◆1-8:メラン 第三機関室
現場に駆け付けたメランの目に最初に飛び込んできたのは、
掲げられたそれが何であるかも分からぬまま照準を合わせて引き金を絞る。
射撃の成績も悪くなかったとはいえ、まさかこの距離で命中するとは。撃った当人であるメランですら、その結果には驚くほかない。実力以上の、あり得べかざる幸運がこの艦を救ったのだ。
実際には二人はまだ、破壊工作に取り掛かる前の解析中だったわけだが、少なくともメラン自身にはそう思えた。
すんでのところで危機を
訓練では十中八九当てられる距離まで近付いたところで一発……、二発三発、続けて射撃するが、先ほどの幸運が嘘のように今度はまったく当たらない。終いには堅牢さが売りであるはずの拳銃型捕縛具がジャムりを起こしてしまう。
メランは銃を捨て、侵入者との距離を詰めるべく再び走り始める。
通路が二股に分かれる場所で屈んで身を隠し、左の太腿にあるホルダーからスタンロッドを抜いた。
舌打ちが出掛かったところで、殺気を感じたメランが腰を浮かせ、真上を振り仰ぐ。
中空に踊る男の姿が、ストップモーションのようにメランの網膜に鮮明に焼き付いた。
おそらく一旦手すりに身を乗り上げてそこから跳んだのであろうが、そうだとしてもだ。軽く5メートルはあった距離。人間技とは思えぬ脅威の跳躍力であった。
それに加え、奇形のように長い手足と病的に痩せた
束の間
男は立ち上がりしな床から短刀を抜き去る。いや、そもそもそれが抜くという動作にあたるかどうかも疑わしい。手を表に返し、男が無造作に拾い上げた短刀の刃先は、合金の床を、まるで薄紙のように易々と切り裂く。床面に
ヒュッと鋭い呼吸音を鳴らし、長身の男が右手の短刀を突き出す。
再び仰け反るようにしてその追撃を
だが、短刀の切っ先はそこからさらに伸びる。
ギリギリで避けようとしたメランの喉笛目掛けて襲い来る。
メランがこれまで訓練で相手にしてきた標準的な体形のヒューマノイドでは考えられない手足の長さが、その獰猛で執拗な動きを可能にしているのだ。
だが、メランが経験を積んできた相手は、なにも標準的な相手だけに限らなかった。目の前の男がそうであるようには見えなかったが、武術大会で体形を変幻自在に変えてリーチを伸ばすマダグ族を相手にしたときの経験が活きた。
勢いに任せてそのまま身体を一回転させ立ち上がったメラン。その斜め後方に、男の手からすっぽ抜けた短刀が垂直に突き刺さる。
間髪入れず、男がメランの脇をすり抜け、低い軌道で短刀を拾いに来る。その気配を見せた男を迎撃するため、メランは予測された軌道の上にスタンロッドを
大鷲が翼を広げるように。その瞬間、長身の男の身体が何倍にも大きく広がったように見えた。
男はくるりと奇妙な角度で身体を回転させると、長い腕がいっぱいまで届く空間を斜めに切り裂いた。
いつの間にか男は、もう一本の短刀を抜き、自身の身体の陰に隠していたのだ。
変化の兆しを
短刀の刃が円を描いて撫でて通ったところ──両側の手摺りもろともに──床がザックリと裂け、
それでも男の追撃は止まらなかった。床の裂け目を飛び越え、距離を詰めてくる男に対し、メランは
両者が持つ武器が互いに触れ合う瞬間。ロッドから放射される雷光が、短刀の刃先を這うように伝って男の腕に襲い掛かった──かに見えた。
盛大な音を鳴らし、空気を焼きながら、男に向かって複雑な直進を続けていた光が、突然見えない何かに弾かれたように霧散する。
このときのメランは知る
ただし、無傷とはいえ、目の前で起きた閃光と衝撃には、さしもの男も前進をやめて距離を取らざるを得なかった。
メランはイオン化した空気の臭いを嗅ぎながら、短くなったスタンロッドを投げ捨てる。そして、身体をやや内向きに屈め、半開きにした左右の拳を互い違いの高さに構えた。爪先立ちになった脚は、相手が放つ僅かな気配に合わせ不規則な揺れを見せ始める。
長身の男が顔をゆがめ、頓狂な声を上げた。
男が摺り足でにじり寄り、メランが同じだけ下がり距離を保つ。
炭化したスタンロッドの尖端が、傾斜した鉄橋を転がり、男の足元を通り過ぎていく。
メランは演舞のように呼吸を合わせ、足を前に運んで男に肉薄する。
迫りくる刃先を生死の
同時に右の掌底を下から持ち上げる軌道で相手の
相手も
メランの捨て身が、相手の技量を上回った瞬間であった。
男の長身が一切の誇張なく、文字通りの意味で吹っ飛ぶ。
斜めに傾いだ鉄橋の床に背中から落下する男。滑り落ちた先には、先ほど自身が作った鉄橋の裂け目が口を開いて待ち受けていた。
男は寸前で身体をうつ伏せに返し、床面にしがみ付く。脚がぶらりと垂れ下がり、上半身の摩擦力だけで辛うじてその位置を保つ状況だった。
彼の右手に握られていたはずの短刀は掌底を受けた際の衝撃でこぼれ、主人よりも一足先に、底の見えない奈落へと身を投げていた。
一方メランは、それを見届けるより先に身体を左に躱していた。
理屈ではなく、本能でそうする必要があると感じ、それに従ったまでだった。メランの
目視するまでもなく、それが丸型の男が撃った銃弾だということは予想が付いた。
反撃するためには手足が届く距離まで接近したいところだが、メランが立つ鉄橋は先ほど彼自身が放った一撃の踏み込みによって、さらに下向きにしな垂れるように沈み込んでおり、丸型の男がいる場所はすでに一足では跳び上がれない高さにある。
そしてその位置関係を想像するに、今、あの男からメランは狙い放題の位置にいるのだ。端的に言って、距離を詰めるどころではなかった。
銃弾が角度を持って降り注ぐ中、メランは転がるようにしてその場を逃れると、振り向きざまに手首の端末を握る。
瞬間、丸型の男の目の前に瞬時に現れた巨大な鏡が、彼の視界からメランの姿を隠す。
驚いたような、苛立ったような男の声を聞きながら、メランはもと来た道をしゃにむに逆走し始めた。
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