第13話
「よし、最期いくぞ。準備は良いか」
大友の声。
「良いよ」
僕は端的に答える。
「僕も良いよ」
良樹も。
「じゃあせえので行くからな。いくぞ、せえのっ」
パン、パン、パンっ。台から、2つの的が落ちていた。
「よしっ!」
当たったのは、僕と良樹だ。それぞれ10点と20点。ということで最終的に良樹が30点で1位、2位が僕で25点、最下位が20点の大友となった。
「ああ~、くそ。やっぱり俺かよ」
大友が残念がる。何やら見慣れた光景だ。彼には申し訳ないが負けている様子がよく似合う。
「まあまあ。私が慰めてあげるから」
朱里ちゃんがしゃがみ込む大友の頭を撫でた。大友は負けたけどさして悔しくなさそうで、寧ろ声のトーンが上がっている気がした。負けて得るものもあるようだった。
「ちょっと休まない? 私疲れちゃった」
朱里ちゃんが言うので、僕らはジュースを買って、少し休憩する。屋台が連なる通りから路地裏に入った民家の前で立ち止まった。
僕は瓶のラムネソーダを買った。入っている量は少ないし、値段も高いけど、これが夏祭りに一番合うのだ。中で動くビー玉も、今ばかりは耳障りじゃない。
僕達は止まりながらメインの通りを歩く人達を眺めていた。色とりどりの浴衣が通り過ぎる。白・赤・青・黄・黒・ピンク。
「もうすぐ学校が始まるね~。夏休み過ぎるの速過ぎ」
朱里ちゃんが呟く。手には水風船と、さっき買った緑茶を持っている。
「だね。皆と会う回数が減っちゃうね」
由美ちゃんが返す。何となく僕の方に言っている気もしたけど、僕は聞き流した。
このメンバーでは大友と由美ちゃんが同じ中学で、朱里ちゃんと良樹が同じ中学だ。僕だけ別の中学だった。
「敢えて言うの恥ずかしいんだけどさ、僕このメンバーで居るのが楽しいよ」
そう言ったのは良樹だ。
「僕もだよ」
僕は良樹に続いた。
「なんか中学ってさ、息苦しいんだよな。同じ室内に大勢居て、他の皆と足並みを揃えないといけない空気があるじゃん? 僕からしたら放っておいてくれって感じなんだけど、無理矢理にでもその関係性に含めさせられてる気がするから」
僕は良樹の言うことがよく分かった。
「それは私も分かるな。学校にはヒエラルキーが存在するから、それが邪魔になっていると思う。私は勉強が出来るからちょっとマシだけど、勉強が出来なきゃ酷い扱いをされていたかもしれない。だからそういうのを気にしなくて良い塾は居心地が良い。気の合う子達とだけ一緒に居られるから」
「うん、分かる」
僕は由美ちゃんの言葉にも相槌を打った。
やっぱり何処の中学でも小学校とは違って多くの人の思惑や感情が蠢いているのだ。そう感じているのは僕だけじゃ無かった。僕以外にも皆同じような悩みを抱えていて、そのことが皆をもっと好きにさせた。1人じゃない気がした。
だから、僕は虐めのことを言おうと思った。
これまでは絶対に知られたくないと思っていたけど、このメンバーなら話しても良いと思えた。このメンバーなら、話しても問題ないと。
「……僕さ」
僕は重い口を開いた。
「実は中学で虐められてるんだよね」
「えっ」
反応したのは朱里ちゃんだった。僕は皆の方を見ないで続ける。
「理由はさ、コンビニで窃盗をしなかったからだった。僕ともう1人居て、ソイツは不良の指示にしたがってジュースを盗んだんだ。僕だけがしなかった。そしたらその日から虐められるようになったんだ」
皆が自分を見ているのが分かる。
「何でだよ、って思ったよ。僕は正しいことをしてるのに、正しくないことをしてる奴が助かって、もっと正しくない奴が笑ってるんだ。
でもそんなこと考えたって、彼らには関係ないんだよね。正しいとか正しくないとか、正義とか悪とか、そんなの何の意味も無いんだ。
ただ彼らに服従する奴は助かって、逆らう奴は虐げられる。それだけなんだ。
それがこの世界の法則なんだって気付いちゃったんだよ。それが学校とか、部活とか、会社とか、国とか大きさが違うだけで、虐めの方法が社会的に批判されないやり方になっているだけで、根本は一緒なんだと思う。
それからの僕は――、」
僕は、あの日から今日に至るまでの日々を語った。人に虐めのことを話すのは初めてだった。両親にも、先生にも言えてない。中学の人達は知っているけど見て見ぬ振りをしている。
僕の話を、皆黙って聞いていた。時折、「ひどい……」や「最悪だな」と同情の声がしたが、話が中断されることは無かった。皆、僕の話を聞こうとしてくれていた。
「――っていうことなんだ。……いきなりこんなことを打ち明けて申し訳ないんだけど」
僕が言い終える。
「いやいいよ、そんなの」
朱里ちゃんだ。
「そうだよ。淳史君、辛いのに言ってくれてありがとう」
由美ちゃんが続く。
「淳史、気付いてやれなくてごめんな。僕達はお前の味方だから」
肩を叩いたのは良樹。
「淳史」
大友が最後に言った。
「俺は塾に入ってからのお前を見てきた。お前は優しい奴で、勉強熱心な良い奴だ。だからお前が中学で虐められてるとかは関係無い。悩みがあるんだったらいつでも言えよ。俺達は友達だ」
「皆……」
僕は感激した。
僕にとって虐めはとても重大で、辛くて悲しくて、今すぐにでも解決したい問題だ。今まで誰にも言えなかった。言うのが恥ずかしかったから。情けなかったから。
僕が虐められていると言えば、皆何と言うだろう。父さんや母さんは。塾の皆は。僕を見捨ててしまうのではないか。中学の奴らと同じように。と、僕は怖れていたのだ。
でも皆は僕の虐めを受け入れてくれた。「虐められている僕」を見捨てないでくれたのだ。それだけでも今日ここに来た甲斐があった。来て良かった。
虐めが収まる見込みは無い。けれど、皆が居れば大丈夫な気がした。僕は皆に大声でありがとうと言いたかった。
「あのさ」
その代わりに。
「この後皆で花火しない? 僕買ってくるからさ」
僕が提案する。空気が和む。
「良いな。やろう、花火」
「淳史、ナイスアイデア。私今年初花火だ」
「うんっ。線香花火で誰が一番最後まで残るか競争しようよ」
「僕はねずみ花火がしたいなあ」
皆思い思いに言う。僕が虐められているのと打ち明ける前と後で、誰も何も変わらない。
「じゃあ僕買ってくるよ」
大友が僕を引き止める。
「バーカ。全員で行くんだよ。勿論金も割り勘だ」
言ったのは大友だったが、皆同じことを考えているようだった。
「分かったよ」
僕達は歩き出す。
「皆、今日誘ってくれてありがとう」
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