東雲塔子の事件簿
山井縫
第1話 木島香の困惑(1)
「先輩、やっぱり寝てたんですね。もう~起きてくださいよ」
私は図書室の隣にある書庫の扉を開けた。すると目に入って来た光景に私は呆れ声をあげてしまう。
「あ~、カオちゃん。おはよう」
あまね先輩は甲高い声でのんびりとそんな言葉を返してきた。
「おはようじゃないですよ。さぼるの禁止です」
私の咎めるような言葉もなんのその先輩は堪える様子がない。
「いいじゃない。この時間なんて殆ど人来ないしね」言って先輩は更に「ふああああああ」と大あくびをかました。
「も、もう~。しょうがないな。とりあえず、起きて、受付にきてください」
何だかそれを見たら力が抜けてしまった。それにこれ以上ここでやりとりするだけ無駄だろう。
「はいはい。わかりましたよ~」
茶がかったくせっ毛頭をカキカキ。未だ眠気が抜けない様子ではありながら、あまね先輩は私に続いて図書室に戻って来てくれた。
この学校の図書委員会は放課後に持ち回りで受付係を務める事になっている。
今日は一年生の私、木島香と二年生のあまね先輩の日だった。
水曜日で時間は午後三時。曜日や時間によってもやってくる人の数は違うし、あまね先輩の言う様に確かにこの時間は人の出入りが少ない事は確か。でも、
「もう、トイレに行くっていっておきながらいつの間にか書庫に忍び込むなんて、フェアじゃないですよ」
「だってさ~。しようがないじゃない。ここって暖かくて静かだし、やる事もないと眠たくなっちゃうよ」
「気持ちは分かりますけど。決められた事なんだから守って貰わなきゃ」
「真面目だな~、カオちゃんは。そりゃボクだって、仕事があれば頑張るけどさ」
「誰か来るかもしれないでしょ。それを待つのも仕事です」
「む~~。さっきから正論ばっか」
ぷくっと頬を膨らませていう先輩に私は冷静な言葉を更に重ねた。
「正論ってわかってるなら、口答えしない事」そんな私に、
「はーい」
敢えて低い声を出しておどけた様に言う先輩。反省の様子はない。それに対して反応する事もせずに文庫本を片手に持って言った。
「……。ここで本読んでればいいじゃないですか。それは禁止されていないんですから
まさしくそれこそが図書委員の特権だ。受付する以外の時間ならば好きなだけ好きな本が読める。欲しい本があれば、リクエストを自分で出してしまう事も可能なのだ。
「うーん。まあ、そりゃそうなんだけどさ」
「先輩だって本が好きでこの委員会に入ったんじゃないですか」
「うーん。確かにそうなんだけどさ、受付とかをやりながらだと何だか気が散って読書に集中できないんだよね~。100%楽しめないっていうか……」
いつ人が来るか分からないので落ち着かないという意味だろうか。わかないでもないが……。
「そんなもんですか? 私は気になりませんけど」
私はどちらかというと活字中毒なので、暇な時間があったら何か読む文字を探してしまうタイプだ。が、
「カオちゃんは集中力が高いのかもね。ボクは無理なんだよ」
話から察するに、先輩はじっくりと本を読みたいタイプなのだろう。
「でも、電車の中とかでは読んでるんでしょ」
確か以前、通学の電車で本を読んでいると話していた筈だった。その為の本を常に鞄に忍ばせていると聞いた覚えがある。
「電車は区間がきまってるからさ、その期間の間は集中できる。でも、受付っていうのはいつ人が来るかわからないじゃん」
とはいえ、朝の電車などはかなりの混雑が予想される。その中で本を読むのと、受付仕事をしながらでもこうしてゆったりと読書するのと果たしてどちら落ち着いた環境か。私は後者だと想うのだが。
「まあ、そういうもんなんですかね」
「どうせだったら、書庫に居た方がいいな」
チラチラと未練がましく書庫の方に目をむける先輩に私は厳しい声を向ける。
「だからって、寝て良いことにはなりませんよ」
対して先輩は悪びれずに答えた。
「寝ないにしてもさ、書庫の整理とかして身体動かした方がまだ楽かな」
「何いってんですか。それやろうとして、この間脚立から落っこちたでしょ」
「たははは。確かにあれは危なかったな~」
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