第8話

 予定を早めての帰宅。

 フィーガの屋敷が近づくと、ほぅ、と安堵の息。来年は行かなくて済む。

 サジュのあの様子だと王子か国王の誕生日パーティーに大勢の前でアニクスと付き合っている、結婚すると恐ろしいことを大声で言いそうだ。そうなったらナグマの息子が暗殺する、かも。

 アニクス一人の馬車。正確には一人ではない。大きなバスケットには子犬が二匹。エサや水は気をつけて与えていた。しつけ方も聞き。宿にもこっそり持って入り。

 馬車が停まり、扉が開く。

「ありがとうございます」

 開けてくれたイレクに礼を言い、かばんと子犬の入ったバスケットを持つ。

「お持ちしましょうか」

「大丈夫です。お世話になりました」

 頭を下げる。

 なぜか国王、友人兄弟、両親の乗った馬車も停まり、降りてくる。別れてどこか別の場所へ行ったとばかり。

 馬車が停まったことで使用人がフィーガを呼びに行ったのだろう。フィーガとクロフト、ハルディが使用人をともない現れる。

「おかえりなさいませ、姫様。お久しぶりです、陛下。姫様を送っていただき」

「いや、私もこちらに来たことがなくて、来たいと思っていた。頼みがあって」

「頼み、ですか」

 フィーガの眉がぴくりと動く。クロフトは持ちましょう、と鞄やバスケットに手を伸ばす。

「息子達を三日ほど預かってもらえるか」

「「は?」」

 フィーガと声を揃える。聞いていたクロフト、ハルディ、使用人も驚いて。

「その間に私は視察と観光。護衛はバルトスとイレクがいる。他にもいるが」

 国王は小さく笑い。

「少なすぎるのでは」

「この町の治安は良いと聞いている。一時は荒れていたようだが。フィーガ殿が治めるようになってからは良くなった、と」

「住民の協力もあります」

「それなら大丈夫だろう。私達は別の宿をとる。子供達だけでも預かってくれれば」

「あねうえ~」

 元気な声が響き、駆けてくる姿。

「ラズ」

 落ち着いて、と思っても遅く、こけた。

 あ、これ大泣きする。

 と思ったが、泣かず、起き上がり、突撃。

「おかえりなさい、あねうえ」

「ただいま。良い子にしていた?」

「はい」

 大きく、元気な返事。クロフト、ハルディを見ると苦笑。苦労したようだ。

「知り合いの子を預かっています。騒がしいですよ」

 フィーガは国王に。

「二人にお土産」

 アニクスは屈み、バスケットを開ける。子犬が顔を出し、

「犬!」

 ラズは顔を輝かせ。

「ラズとシターのお友達。どちらがどちらを飼うか二人で決めて。名前も」

 子犬はバスケットを出ようとしている。が、ここで出られたら。

「どんな時も傍にいてくれる。でも」

「でも?」

「嫌なことされたら、いない。ラズも嫌なことされたら嫌いになるでしょ」

 情けない顔をして頷いている。

「嫌われない限り、ずっと一緒」

「ずっと?」

「そう。今日からずっと一緒」 

 ラズは恐る恐る子犬に手を伸ばし、子犬はその手をぺろりとなめる。なめられ、驚いて手を引っ込め。

「シターと話して、どちらにするか決めて。明日必要なものを買いに行こう」

「必要なもの?」

「ごはんに首輪」

 今は他の子犬と区別するためにつけたリボンを首に。

「はい!」

 再び元気な返事。

「それでは私が連れて行きましょう。ラズ」

 ハルディが子犬が入ったバスケットを持ち、ラズを手招き。

「私も後で行くから」

 ラズはもう子犬に釘付くぎづけ。

「ずっと傍にいられないから」

 今はいるが、年が明ければ。寂しい思いをさせる。その寂しさを少しでもやわらげてくれれば。特にシターはいつ帰るか。いざという時には番犬として。

「しつけは私もするから」

 フィーガを見上げた。

 フィーガは息を吐き、

「さらに騒がしくなりますね」

「両親は優秀な猟犬だったよ」

「猟犬。なんて犬を」

「だから、しっかりしつけるって。良犬りょうけんになるように」

 誰彼だれかれかむ、吠えないように。

「このように騒がしいですよ。姫様の連れて来たお土産もあります」

「あの子の他にも」

「ええ、もう一人。もう一人はあの子より年上でしっかりしているので、迷惑はかけないでしょう」

「にぎやかなのはどこも同じ、だな」

 国王は王子を見ている。

「そちらで何かありました?」

 何かしたのかと聞きたいのだろう。

「サジュ様がきた」

 アニクスはうんざりと。

「……」

「サジュはこちらにも」

「ええ、来ていましたよ。何度も。ばかりか、彼と付き合っている、結婚の約束をしている、という女性が何人も来て、姫様をののしっていく、胸倉を掴む、平手打ちされそうにも」

「サジュ」

 友人兄は眉間を押さえ。

「彼の父親に伝えておく」

 国王も頭が痛そうに。

「他に来た貴族は」

「いません。彼が抑えてくれていたのでしょう。それは感謝しています。ますが」

 それ以上に迷惑だった。

「騒がしくてよろしい、急なことで大したおもてなしはできませんが。それでよろしいのなら」

「ああ、かまわない。知らせもせず、急に来たのだから」

「では、陛下もどうぞ。部屋は用意します」

「宿を」

「宿の者も驚くでしょう。宿泊客も。ばれれば住民が押し寄せますよ」

 そういえば初めてだと国王は。ばれたら見物、命を狙う者もいるかもしれない。

「部屋の準備ができるまで応接室でお待ちください。町を歩かれるのなら、二、三人護衛をつけます」

 国王は王妃様を見ている。

 休憩はあったがずっと馬車。聞いていた使用人は伝えに静かにこの場を去る。

「休ませてもらおうか」

「それなら応接室に」

「そうだ、フィーガ殿は大きな熊を倒したと聞いたが」

「誰がそんなことを」

「カディール・ゲオルギウスって人。傭兵団の頭」

 アニクスが口を挟む。国王達は噂で知ったのだろう。

「なぜ傭兵団と」

「賊の残党を追っていたようだ。アニクスにも助けてもらった」

 やばい。

「ほお、それはそれは」

 フィーガの怖い視線。クロフトはフィーガほど迫力はないが似たような目でアニクスを見ている。

「た、大半たいはんは護衛の人が」

「その話は後で聞きましょう。普通の熊ですよ。尾ヒレがついたのでしょう」

「ふむ、では手合わせをお願いしても」

「父上」

「陛下」

 王子と兄弟の父親は驚いている。もちろんイレクも。

「ご冗談を」

「冗談ではなく本気だ」

 これでアニクスの賊の件を忘れてくれるといいが。

「噂は色々聞いている。是非」

 国王はにこにこと。フィーガは困っている。クロフトも。


 折れたのはフィーガ。訓練している、剣を振っている場所へ。城ほど広くないので訓練場とはいえず、庭の一角。

 訓練用の剣を構えて、国王、フィーガは向き合っている。

 アニクス達は離れた場所で見学。王子兄弟と友人弟は興味津々に。クロフト、友人兄と父親、フレサ、イレクは心配顔。王妃様と友人母は応接室。フィーガの奥さんがもてなしている。

 アニクスとしてはラズ、シターの元へ行きたかったのだが。ハルディがいるので大丈夫だろう。


「フィーガの奴、手を抜いているな。相手は誰だ」

 見学していると、頭上からそんな声。この声は。

「国王様相手に本気出して怪我させたら大事おおごとになるよ」

「国王。あれが国王。なんでここに」

「師匠はお金借りにきたの?」

「タイミングが悪かったな。いや、いいのか。奥方に」

「師匠」

 呆れて見上げる。

「師匠、カディール・ゲオルギウスって傭兵知ってる?」

「ああ。会ったのか」

「うん。同じだった」

「そうか」

 それだけで竜関係だと気づいてくれたようだ。他にも人がいるので詳しく話せない。

「師匠はフィーガの友人、なんだよね。フィーガの逸話って」

「でかい熊倒した。猪も、だったか。人の背丈より高く大きな岩を剣で真っ二つ。数十人の賊相手に一人奮戦して勝った。他にも色々。本気で怒らせないのが身のためだ」

「……それ全部」

「真実。本人は尾ヒレがついたって言ったんだろうが」

「……」

「結婚して落ち着いたな。それまで父親は弟に家督を譲るか悩んだそうだ。体のあちこちにその時の傷がある」

「ああ」とクロフトは納得した様子。

「知らなかったの、クロフト」

「そんな理由でついた傷とは知りません。訓練の時についた傷だと。人助けしたとも。グラナート様もおっしゃって」

「賊に襲われている家族を一人で護った。それとは別に、荷物の護衛に雇った者が逃げて、賊に囲まれている商人をたまたま通りかかったあいつが助けた。どっちも名乗らず、礼も受け取らず去ったって。助けられた家族、商人は泣いて感謝していたとか。なんで礼を受け取らないのか。もったいない」

「どうして知っているの」

「国内で有名だからだ。こっちじゃない。レルアバドで。人相覚えていれば」

「人助けは尊敬しますが、熊や猪は」

 クロフトはなんともいえない表情。

「若い時は無茶してたってことだ。国王もきたえていたって話だからな」

「あの国王を」

 ぱっと思い浮かんだのはレルアバド現国王。

「先王だ。今の根性なしの国王鍛えてどうする。その前に逃げてる」

 納得。

「現国王も馬鹿な王だよな」

「なぜ?」

「ボルシェとバッルートをレルアバドから追い出した。大人しくお前にぺこぺこして、実権握っときゃ、領地取られることもなかった」

「私は」

「王様にならないのはわかっている。だから代理の王として収まっときゃよかったのに。欲出すから。もしくはお前をどこか条件のいい国に売って、仲良くしましょうと」

「ヴォルク」

「本当のことだろ」

 クロフトは師匠を睨み、師匠はどこ吹く風。

「あの国王の娘も傾国といえば傾国だな」

「えっと、国を傾けるほどの美女ってこと」

「そうは見えませんけど」

 ……クロフト。

「国を傾けるほど金を使うってことだよ。どうせなんでも欲しいもの与えて我がままに育ってんだろ。そんなの嫁にしてみろ」

 師匠は肩をすくめている。

「それに比べりゃこいつは金かからん。一人じゃ何もできない貴族と違い、放り出されてもたくましく生きていく」

「そんなことさせません」

「そうか、だったら頑張って鍛えろ。こいつを護れるくらい」

 師匠はアニクスの頭をつんつん。

「どこのどいつに似たのか。泥棒捕まえてたし、な」

「師匠!」

「姫様」

「違う、椅子を投げたら、たまたま当たったの」

「見ていない所で何しているか」

 またまたやばい。話をらす、変えないと。

「師匠とフィーガ、どっちが」

「俺」

 最後まで言っていない。強い、と聞こうと。

 その師匠の顔目掛けて訓練用の剣が飛んでくる。師匠は軽々避け。

「今日は退散した方がいいな。じゃあな」

 素早くその場から立ち去る。

「すいません、姫様。油断してしまい」

 フィーガが寄ってくる。

 わざとだ。師匠が来ているのを知って、それとなく。

「ところでヴォルクは」

 やっぱり。

「今日は退散するって」

「そうですか。今日のところは撃退できたようですね」

「フィーガ」

「なんです」

「貸した方がいいよ。フィーガが貸さないと、師匠、知り合いの女の人に借りるから」

「……」

「女の人は返さなくていいって言ってるみたい」

「そう、ですか。そうですか。今度会った時にじっくり話しましょう」

 これは、二、三時間の話では終わらない。

「もうよろしいでしょう」

 フィーガは国王を見た。

「ああ。リゲル、手合わせするか」

「あ、はい」

 王子は父親の元に。

「ラズの所に行ってもいい?」

「そうですね。お疲れでは」

「平気。馬車に乗ってただけだから」

「今日は出て行かないでくださいよ」

「わかっています。明日行けなくなっちゃう」

 約束を破れば、明日は外出できなくなる。

「夕食前に話を聞きましょう。何があったのか、じっくり」

「はい」

 こちらも長い話になりそうだ。


 いきなりの客。しかも国王の滞在に使用人達は大変だっただろう。アニクスでさえ知らなかった。知っていれば知らせた。

 大人数での夕食。広い部屋とはいえ国王の住む城や別荘ほど広くない。人数が増えたのでテーブル、椅子を増やし、せまく感じる。

「名前は決まりそうですか」

 ハルディが聞いたのはシター、ラズの足下でご飯を済ませ、丸くなっている子犬。

「いえ、まだです」

 シターが答える。

「いくつか考えたのですが」

 決まらなかった。

「姫様も考えていたのでは」

 クロフトは小さく首を傾げ。クロフトはフィーガを手伝っていたので、アニクス達と一緒ではなかった。

「生クリームとホイップクリーム」

「却下しました」

 ハルディの冷たい声。

「チョコとバニラ」

「一応残っています」

「スイカとメロン」

「食べ物ばかりですね」

 クロフトの乾いた笑い。

「二人で決めた方が良い名前になりそうです」

 ハルディの言う通りなのだろう。

 ラズとシターのことは夕食前に国王達に紹介している。ラズはアニクスに隠れていた。


 夕食が終わると大人達は大人達の時間。アニクス達は応接室に。寝るにはまだ早いので仲良く話しでも、ということだろう。お菓子はないがミルクやお茶といった飲み物が置かれていた。

 ラズはどこかに。いつもだったら、アニクスを引っ張るのだが、引っ張らず子犬が後を。何か見せたくて取りに行ったのか。クロフト、友人兄と明日のことを話していた。

「あねうえ」

 戻って来たラズは手に本を。読め、ということか。

「おひめさまときし」

 王子をおひめさまとし、兄弟をきしと。

 本には黒髪のお姫様と騎士二人が。

 ああ、と納得。言われた王子はわけがわからないのだろう。きょとんとしている。友人弟も。

「あ、いや、お姫様じゃなくて」

 友人兄は笑いをこらえ。

「王子様」

 アニクスが言うと、

「おうじさま?」

 繰り返す。

「そう、王子様」

 ラズはじっと王子を。王子が見返すとアニクスに隠れるように。

「姫なら姫様が」

 クロフトは話しを逸らそうと。ハルディも大きく頷いている。

「あねうえはおひめさま?」

「う~ん、私は騎士がいいなぁ」

「きし」

「そう、騎士」

「騎士なら兄さんが」

「クロフトもきし?」

「そうですよ。お姫様を護る騎士です」

「私もお姫様や王様、王子を護る騎士が」

「目指さないでください」

「残念」

「残念がらないでください」

 シターを見ると、弟王子、子犬と遊んでいる。

「俺だって、お姫様を護る騎士が」

 王子はむくれ。

「お前は王様だろ」と友人弟のつっこみ。

「おれと兄上が護ってやる」

「護られなくていいくらい強くなる。お姫様を護れるくらい」

 それを兄弟が護るのだろう。

 その護られるお姫様をちらりと見た。黙って話しを聞いている。

「お前より強くなってやる。な、リゲル」

「うん」

 なぜか友人弟はアニクスに向けて。王子は大きく頷いて。

「頑張ってください」

「馬鹿にしてないか」

「していません」

 言い方が悪かったのか。

「はいはい。そこまで」

 友人兄が間に。

「あねうえはおひめさま? きし? どっちになるの」

 ラズはつんつんと。

「う~ん、どっちになるんだろうね。どっちにもならないかもしれない。ラズは何になりたい?」

「あねうえといっしょにいる」

 飛びついてきた。

 いつまで一緒にいられるのだろう。

「大人になったら城に来るんだろ」

 王子のむくれた声。

「いっしょに行く」

 行かない可能性が大きい。未来なんてわからない。ラズの頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。


 翌日、朝食を終えると買い物に。

「エサに首輪、リード」

 必要なものを一つ一つ確認。エサは五日分もらっていた。

「いっしょじゃないの」

「リードがないと、どこかに行っちゃう。家もまだ覚えていないから。リードを買ってから散歩しよう」

 その子犬は留守番。広い庭で遊んでいる。

 ラズは頷く。そのラズと手をつなぎ。

 国王達も見て回るようだ。目立つ格好ではない。自由に出歩くことが少ないので、楽しみだと話していた。

 出る時、フィーガは「お気をつけて」と国王達に声をかけていた。

 フィーガが出るほどの騒ぎは今まで起きていない。

「名前は決まりそう?」

「僕はクロで。ラズの犬より黒い毛が多いので」

 子犬は白黒の毛並み。シターの選んだ犬は黒い毛が多かった。

「単純にシロにする? 呼びやすいし。他に白いものといえば、トウフ?」

 真っ白ではないが。

「変な名前付けないでください」

「それなら白黒のもの? エクレア?」

 名前の話しをしながら歩いていた。

 歩いていると、よく行く店の主人が声をかけてくる。新作パンやお菓子の試食。犬の散歩に毎度立ち寄っていれば飼い主も犬もぽっちゃりしそう。


「首輪にリード、迷子札、エサ、エサ入れ。必要なものは一通り買ったから」

 昼食に入った店で確かめていた。エサは重いので他の荷物と一緒にまとめて屋敷に届けてもらうことに。なのでアニクス達は手ぶら。

「あと、必要なものは」

「おもちゃ、でしょうか」

 おもちゃと聞き、ラズが顔を輝かせる。

 国王一家、友人一家、アニクス達とテーブルは分かれていた。

「ボール、とかです?」

「ぬいぐるみも、でしょうか」

「ぬいぐるみは、ひどいことになるんじゃ」

 かみつき、振り回せば。

 クロフト、ハルディ、シターは納得。

「何か他に買うものがあれば」

 他に買うもの。

 ハルディの言葉にそれぞれ考えている。

 アニクスは腰にげる小物入れが欲しい。小刀か短剣も。小物入れはともかく、小刀、短剣の類はハルディ達が反対する。

「王様達はまだ見るよね。先に帰るのも」

 友人父とイレクという護衛がいても。

 別々に見て回るかと思えば、一緒に歩いて。尋ねられれば返していた。城下町のように広くない、はず。出た覚えがないからはっきりわからないが。小さな子供でもない限り迷いはしない。

「食後は陛下達についていく、ということで」

 買いたいものがあればその場その場で買えばいいかと、クロフトに頷く。

 午後からは国王達の後について歩いた。


 夕食が終わると、なぜか国王もトランプ遊びに加わり。遊んでいるのは王子兄弟、友人兄弟、フレサ、シター、ハルディ。シターの傍には子犬が。王妃様は友人兄弟の母親と話し、父親、イレク、クロフトはいない。

 アニクスは本を読んでいた。傍ではラズが子犬にお手やおすわりといった簡単なことを教えている。子犬は言うことを聞かず、ラズの手をなめたり、顔を乗せたり。

「これは、しおり、ですか」

 弟王子がアニクスの使っているしおりを手に。テーブル置いていた。

「ええ」

 ミリャ達の住んでいる山で見つけた。きれいな花だったので一本だけとり、押し花にして、栞に。

 じっと見ている。気に入ったのか。アニクスも気に入っている。輝く雪のような白い花。

 あの山にこの王子が行くことはない。アニクスはまた行ける。フィーガ達の目を盗んで。

「気に入ったのなら、どうぞ」

「え、いいんですか」

「はい」

 栞は他にもある。

「あねうえ、ぼくには」

 どこから聞いていたのか、ラズが。

「栞、必要?」

 読むのは絵本。たまにエレーオが難しい本を持ってくる。

 頷いている。

 あげたから欲しくなったのだろう。栞ならいくつも持っているからあげられる。だめと言えば駄々だだをこねる、泣く。

「それなら、明日作る?」

 意味がわからなかったのか、ラズは首を傾げている。

「使用人に聞いて、庭に咲いている草花で」

「つくる」

「使用人に聞いてから。勝手にとったら叱られちゃう。シターやハルディ、ハルディのお母様が育てているものもあるから。間違ってとったら三人が悲しむ」

 ラズは頷き。

「僕も一緒に作りたいです」

 話しを聞いていた弟王子も。

「わかりました。用意しておきます」

 シターも加わるだろう。作ったものを祖母に送れば。祖母からは色々送られてきている。感謝の手紙も。時々、女性が一人で様子を見に来ていた。

 弟王子は報告と栞を見せに母親の元へ。ラズはそれを見て、抱きついてきた。

 ラズもアニクスと同じ。うらやましいのだ。親子で仲良く。手に入らないものを持っている。ラズの場合、父親はいるが。

「名前は決めた?」

 うらやんでばかりいられない。

「シロ」

 覚えやすい名前に決まったようだ。

 寂しさが伝わったのか、遊べということか、子犬はラズをぺろぺろなめていた。


 翌日は弟王子、ラズ、シターと押し花作り。すぐにはしおりにできないので、できてから送ると弟王子に約束。兄王子と友人弟とはなぜか剣をまじえ。訓練用の剣だが。手を抜けば両方から手を抜くなと言われ。

 アニクスの部屋を見た王子兄弟は並んでいるサボテンをじっと。友人弟はこれのどこがきれいなんだと。花が咲いているものといないものがある。庭には数十年に一度しか花が咲かない、というものも。

 騒がしい三日間だった。国王達が帰れば、子犬をしつけ、ラズ達と遊び、勉強。シュルークに行く準備をしていた。


◆◆◆ 

 休暇も終わり、リゲルの誕生日に。アニクスは今年も来てくれず。招待してもいないのにレルアバド国王と娘が。アニクスからは手紙と花が届き。花はアニクスの部屋にあったようなものでなく、皆が贈ってくるような花。

 以前、アニクスが住んでいるバッルート家に三日間滞在。アニクスの部屋には見たことのない植物がずらりと。リゲルが贈ったくまのぬいぐるみもあり、持って、飾っていてくれたんだと。リゲルの部屋にもあり、デュロスは、なぜこんなもの持っているんだと。あのぬいぐるみは二つで一つだと教えられた。また一緒に飾れる、暮らせるようにと、贈った。

 ライルと一緒に作った押し花はしおりにして送ってきてくれ、ライルから分けてもらった。ライルは自分が作ったものより、アニクスが使っていた栞がお気に入りのようで、本に挟んでいる。

 父の誕生日には来てくれるのか。それとも。今回も招待状は出していた。

 レルアバドの国王と娘はいないアニクスの悪口を。来たくない理由がよくわかる。リゲルもあのように言われたら行きたくない。貴族達は面白半分で話しを聞いている。来ないから、悪いイメージを植えつけられ。

 レルアバド国王の娘はリゲルの傍にいるフレサにもきつい言葉。リゲルがアニクスをかばうとさらに悪く言い、フレサをかばっても、言いはしないが、顔には不満がはっきり。

 アニクスが師匠と呼んでいた人の言葉がよくわかる。

 誕生日の、人が多い場所より、休暇で行く別荘に呼んだ方が。あそこでも女の子やサジュは来るが。その女の子はリゲルの誕生日にも城に来ていた。



「お久しぶりです、陛下」

 そう言って頭を下げたのはフィーガ・バッルート。

 年が明け、父の誕生日。挨拶のため、父の前には貴族達が並んでいた。リゲルはライルや母と一緒に父の傍。

「今年は来てくれたか。アニクスの姿が見えないようだが」

 父は笑顔で。

「姫様ならシュルークに」

「シュルーク、あそこは」

「ええ、学校があります。そこに入学します。準備のためこちらには」

 どこなのか。どういう学校なのか、聞きたい。

「三年間はこちらを訪れることはできません。ご安心ください」

 フィーガ・バッルートが見たのはレルアバド国王と娘。

「自由にできる時間は少ない。広く学びたいと、姫様の強い希望で」

「そう、か」

 父はなんともいえない顔。なぜそんな顔をするのか。

「……約束は、忘れていないだろうな」

 約束。何か約束していただろうか。

「ええ。三家はギーブルにつきました。それはこれからも変わりません。例え、姫様不在中にレルアバドが再び攻めてこようと。戦えと言うのなら、戦いましょう」

 レルアバド国王は顔を真っ赤に。

「王子はまだ成人しておりません。そして未来のことはわかりません」

 フィーガ・バッルートは淡々と。

「それでは失礼します。長々と話していては待っている方々に失礼でしょう」

 頭を下げ、去って行く。レルアバド国王は何か呟いてるが聞こえない。次の者が父に挨拶。

 父に挨拶が終われば自由に。学校について聞きたかったが、父もリゲルも人に囲まれ。知っていそうなラディウスも見つからず。その日は聞けずに終わった。

 翌朝、朝食の用意されている部屋に。シュルーク、そこにある学校について聞こうと、いつもより早く向かった。

 両親、バルトス夫婦に挨拶。ライル、ラディウス、デュロスはまだ来ていない。フレサ、サジュ、その親もいない。

 父はイレクと話している。父でなくとも、と口を開こうとした時、ラディウス、デュロスが入って来た。

「ラディ、シュルークにある学校って」

「大陸の真ん中あたりにシュルークって国がある。そこにある学校だ。国、と言えるかどうか。王が治めているわけじゃない。自治、になるのか?」

「どんな学校?」

「詳しくは。だが各国の王族、貴族も学びに行く、らしい」

門戸もんこを一般人にまで広げたようですよ。才能があれば試験を受けて、ですが無料で入れます。とはいえ、卒業後数年はそこでタダ働き。しかし食と住居は保障されています。王族、貴族に気に入られれば、代わりに払ってくれ、その貴族の下で働く」

 バルトスが引き継いだ。

「ライル様も来られたようです。席に」

 眠そうな目でライルが歩いている。

「婿を捜しに行く、とも言ってたな」

「デュロス」

 ラディウスは息を吐いている。

「アルサババ殿が来ていたので」

「当主殿か」

「いえ、息子です」

 席に着こうとラディウスに背を押される。

「シュルーク行きも、ですが、どうやらお姫様と三家はグング家、というより、サジュを警戒しているようで」

「どういうことだ」

 父も反応。

 席に着くとラディウスが話の続きを。

「リゲルや陛下の誕生日には国内外から多くの貴族が城に来ます。そこで婚約発表でもされたら」

「……」

「ザイガン様はともかく、サジュは準備万端で発表するでしょう。それに乗って、リゲルもフレサと」

「それはどうでもいいって、言ってたな」

「大事なのは自分の所のお姫様。というか、アルサババ家だろう。巻き込まれるのは嫌、なんだろう。とにかく、大勢の前でそんな発表されたら」

「取り消すのは難しい、か」

 バルトスは顎を撫で。

「婿を捜しに行く、というのは意地の悪い冗談だろう」

 ラディウスはデュロスをつついている。

「しかし、なぜお前に」

「兄上はあの女に信用されているみたいだな。話している奴が言ってた」

「お前のように誰彼話さないからな」

「おれだって話さない」

「お姫様の知っている貴族は少ない。いきなり陛下に話すのも。サジュは論外。フレサとはそれほど話していない。相談、話せる者は限られる」

「それなら俺でも」

「リゲルも陛下と一緒。お前の場合、サジュに直接聞きに行く、文句を言いそうだからな」

 否定できない。

「サジュに言い負かされそうだし」

「ラディ!」

 ラディウスは笑い。

「下手なことを言われたくないから来ない。レルアバド国王も好き勝手言い、さらにサジュまでときては」

「なぜ、そんなに警戒している?」

「以前も話しただろ、お姫様を王にって」

「でもアニクスにその気はない」

「あったらとっくにレルアバドの現王を追い出し、王となっているか、レルアバドとギーブルの間に国を新しく作っている」

「えっ」

 デュロスも驚いている。

「グング家とそれに協力する貴族、お姫様に協力する貴族が力を合わせれば、できる。ギーブルで王に匹敵するほどの力を持った存在になるだろう」

「それをされたくないから、リゲルと結婚するのか」

 デュロスは顔をしかめ。

「それはなんとも」

 ラディウスは小さく肩をすくめている。リゲルは父を見た。父は何も言わず。

「サジュも、その学校に」

 アニクスと同じように行ったのか。

 ラディウスも父を見た。

「ザイガンからは何も」

「陛下も知らなかったのですか」

「ああ、昨日初めて聞いた」

「あのお姫様が陛下に黙り、サジュにだけ教えるとは」

「どんな学校?」

 リゲルは誰にともなく。

「幅広く教えている、としか。帝王学、軍師、騎士、医師、教師、執事、他にも。各国から来るが、国の問題を持ち込むのは禁止されている。亡命する王族もいるとか。攻められても自衛できるだけの力があるとも」

「亡命」

 アニクスが不在でも三家はギーブルにつくと。

「勉強しに行っているだけ。陛下も言った通り、色々学べる」

 ラディウスは笑い。

「確か、三年で卒業、だったな。その間は寮生活。長期の休みもあった、はず」

 三年。

「行くか」

「……陛下?」

「十五にならないと入れないが、行くか」

「陛下!」

 理解したイレクは声をあげ、バルトスも驚いている。

「ここでは学べないことを学べる。多くの友人も。はあ、アニクスは大人しいと思っていたが、行動力があるな。もしくは先を行っているのか」

 先を行く?

「そう、ですね。俺も最初は子猫かと思っていましたが、違っていたようですね。どんなふうに化けるのか」

 ラディスも同意。最後の方は小声で。

「行くか行かないか、リゲルが決めろ。しかし入学の半年前には決めてくれ。手続きがある」

「よろしいので」

 バルトスはなんともいえない顔。母は心配そうに。

「私はまだ現役。一、二年でリゲルに王位を譲るわけでもなし。かわいい子には旅をさせろという。親元から離れてみるのも」

 いずれ父の後を。いずれで、すぐではない。すぐは無理なのはわかっている。学び始めたばかり。その学校に行って、卒業しても十八、か。まだまだ父は王の座にいる。

「自由にできる時間は少ない。フィーガ殿の言う通りだな。その自由な時間をどう使うも本人の自由。王になれば自由にできる時間など」

 父は少し寂しそうに。

 リゲルが知っているのはギーブルだけ。いや、この国も隅まで知っているわけではない。

「朝食にしよう。学校のことはじっくり考えればいい」

 じっくり。

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