第22話 勝負⑤
「宗旨替え? どうしようかしら? これ、私の所有物だし。ずっとずっと晴人は制服姿の私の事を忌避してきたわけだし」
美月は、うめく俺を楽しむように、悪戯っぽい流し目を送ってくる。
「……お願いします。すいません。制服姿の美月さんのことをずっと邪険にしていて」
「なに? 良く聞こえなかったからもう一度言ってもらえる?」
「俺の……負けです。俺は、その制服を……壊して欲しくないです」
俺は素直に頭を下げた。すると美月はその顔に満面の笑みを浮かべた。
「正直でよろしい。自分の心に素直になることは大切なことよ。はい、復唱して。私は制服が大好きです」
「俺は……制服が……」
「大好きです」
「大好き……です」
「俺は制服が大好きです」
「俺は制服が……大好きです」
「本当に?」
「美月が……言わせているんだろう?」
「私と晴人の為に確認」
「好きだ。マジ。俺は制服が本当は好きなんだって、ごまかし切れないってわかった」
「よろしい」
美月は、さらに顔を太陽に様に輝かせてから、一度脱いだ制服を着はじめる。
俺は美月がスカートを穿きブラウスに腕を通すのを見ながら、ふと思いついた疑問を投げかけた。
「でも……」
「でもなに?」
「俺が止めなかったら……マジで制服を切り刻むつもりだったの……か?」
「そうね。勝負に負けるとは思ってなかったけど、負けたのなら潔く散る覚悟だったわ」
「着るもの……とか……」
「着るものって?」
「この屋上からどうするんだって、今、落ち着いたら少しだけ思った」
「別の制服がロッカーにあるけど……。そこに行くまで廊下は下着姿ね。この学園、『自由服』だし。見られて恥ずかしいカラダはしてないつもりだから」
全く何でもないという口調で答えてきた美月様。マジ……なのか……。いや、俺と美月の制服に関する事態よりは重要度が低いかもだが……年頃の少女が裸で廊下を闊歩する覚悟だったのか? と少し、いやかなり、美月を侮っていたことを想い知らされ背筋が震える。
と、俺の気分を察したのか、美月が続けてきた。
「冗談よ。私にはこの制服を切り刻むことはできないわ。晴人が止めなかったら……本当にどうしてたのかしら? いま言われて思ってるところ。私はこの賭けに負けることは想像外だったから」
美月はブラウスのボタンを襟まで止めて、ブレザーを羽織った。
「でもなんでその制服……。昔何着か試作しただけなんだが……。なんで美月が持ってるんだ?」
「さあ、何故かしらね?」
はぐらかしながら、美月はリボンをきゅっと結ぶ。
「私、制服コレクターだからどこかで紛れ込んだのかもね」
「そう……なのか」
「さすがにそんなことあるわけないじゃない」
美月は明るく笑った。
「この制服自体がこの世の数着しかない超レアモノなのよ。その制服を着て行動に出たことを考えて」
「まさか……」
「まさか?」
美月が楽しそうにその先をうながしてきた。
「まさか……君が……」
「ふふっ。そのまさか、かも?」
美月が俺の反応を味わう目でのぞきこんでくる。
「『みーちゃん』……なのか?」
「ご名答」
「昔の面影とか……全然ない……というより、全くの別人に見えるんだけど?」
「女は変るものよ」
「名字が……違うけど?」
「母が一度結婚して別れた名残り」
「マジ……なのか……?」
「マジよ」
「マジですかーーーーーー!!」
美月は自分の正体、俺が昔一緒に夢に向かって歩いた「みーちゃん」であることを告げた。
そうだったのか……。全く想像もしていなかったことで、言われた今も半信半疑なのだが、でもそれなら今までの美月の行動の全てに納得がいく。
何故、学園で目立たない俺に近づいてきたのか。すぐさま家に呼んで、誘ったりしたのか。
多分、制服を着ているのも制服姿で俺に近づいてきたのも美月にとっては予定調和的な行為で、計画ずくだったのだろう。だから、俺を屋上に呼び出して『勝負』をかけてきたのだ。
美月はその勝負に見事勝ちを収めた。そして俺も負けたわけじゃない。美月の事を侮っていた。制服を着た少し変わったエロっぽい美少女がなんとなく俺に近づいてきた程度にしか思ってなかった。存外だった。女の子って、すごい! 多分、俺は美月に一生かなわない。そんなことを思わされる。
そんな俺の戸惑いすら楽しむ様な顔で美月は身支度を整えて、腕を広げる。俺にその制服姿を披露してくれるように。
「いきましょ。これにて『久遠美月嬢によるお弁当タイム』は終了にございます。お粗末さまでした」
丁寧に片手を折った執事の様な礼をしてから、俺に背を向けて歩き出す。
黒い髪が、濃紺のブレザーの上で揺れる姿に魅了される。まるで、美月の動きはそれを計算しているかの様だ。
あっけにとられた出来事だった。
一瞬。あるいは永劫続くかとも思われた時間。
美月の制服姿。それを脱いだ下着姿。
制服に刃を突きつけられて……
自分自身の心の奥底に残っていた萌芽に気付かされた。
そして俺が「制服が好きだ」と言った時に返してくれた美月の満面の笑みは俺の心に焼き付いて……
その笑顔は昔と同じようにとても素敵で……
きっとずっと忘れないだろうと脳裏に印象付けられた――午後の屋上だった。
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