第72話 お次はどちらに




 ワイルドハントから数日後、城塞都市の一室にて、今だ帰らずくつろぐ女子の一団。


「あ~~、茶が美味いっす。」


「ふふふ、お代わりもありますから、遠慮なく仰ってくださいね?」


 フィーネにサーブされた紅茶を啜りつつ、自分は体を机に投げ出す様に倒れこませる。


 今、自分の隣にギラファさんは居ない、何やらアージェさんから連絡があると言って先程部屋を出ていったのだ。


「ちょっと、だらしないですわよ蜜希」


 咎めるというよりも呆れたようなパー子の言葉に、軽く伸びをしつつ体を起こし、


「そうは言ってもっすね、昨日まで祝いだ祭りだ式典だの忙しさだったっすから、このゆったり具合は格別っすよ?」

 

 特に昨日の式典は辛かった。なにせ王を救った英雄とか言われてドレス姿で丸一日近く衆人環視の中に晒されるとか、ぶっちゃけ何処の罰ゲームだと言いたくなるものだ。


「まあ、それに関しては否定は致しませんけれどね、今後は街を歩いてても色々言われるでしょうし」


 勘弁してほしい、ウェールズに戻れば多少ましかとは思うが、ダメだ、間違いなく面倒なことになる。


 いっそ何処か別の所に行こうかと思いつつ、ふと目が向かう先は自分の対面に座るパー子だ。


 昨日の式典では、まさに騎士としての体現の様な仕草で堂々としていた友人は、今はサンドイッチに挟まったピクルスを抜こうと格闘している。


「あら、どうしましたのこっち見つめて?」


「いや、昨日の式典とか見てるとパー子ってちゃんと騎士だなーと。――あとピクルス抜くとかマジっすか? 要らんなら私に頂戴っす」


「貴女私を何だと思ってますのよ?」


「酔っぱらってポールダンスしてる親友?」


「……滅茶苦茶否定したい前置きに、否定したくない関係を接続するのはどうかと思いますのよ?」

 

 まあ事実事実。差し出されたピクルス入りのサンドイッチを、面倒なのでパー子の手から直接食べつつ一息、視線は向かって左に座っているククルゥちゃんへと向かった。


「そういえば、ククルゥちゃんは体の方は大丈夫なんすか?」


「ん? ああ、こいつの体の方は殆ど回復したな。――ただ、やっぱり意識が戻る様子はねえ」


 そう寂しげに告げる彼女の言葉に、自分は僅かに返答を迷う。


 あまり詳しく聞いてはいないが、彼女の体が死にかけた友人の物だと言う事、何らかの事情で逃げて来たことは聞いている。

 

 それなら、


「あー、じゃあいっその事アージェさんとこに顔出したら、ククルゥちゃんの居た国に行ってみるっすか? 何か手掛かりとか掴めるかもしれないっすから」


「気持ちは嬉しいが、……いや、今はまだ止めて置いた方が良いな」


「あら、何故ですの? 私達がいれば戦力的に危険と言う事は無いでしょう?」


 さらっとパー子も同行する気満々の様だが、領地は良いのか領地は。


「アタシが居た場所、『外神国家L.D』は色々面倒なところでな。特に今は黄色と蛸が派手に争ってる上、そもそも暫くはアタシも戻りたくねぇ」


 外神、黄色、蛸……ああ、予想はしてたっすけどクトゥルフ案件っすか。


「そんなわけで、ほとぼり冷ます意味でも、もうしばらくは色々見て回りたいんだよな」


 なるほど、と、皆で頷いて居ると、不意に自分の横から声が響いた。


「あ、そういう事ならTOKYOおいでよ、色々あって楽しいよ!」


 東京かあ、いいっすね。……今年はコミケも行けないだろうしなぁ、秋葉行って推しのグッズ揃えたいっすわぁ……ん?


「――え!? 誰!?」


 何時の間にやらギラファさんの席にスコーン片手で座って居たのは、黒い地毛を金に染めたであろう女子高生風の一人の少女だ。

 特徴的なのは髪の内側が青空の様なグラデーションになっている事と、瞳の中に白い星形の瞳孔が見える事だろうか?


 明らかに普通の人間ではなさそうな少女は、口の中に棒付きの飴玉を入れたまま器用にスコーンに齧り付き、


「私? 私はアメノミナカヌシ、気軽にミナカって呼んで!」


 アメノミナカヌシ、アメノミナカヌシ……天之御中主?


「えーと、造化三神でしたっけ? 天地開闢で現れたけど姿見せずに隠れたとかなんとか……」


「え!? 嘘知ってるの!? ――異境の民で私の事知ってるのノゾミン以来だよ!」


 そりゃまあ仮にも最高神のくせしてほんのちょびっと記述があるだけの神様とかそうそう知らないだろう。自分も好きなゲームで言及されたのを調べたから知ってただけである。


「というか不法侵入ですのよ――!?」


「あ、ダイジョブダイジョブ、さっきマーリンに挨拶して来たから。――ちょっと貴方達借りてくって!」


 はい?



   ●


「アグラヴェイーン!! 何か今、日本神話の最高神がふらっとやって来て『パーシヴァル達借りてくね!』とか言って蜜希達の方向かったんだけど! 外交問題にならないよねこれ!?」


「知らん、何かあったらマーリンのせいと言う事で発表しておこう」


「おいいいいいいい!! 僕何も悪くないだろおおおおお!?」



  ●


 なんかつい最近父親になった女装神の絶叫が聞こえた気がするが、気のせいだろう、うん。


 と、入り口の扉が開き、自分が待ち望んでいた姿が部屋へと入って来た。


「すまない遅れた。――なぜ此処に居るのかねミナカ?」


「やっほーギラファちん久しぶりー! 銀ちゃんにノゾミンの孫がこっち来てるって聞いたからさ!」


 戻って来たギラファさんに対し、親し気にアメノミナカヌシさんが声を掛ける。というかやっぱりノゾミンって婆ちゃんの事っすか、どんだけ交友関係広いんすかあの人。


「はあ……、そういう事か」


「どういう事っすか?」


 どこか疲れた様な、呆れた様なギラファさんの言葉に、自分は疑問を投げかける。


「先程のアージェからの連絡だが、蜜希、それからパーシヴァルも、ウェールズへ戻るのは暫く後で構わないと言う内容でな。――てっきりキャメロットで観光でもしていろと言う事かと思ったが……」


「えへへー、そういう事! という訳で皆様を私の国までごしょうたーい!」


 そう言って少女が立ち上がり、咥えていた飴を手に持って軽く振る。


 すると、まるで蜃気楼の様にその動きに合わせて天井が歪み、上階や屋根を越えて雲一つない透明な青空を映し出した。


「は?」


「え?」


「いっくよー! レッツエンジョイ空の旅――!!」


 自分達の体が、風に巻かれて宙に浮き、そのまま歪みを通って青空へ。


 ふと下を見下ろせば、たった今までいた筈の城塞都市が遥か眼下に見えている。 


「ちょ!? 私もですの!!? ていうか高ッ!?」


「待て待て待て待て!! お前これから何するつもりだ!? TOKYOって神州だろ? 単純距離で一万キロ近く離れてんぞ!!」

 

「んー、転移してもいいけど、他国の領土でやると流石に問題だから、ちょっとスイングバイで飛ばそっか。――大体五分くらいでTOKYOまで着くかな? それでは皆様、当機はこれより時速11万キロでTOKYOへと向かいます。さあ、一緒に風になろーぜ!!」


 抗議の叫びを上げる暇は与えられなかった。


 唐突に体を襲う加速感、そして世界が全て高速で後ろへ流れる視界の景色。


 おそらく権能で大幅に負荷は軽減されているのだろう、そうでなければ時速10万キロとか加速のGで余裕で死ねる。


 それが高速道路を走っているくらいの感覚で済んでいるのは、まず間違いなく最高神たる神格の権能だからこそ為せる事だ。


 それはそれとして、いやこれ一体どうなるんすかねーと、何処か人ごとの様に感じながらも、自然と自分の口元には笑みが浮かぶ。


「――楽しいかね、蜜希?」


 彼の言葉に、自分は当然笑顔で返す。手を伸ばし、彼の体へと抱き着きながら、


「はい! ギラファさんと一緒だから、もっと楽しいっす!」


 おっとパー子は黙っててくれるっすか? 今は私とギラファさんの時間な物で。

 

 というか今気が付いたが、


「荷物とか全部置きっぱなしっすよおおおおおおお!!?」


「あ! ごっめーん!!」


 一回取りに戻った所、アグラヴェイン卿とマーリンさんに滅茶苦茶怒られた。――ミナカさんが。

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