくる人は珍しくない。そこに行くのならこれを見ればいい、食べればいい、と教えてもくれる。

「レルアバドからロディまで。親戚に会いに」

「ロディ。あの国に今行くのは、やめておいたほうがいいよ」

「どういうことです?」

「あの国は今またこの国と揉めている。何年か前にも攻めた。二年くらいやりあっていたかしら。抵抗され、すべては落とせず。ロディにかかりきりになっているすきにレルアバドが動いたようで、一旦退くことに。ロディはその間も取り戻し続け、一部取り戻せなかったけど、大半を取り戻して。ここは大きな国じゃない。兵の数も。ロディにレルアバド、両方から攻めてこられては」

 この国もギーブルが攻めたのに便乗して、レルアバドの地を取っていた。

「結局、レルアバドは攻めて来なかったけど。ロディがそういううわさを流したのでは、とも」

 グラナート、か?

「そのおかげで取り戻せたようなもの。一時は落ち着いていたけど、五、六ヶ月前だったかしら。また攻め始めた。行くのはやめておいたほうがいいよ」

 念のためシターは顔を隠している。

「乗合馬車は」

「ロディ行きはないよ。行くのは商人か兵。一般人は行かないよ」

「そうですか。教えてくれてありがとうございます。宿でじっくり考えます」

 乗合馬車を降り、本日の宿を探す。

 何事もなければ乗り換えてロディへ、だったのだが掲示板を見てもロディ行きは一時休止と。

「私としては帰ることをすすめるけど」

 シターを見た。

「ここまでついてきてくれて、ありがとうございます」

 シターはアニクスに向かい深々と頭を下げる。

「一人で行くの?」

「はい」

 ラズは不安そうにアニクスを見上げ。

「どうしても」

「はい。ここまで来ました」

 シターにすれば何年ぶりの帰郷だろう。将軍が会いに来た時でも帰るとは、帰りたいと聞いた覚えも。もしかしたらクロに話していたかもしれない。

 アニクスは息を吐き、

「歩きで行くわけにはいかないでしょ。行ける所まで乗合馬車で行って、そこからは歩きか、馬がいれば。とにかく今日は休む」

 本日の乗合馬車はもう出ない。出るのは明日の朝。

 シターの後ろ襟を掴み、建物が並んでいる方向へ。

 納得したのか、シターは大人しい。


「うーん、気持ちを表したような天気だねぇ」

 小雨が降っている。そんな中、馬車に揺られ。

「あの、どうしてアニクス達も」

「シター一人で行かせられるわけないでしょ」

 ラズも頷いている。

「あまりに酷い状態なら、抱えて帰る。少しでも落ち着いているのなら、将軍かあの女の人見つけて、話す」

 護身用に剣は持ってきている。薬も。カディールが来てくれていればいいが。

 手紙を出して五日。昨日あたりついて、運が良ければ読んでいる。

「シター一人ひとりで行って、いつかのようにつかまったら、将軍達に合わせる顔が」

「うう」

 シターは落ち込み。

 捕まった時と違い、シターの傍にはクロがいる。シターがクロを遠ざける、クロが倒れない限り、シターの傍。それはラズのシロも。

「本当はカディールが来るまで待ちたいんだけど」

 来るかどうかわからない。仕事中なら。

「カディール?」

 ラズは首を傾げ。

「腕の立つ傭兵団。師匠が来ていたら、引っ張ってきていたか、お金で釣れたんだけど」

「お金で人がつれるの? 魚みたいに」

「あ~、なんというか、師匠の場合は」

 ラズは、へえ~と。

 問題はどうやってロディに行くか。行くのは自由、自己責任。ロディへの道もふさがれていない。ロディから逃げてくるのも。

「これ降りたら早いけど、今日は宿で休む。シター一人で動かない。歩きにしても馬を借りるにしても、野宿になるかもしれないから。食料の準備もしないと。天気も気にしないと、雨の中、野宿は」

 今は小雨だが本格的に降るようなら、宿で何日か。

 道中も賊や兵に気をつけなければ。今までアニクスが対峙たいじしてきた相手とは違う。

 小雨の降る外を見ていた。


 翌日、雨は激しく、雷まで。さすがにこの状態で外に出るのは。

 宿の窓からロディの方向を見ていたシターは雷の光りや音が激しくなると、部屋の中央へ。

 ラズは寝台の上で布団をかぶっている。

 何か気のまぎれるもの。本かトランプ、遊べるものがないか、宿の主人に聞きに行こうと部屋を出ようとすれば、二人は不安そうにアニクスを見ていた。


 さらに翌日は快晴。

「行けますね」

「行けるね」

 晴れた空を見て、シターとアニクスは。

「歩き、ですか」

「ううん。商人に乗せてもらう。なんでもロディの入り口はここの支配下だから、商売している人達は物資やらなにやら頼まれていて、行っているみたい」

 物の流通を止めればあちこち混乱する。

「城近くが一番危ないとか」

 ロディは小国。馬で休まず、眠らず駆ければ一日で回れる、らしい。

「とりあえず、荷馬車の隅に乗せてもらって、着いたら考えよう」

「行き当たりばったり、ですか」

「何か他にある」

「いえ」

 シターは反論せず。

「僕だけでは辿り着かなかったと思います」

「顔は隠したままでいてね。この国は、王族はシターのおばあ様しかいないように思っている」

「はい」

 商人の荷馬車に揺られ、ロディへ。

 兵は積荷をちらりと見ただけで詳しく調べず、簡単に入れた。

 商人に礼を言うと「気をつけて」と一言。

 まず腹ごしらえと情報収集。

 町を歩く。思ったより兵は少なく。一般人も普通に歩いていた。

「うーん。兵は前線? にいるのかな」

 ベンチに座り、買ったパンを食べていた。その前線の場所もそれとなく聞き、場所はわかったがそこに行くのが正解かどうか。

「たぶん、ロディ側もあちこちの町に情報収集、物資調達の人がいると思うんだけど。さすがにシターに顔出して歩いて、と言うのも」

「僕の顔は国の人にそれほど知られていないと思います。両親はよく国内を視察していたみたいですけど、僕は留守番で」

「どうしよう。馬借りて、進もうか。ロディの兵を捜すか」

 だがロディの兵に怪しまれれば。馬を借りて、というのも無断拝借。ラズ、シターには言えない。

「今日はこの町で宿泊、ですか」

「う~ん、それも悩んでいるんだよね。進むだけ進むか。今から休んで朝早く、もしくは夜中に出る。前線近くになればどちらの国の兵もいる。この町は兵が少ないから」

 今は昼。早く家族の無事を確かめたいシターの気持ちもわからなくないが、焦っても。

 王族を捜している、ということは、まだ捕らえられていない。

「どちらが動きやすいです」

「……夜中、かな。馬で休みながら走っても昼過ぎには城近くまで行ける、と思う。途中で何事もない限り」

 兵に出くわせば。ロディならいいが隣国の兵なら。

「暗くてもシロとクロがいる。鼻がいいから私より先に見つけてくれる」

 シター、ラズはそれぞれ自分の犬を見ている。

「それなら今から休んで夜中に動きましょう」

「大丈夫?」

 いつもの就寝時間とはまったく違う。

「眠れなくても、休むだけでも」

 シターはともかく、ラズが心配だ。いざとなればアニクスにくくりつけて馬で駆けなければ。

「それじゃ、休む宿を探そう。私は用意のため宿とったら、出るけど」

「わかりました」

「起きなければ叩き起こすからね」

 アニクスは冗談をにじませ。

「はい。お願いします」

 シターは笑顔で返していた。



 星明り、月明かりの下、進む。聞こえるのはひづめの音、虫の声、時折梟      ふくろうの声も。

 無断拝借したのは隣国の兵の馬。アニクス一人に子供二人くらい。

 街道を走っているので間違うことはないと思うが、兵に見つかる可能性が。兵に見つからないようになら、別の、整備されていない道。初めての地。迷うこと確実。いつ将軍達に会えるか。危険だが確実な道を。

 夜中ということもあり、誰もいない。いるとしたら賊。えば振り切るしか。

 馬で追いかけられてこられたらどうしよう、と嫌な考えに。

 休憩をとりながら、駆け続けた。


 周囲が見えるほど明るくなってから行く先に町を発見。

「あの町で休憩しようか。休みながらだったけど、馬上だったから」

「はい」

 シターは力なく。ラズは眠そうに。仮眠を取ったほうがいいだろうか。そんなことを考えながら町に入ったが、眠気も吹き飛ぶ状態に、目を見張った。

 あちこち壊されている。争ったとした思えない跡。しかも新しい。煙は上がっていないので火事にはなっていない。

 アニクスは馬を降り、歩く。シター、ラズは馬上。いざとなればシターに手綱を預け。

 初めての地なのでどこをどう歩けば。歩いていると、叫び声が。

 シターとラズはびくりと震え、声の方向を。アニクスは周囲を見て、無事な建物に。安全、人がいないことを確認して、馬とラズ、シターを入れる。

「様子見てくるから、ここにいて。じっとしてて」

 二人は不安そうな顔をしながらも頷く。

「シロ、クロ、頼んだよ」

 二匹を撫で、建物の外へ。

 声はとぎれとぎれ響いている。声が聞こえるということは人がいる。その声の方向に。


 慎重に進んでいると、地面に人が。周囲を見回し、

「大丈夫、ですか」

 一番近くにいる者に駆け寄り、かがんで声をかけた。小さくうめいているので、生きている。

 手当てしたほうがいいだろう。他にも倒れている人が、と駆け寄った人から目を離した。手当てできるのは一人。重傷の者から、目の前の、と考えていると、いきなり手首を掴まれ、

「っ」

 倒れていた者がゆっくり顔を上げる。

「いっ、ぱん、人、か」

 かすれた声。顔は血と土に汚れ。

「あなたは、ロディの?」

「何を、している。ここは、危険。早く、逃、げろ」

 危険と言っているが兵はいない。ここに来るまでも兵の姿を見ていない。

 逃げている者を追っている? どこか別の場所で争って。いたら音が聞こえるはず。

「奴が、戻って来る前に、逃げろ」

「奴?」

 どこに逃げれば。手当てを、と言う前に、兵は大きく目を見開いている。

 アニクスを見て驚いているのかと思ったが、違う。目線はアニクスの背後。

 アニクスも振り返る。そこにいたのは。

「……トカゲ?」

 人の大きさをしたトカゲ。黒いうろこおおわれ、二本の足で立ち、両手に抜き身の剣を持っている。よろいはつけておらず、軽装。その服は汚れている。

「失敗作」

 内から響く声。驚いている竜の気配。

「失敗作?」

 声に出して返した。

「逃げ、ろ」

 兵はアニクスを弱々しく突き飛ばす。

 トカゲ人間はアニクス達に向かって。倒れていた兵はなんとか立とうと。

「あれは奴に力を与えられた人間。どうしてここに。奴に力を与えられるだけの力があるはずは」

 内の竜も戸惑っているようだが。

「静かに考えていて」

 アニクスはげている剣を抜き、向かってくるトカゲ人間と剣を合わせる。

「うわっ」

 力が違う。簡単にはじかれた。

 落ち着け、落ち着けと呼吸を整える。

 赤い瞳。口からは赤い舌がちろちろと。

 尻尾しっぽはないんだ、とどうしようもないことを考えていた。

 トカゲ人間は「シャァァ」と声を上げながらアニクスに向かってくる。兵はよろよろと立ち上がり「逃げろ! 」と叫んで。

 まずは動きを。アニクスの力は普通の人並み。イオは並以上あると。リンドブルム国王が教えてくれた。シオンも力は人並み。竜により強化された能力は人によって違うらしい。同じなのは傷の治りが早い。それでもシオンはアニクスより力がある。持久力も。力は男女の差、だろう。持久力は竜の力、かも。アニクスは三人の中で一番速い。力はイオが一番。

 ムキムキになりたかった、と考えていれば「そんなこと今考えるな! 」と竜に怒鳴られた。

 攻撃は読める。大振りでかわしやすい。だが一撃一撃は重く。地面まで振り下ろされた剣は道にひびを。

 アニクスは剣を繰り出すが、皮膚が硬く、斬れない。

 柔らかそうな場所は。

 目。

 目まで強化されていたらどうしよう、と考えながら目を狙う。速さはアニクスが上。

 目を狙うが顔を動かし、かわされる。トカゲ人間の攻撃は読みやすいが、当たれば致命傷。

「うわっ」

 新たな声。見たくても見られない。今、視線をらせば。

「カディール、こっち、こっちに人が何かと」

 聞き覚えのある名前。トカゲ人間と距離をとり、声の方向を見た。

 小さな人影が大きく、見覚えのある人物。

「カディール!」

 アニクスが叫ぶとカディールは小さく首を傾げ。

「呼んだ本人。アニクス!」

「ああ、嬢ちゃんか。大きくなったな。一瞬誰だか。ん? 失敗作?」

 カディールに宿やどる竜も同じことを考えているらしい。

「話しは後。今はこいつを」

「おお」

 カディールは頑丈そうな両刃の長剣を抜く。

 アニクスが使っているのは片刃の剣、刀というらしい。色々試し、これが一番合っていた。

「皮膚が硬い。剣で斬っても傷つかない」

「ほぉ、っ!」

 カディールも声と共に剣を振る。しかしトカゲ人間は左腕で受け止め。

「イオ!」

「おお」

 イオと呼ばれた男もカディールと同じ頑丈そうな長剣。

「かたっ」

 それでも浅く傷が。

「お前らは倒れている奴らを」

 カディールの指示に呆然としていた仲間は我に返り。

 アニクスもカディール、イオに加わり、目を狙う。


 一人が三人に増えたためか、なかなか仕留められないからか、トカゲ人間は苛立たしそうに剣を振る。時折、人の言葉を発し。

 話せる、会話できるのか。

 トカゲ人間はイオの剣を弾くと距離をとり、その場から大きく跳躍。

 倒れている者を狙うのか。アニクスは救助している者の近くへ。

 だがトカゲ人間はアニクス達とさらに距離をとる。あとは背を向け。

「追いかける?」

 アニクスはカディールの傍に。

「いや、まず状況確認だ。何がなんだか」

 カディールは片手に剣を持ち、片手で頭をかいている。

「私も何がなんだか、なんだけど」

「あれは間違いなく失敗作」

 アニクスの口からアニクスではない声が。また勝手に。

「ああ。間違いない。奴が力を与えたもの。しかし、奴に新たに作る力は」

 カディールの声も変わる。

「考えられるのは」

 のは?

「竜の時、体を変える前に眠らせていた」

「冬眠状態、ということか。まぁ、竜の時ならできないことも。今のあれは敵、味方の区別がついている?」

 敵、味方関係なく襲っていたと。

「不利をさとり、逃げた。少しは考えられる、ということだ。考えられないのは、ただただ争い続けていた。自分がどうなろうとも」

「そう、だったな。それなら、奴が近くに」

 アニクスとカディールは周囲を。

「もう少し考えてみるか」

「そうだな」

 そう言うと黙る。

「だって、久しぶり、カディール」

「ああ、久しぶりだな。さっきも言ったが見違えた」

 カディールはアニクスの頭をぽんぽんと。

「見違えたのはイオだって。背だって私より高くて、カディールみたいにたくましくなって。で、そのイオは」

「奴を追っているんだろう」

「大丈夫?」

「そこそこで戻って来る。大丈夫だ」

 カディールは笑い。

「でも、あのタイミングで来てくれて助かった。私一人ならどうなっていたか」

 大きく息を吐く。

「ミリャから連絡もらって、な。嬢ちゃんがロディに向かっている、手を貸してほしいと連絡が来た。ロディは今、めているからな。急いで来たわけだ」

「仕事中だったんじゃ」

「ないない。次はどこ行くか考えてたとこだ。それで、嬢ちゃんはどうしてここに。あれがいるってわかって」

「ううん、偶然」

「偶然?」

「ロディの関係者預かっていてね。手紙がこなくなったから、一人で行こうと」

「一緒に来た。来たら」

「あれがいた」

 互いに息を吐いた。

「無事か!」

 新たな声が響く。見ると、これまたどこかで見た顔。

「しょ、将軍」

 負傷していたのはロディの兵か。

 将軍はカディールの仲間達を怪訝けげんな目で。

「お久しぶりです、将軍」

 アニクスは馬上の将軍に近づいて行く。将軍はアニクスを見て、小さく首を傾げた。将軍と会うのも何年ぶりか。

「あなたの大事なものを預かっている者、ですよ」

 アニクスは小さく笑う。

「ま、さか」

「ええ。来ています。一人で来ようとしていました」

「何を考えて」

 将軍は頭を抱え。

「今は隠れています。それと、この方々は私が護衛を頼んだ傭兵団です」

「傭兵、ですか」

「将軍、奴が、奴が現れて。彼女と、その者が。我々の手当ても」

 よろよろと将軍に近づいて行く兵。

「助けてもらったようで」

 将軍はカディールに向かい頭を下げる。

「いや、倒せなかった。追い払っただけだ」

「あの~、迎えに行っていいです? 詳しい話しはその後で」

「あ、すいません。私はここで指示しなければならないので」

「俺も。イオが戻ってきたら話さないと。一人で大丈夫か?」

「あのトカゲ人間がこない限りは」

「そうか。気をつけて行け」

「うん」

 シター達の元へ、駆けた。

 二人と合流すると、泣き出しそうな、ほっとした顔をされ。ラズにはいつものように突撃された。


 将軍達は近くの村に町の住民と避難している、らしい。

 その村は近くに町ができたため、交通のことを考え、住民は徐々にそちらに移り住み、誰もいなくなった。

 将軍はシターを見ると、叱りたい、会えて嬉しい、何から言うべきか、複雑な顔を。

 シターはシターで申し訳なさそうに。

 移動中。

「すべて変わったのは、あの化け物が現れてからです」

 トカゲ人間のことか。

「我々がねばるので隣国の兵も疲れ、二年で退き始めました。長々と戦を続けても両国なんの得もありません。損だけ。さらにレルアバドがこの隙にとられた地を取り戻そうと動いている、という噂もあり」

 将軍も疲れた息を吐いている。

「大半は取り戻し、一部は取られたまま。このまま落ち着いてくれたのなら、それでもいいのでは、という意見も。しかし、あれが、あの化け物が現れた」

「普通の人間にしてみれば厄介な存在だ。小さな町なら一体で一日で滅ぼせる」

 竜は起きて話しを聞いているらしい。ちらりとカディールを見ると、なんともいえない顔。同じことを聞かされているのだろう。

「そこからはあの化け物一体に押され」

「隣国の兵は」

「まったくいないことはないのですが、いても十人ほど。あの化け物の見張り、指示を出しているというか」

「その指示を出している者を攻撃する、とかは」

「なかった、と思います。はっきりとは」

「いつから動いていたか知らないが無差別に攻撃するなら、隣国もただでは済んでいない。人の言葉が通じ、言うことを聞くだけの能力はある、ということか。成功作、か」

 竜はうなっている。

「ここを破られれば次は城。やっと取り戻した城を再びとられるわけには」

 将軍もうめくように。

「着きました。ここでお休みください」

 家ではなく、テントが張られ、将軍や兵が戻ってきたことにほっとしている者が。

 整備された道、街道からは離れた場所。通ってきた道も道とはいえず、草木が生い茂り。案内がなければ迷ってしまいそう。誰も通らないから自然の迷路になったのだろう。

 交通を考えるのなら、整備された、通りやすい道が近くにあるほうが。

「あなたはこちらに。すいません、アニクス様も」

 馬から降り、シターと顔を見合わせる。そろって説教、だろうか。

 カディールに目配せして、将軍の後をついて行く。あちこちにテントが張られて。将軍に声をかける者も。

 一つのテントの前まで来ると、

「失礼します」

 声をかけ、テントを開く。大きくはない。二人が入れるくらいのテント。

「無事だったのですね」

 中から女性のほっとした声。

「ええ。そこでお会いしたかたがいまして」

「会った?」

「どうぞ」

 将軍はシターを中に。

 シターが先に入り、アニクス、一緒に来ていたラズはテントの前。シロ、クロも。

 中で座っていた老齢の女性は目を見開き、シターを見ている。それはシターも。

「どうして、ここに。あなたは」

「ごめんなさい。手紙がこなくなったので、心配で。お久しぶりです、おばあ様」

 おばあ様、ということは王族。なぜここに。城では?

 老齢の女性はシターに手を伸ばす。

「一人、ではないわね」

 無事を確かめるよう顔に触れ。

「はい。アニクス、お世話になっている方に」

 シターが見ると、女性もアニクスを見る。

「は、初めまして」

 長い白髪を一つにまとめ、そこらの人と変わらない質素な服。傍にはシターに会いに来ていた女性。

「初めまして。孫がお世話になって。しかも我がままでこんな所まで」

「いえ、ラズ、弟の遊び相手になってもらって。私は学校があるので、助かっています」

「学校?」

「シュルークです。今は休みなので」

「それでも、こんな所まで」

「一人で来ようとしていたので」

 アニクスは苦笑。

「それもそれで」

 右頬に手を添え、息を吐き、呆れた目でシターを見ている。

「えっと、私はこれで。知り合いとこれからのことも話したいので」

「知り合い?」

「傭兵団です。護衛を頼まれていたようで」

 今まで黙って、話しを聞いていた将軍が。

「いたんですけど、会ったのはここに着いてからなので」

「あれにい、追い払ってくれたようで」

 シターの祖母、女性もトカゲ人間のことを知っているのか、驚き、

「怪我は」

 声も震え。

「私と傭兵団は無傷です。けど、こちらの兵は」

「生きていますよ。あなた達が遅ければどうなっていたか」

 将軍はそう言って笑ってくれるが。

 二人はほっとした顔。

 もっと早く来ていれば。

「考えても仕方ない。お前ともう一人のすえで倒せ」

 内の竜は大変なことを軽々と。

「それでは、私は一旦」

「ええ。こちらもどうするか決めなければなりませんので」

 将軍も頷き。

 久々の祖母と孫の再会でもある。もる話も。

「あ、クロはシターの犬だから、返さなくていいよ」

 シターの傍にいるクロを見た。

「はい」

 ここに来るまでもずっと傍にいた。今も。

 テントから離れ、カディールの姿を捜す。先に見つけたのは、

「イオ」

「ん、ああ、アニクスか。相変わらず細いな。小さくなったし」

「イオが成長したんだって」

 以前は同じくらいだった。顔つきも大人っぽく。どことなくカディールに似て。

「カディールは」

「仲間内で話している。あれの話、か」

「うん、倒さないといけないから」

「大きな声じゃ言えないけど、倒せるのはオレ達だけだろうな」

 傲慢ごうまんにもとれる言葉。だが事実。

「動きを合わせたいから、後で手合わせして」

「ああ」

「イオ、と嬢ちゃんも一緒か」

 話し終えたのか、カディールが声をかけてくる。

「これからの話をしようと。ラズ、ここで話しているから」

「うん。散歩してる。ここから出ないし、シロも一緒」

 言わなくてもわかっている。

 ラズはシロを連れて歩いていく。迷子になってもシロがいれば。

「倒せってか」

「カディールの竜もそう言っている?」

「ああ。だが聞きだせることは聞きだせ、だとよ。あれは奴が力を与えた人間。何百年も眠らせていたとしても、起こしたのは奴。そして国の奴らに渡したのも。今まで何も掴めなかった。ようやく尻尾しっぽを掴める」

「隣国にいればいいんだけど」

「そうなったら、リンドブルムの王子様も呼ばないと。その王子様は一緒じゃないのか」

「なんか用があるらしくって」

「オレ達だけで大丈夫だって」

 イオは笑っている。

「ミリャも呼ぶか」

「げっ」

「げ?」

 イオは嫌そうに。

「ミリャと何かあった?」

「いや、ミリャはいいんだ。かっこいいし、頼りになる」

 それは頷ける。

従姉妹いとこに好かれちまってな」

「誰が、誰の?」

「こいつが、ミリャの」

 カディールがしたのはイオ。

「……」

「ミリャの先祖はああなった人間を元に戻そうとしていた。何かしらの薬を持っているかもしれない」

「でも作れなかったって、聞いたような」

「それなら弱らせる薬。あいつは硬い。竜ほどじゃないだろうが、斬るのは苦労する」

「なるほど」

 ミリャにもこの数年会っていない。

「どうやって連絡とっているの」

「これだ」

 カディールはどこからか小さな笛を取り出し、吹く。細く高い音。

 カディールが見ているのは空。

 アニクスも見上げていると、上空から影が。

 カディールが太い腕を上げると、その腕にとまる鳥。

 タカ? ハヤブサ?

「こいつがミリャの所まで手紙を運んでくれる。といっても軽いものだ。分厚いものはバランスを崩してうまく飛べない。誰かにとられる」

 ほうほう、と聞いていた。

「それじゃあ、ミリャが来る、連絡が取れるまでじっとしている?」

「オレは明日、あの町を見回る。じっと待っていられない」

「私もそうしようかな。カディールは」

「ここの偉い者と話して、だな。詳しく聞きたい」

「あ、報酬なら払うよ。私が頼んだから。相場そうばは師匠に聞いて知っているし」

「その師匠と来なかったのか」

「師匠捕まえてたら、カディール呼んでないよ。どこで何をしているのか」

 アニクスは息を吐いた。

「嬢ちゃんからもらうのは悪い気もするが、こっちも仕事だ」

「バイトして稼いだからね。使うのは食べることだけだし」

 食堂は無料だが売店、学校外は。

「どんなバイトしていたんだ」

「賊退治とか、誰もやらない体力使う掃除」

「学校が賊退治」

 カディールはなんともいえない顔。

「小物だって。今回みたいな正規の兵、いや、あれは兵じゃない? 学校には傭兵とか騎士になりたい人もいるんだし」

「無理はするな」

 カディールはアニクスの頭をぽんぽんと。

「これで無理なら、大本おおもとを倒すなんて夢のまた夢、だね」

「その通り」と竜は頷いている。今回はいつ寝ているのか。

「そうだな。嬢ちゃんも末で、竜を宿す者だ。ごちゃごちゃ言っていられないな。だが、無理はするな」

「うん」

 初めて会った時も思ったが、父親とはこういうものだろうか。

 アニクスに父の記憶はない。生死もわからない。ギーブル国王は父というより国王。フィーガもよくしてくれるが父、といった感じではない。リンドブルム国王は父? いや伯父? 親しみやすい親戚。

早速さっそく手合わせだ。あいつが現れた時、協力して倒せるように」

「うん」

「やりすぎてへばるなよ」

 カディールは笑い。

 イオと一緒に広い場所に移動した。

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