第55話 バケモノと英雄
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パーシヴァルは、周囲の死霊へと幾重にも光槍を連続して放ちながら、ギラファの持つ大剣が砕け散った瞬間を見届けていた。
「――教官!?」
何故、と思考は巡る。ギラファの持つ大剣はこれと言った付加特性が無い代わりに、ひたすら頑丈さだけを重視して鍛え上げられた業物だ。
それこそアーサー王の第二解放形態の一撃にも耐えられるほどの強度を誇る筈のものが、キャスパリューグの爪や牙程度で砕けるとは思えない。
と言う事は、考えられる可能性として挙げられるのは、
「――なんらかの術式による効果? いえ、ですが教官の剣を砕く程となると……って、あーもう、邪魔ですわ!!」
手に握り締めた二本の光槍を振り回し、辺りに展開した無数の光槍の石突きを打って射出する。先程までは指で微調整を行っていたが、ここまで死霊が増えれば適当に射出しても十分当たる、教官の方にさえ行かない様に気を付けておけばいい。
とは言えこれでは救援にも迎えない。いっそ大剣の代わりに光槍を投げ渡すべきかとも思うと同時、不意に、顔横に術式陣が浮かんだ。
それは件の教官からの物で、思考入力された文字列はこう記されている。
『こちらは任せろ』
簡潔な内容に、自分は嘆息。 辺りの死霊を薙ぎ払いつつ呟く。
「まったく、蜜希を悲しませたら承知しませんのよ!」
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「あーあ、馬鹿やらかしたさねぇ……」
紅茶を一息に流し込み、苦笑とも言える笑みを浮かべる希の姿に、ククルゥは僅かに眉をしかめる、
「確かにな、この局面で武器を失うのはかなりキツイ……助けに行くか?」
ギラファを案じるククルゥの言葉に、希はしかし苦笑を強め、
「ん? ああ違う違う、やらかしたのはキャスパリューグの方さ」
「は?」
キャスパリューグの狙いはギラファの武器破壊であり、そしてそれは果たされた。ならばこの状況はキャスパリューグの思うとおりであるだろうに、何故、キャスパリューグの失敗だと言うのだろうか。
そう疑問の表情を浮かべたククルゥに対し、希は軽く手を振りながら笑みを浮かべて、
「なあに、見てりゃ分かるさね、――すぐに、ね」
そう断言されてしまえば、ククルゥとしては従うしかない。視線を二人に戻し、その成り行きを見守ることとする。
「……死ぬなよ、ギラファのオッサン」
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「なるほど、旗色が悪ければ即座に逃げ帰る貴様が、今回はやけに果敢に攻撃を重ねると思えば、これが理由か」
柄だけを残し塵となった己の大剣を眺めつつ、ギラファは言葉を放つ。その表情は変わらない物の、声音には若干の動揺の様な気配が滲んでいた。
「ああそうさ、五十年前に先代の槍投げ野郎にも使った武具破壊の呪いだ。あん時は爪でしか使えなかったが、今は全身どこでも仕込めるようになったんでな、斬撃を受けるフリをして呪いを蓄積させていってたんだよ」
答えるキャスパリューグの表情にうかぶ笑みは、かつて煮え湯を飲まされた相手に対して、絶対的な有利に立ったことへの優越感か。
「武器を使う連中ってのは不便だよなぁ、それさえ奪っちまえば、一気に戦いでの動きが制限されちまう。五十年前の槍投げ野郎も、光槍を生み出してる手甲をぶっ壊してやったら慌てて逃げていきやがったぜ」
口を開け、声を上げて笑うキャスパリューグに対し、ギラファはただ、静かに告げた。
「なんだね、随分と自慢げな割には攻撃一つしてこないとは、勝ちを確信しているのか、はたまた単に臆病なだけかね?」
「あァ?」
落胆とも言える響きを持ったギラファの言葉に、キャスパリューグの顔から笑みが消える。
空気が冷え込んだ様な錯覚の中、しかしギラファは言葉を止めることはなく、
「相手に対して有利を取ったなら、その隙を逃さずに畳みかけるモノだ。トドメも刺さずに御高説など言語道断、自滅願望があるなら止めはしないがね」
まるで肩を竦める様に残った柄を掲げて放たれた挑発に、キャスパリューグの表情が見る間に怒りに満ちていった。
「……上等だ、余裕ぶっこきやがって、武器がねえテメエに何が出来るってんだ!!?」
憤怒に顔を歪め、飛び掛かる様に振りかぶられた鋭い爪が、ただ泰然と構えるギラファの甲殻に振り下ろされる。
回避はしない、背の翅を広げもしないギラファの姿に、キャスパリューグの思考が僅かに違和感にも似た疑念を発した瞬間。
――衝突したその爪が、乾いた破砕音と共に、木っ端みじんに砕け散っていた。
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「……はぁ?」
キャスパリューグの爪が、ギラファの甲殻に当たって砕けた。言葉にすればそれだけの事だが、見ていたククルゥとしては衝撃の一言だ。
しかし、希にとっては違う様で、
「呵々、キャスパリューグの爪でギラファの甲殻に傷一つ着くもんかい。まあ、自分の爪が砕ける程の勢いで薙ぎ払ったガッツは多少評価してやるけどね」
さも当然と言った風に告げられた希の言葉に、思わずククルゥは叫ぶ。
「いや待てよ!? だったら最初っから避けずに受け止めてりゃよかったじゃねえか、なんでわざわざ……」
そうだ、元より当たっても問題がないというのなら、先程まで目まぐるしく回避と攻撃を織りなしていた動きの理由が付かない。
そう告げるククルゥの疑問に対し、希は紅茶のお代わりをフィーネに強請りつつ、
「簡単な事さ、私がアイツに約束させたんさね、『攻撃は極力体で喰らうな、武器以外での攻撃はするな』ってね」
「……何のために?」
「決まってるさ、そんな事。」
渡された紅茶を口に含み、その渋みを噛み締める様に味わいながら、かつて世界を救った女は、告げる。
「――アイツが、英雄だからさ」
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「……は?」
何が起きているのか理解できない。しかし目の前で確かに起こった事象に対し、キャスパリューグの動きが一瞬停止する。
その瞬間、動きの止まった両の前足を、ギラファの両手の爪が掴み、引き寄せた。
「――――!?」
はっとしたキャスパリューグがその拘束を振りほどかんとした瞬間、白銀の腕が、血飛沫と共に握り潰され、湿り気と乾いた音を同時に響かせる。
「ごっがあああああああァ!!?」
苦悶と、困惑の叫びを上げるキャスパリューグ。ギラファの爪はキャスパリューグのそれに比べて遥かに小さく、また鋭利な切っ先が備わっている訳でもない。
そしてキャスパリューグとて神格に近しい精霊種だ。白銀の体毛も、筋肉も、骨も、野生動物や人間のそれとは比べ物にならない、それこそ鎧の如く頑強である。
だというのに、それをギラファは、その腕に、手先に宿った膂力のみで骨ごと握り砕いて見せたのだ。
「理解したかね? 相手の隙を見逃すな、そして即座に畳みかけろと言った意味を」
聞こえた言葉に答えを返すよりも早く、前足はもう使えないと判断したキャスパリューグは、千切れかけた前足は捨て、即座にこの場を離脱する決意をする。
逃走に躊躇は無い。今まではそうして生き延びて来たし、これからも生き残り続ける、そう考えた瞬間に、気が付いた。
今、キャスパリューグはギラファと組み合う様に立ち上がってる。その己の両の後ろ足が、ギラファの四つ脚、その前二つで縫い留められるように踏みつけ、掴まれていることに。
「――――てめえッ!?」
放たれた叫びに、ギラファは首を傾げて問いかける。
「どうしたキャスパリューグ、まだ前足が砕けただけだぞ? ――牙でかみ砕け、尾で斬り払え、体をぶつけて打開しろ。闘争とはそういう物だ、殺し合いとはそういう事だ。千年も生き永らえて置きながら、そんな初歩的な事にすら気付いていないのかね?」
言い切ると同時、ギラファはその両腕を同時に外へと振り払った。
「――――――――ッ!!?」
握り潰されていた前足が、ギラファの腕を振り払う動きに合わせて千切れ飛ぶ。絶叫を上げて仰け反るキャスパリューグの体を、しかしギラファの右腕が掴み、逃がさない。
踏みつけていた後ろ足を握り潰しながら踏み潰し、苦し紛れに振られた尾の一撃を左腕で受け止め、掴み、同様に握りつぶして引き千切る。
「ッ、……バケ、モノ……かよ、テメェ……?」
苦痛に歪み、途絶え途絶えなキャスパリューグの言葉に、ギラファは笑う。
「笑わせる。私も貴様も、人から見れば等しくバケモノ以外の何物でも無いだろうに」
かつて世界を救った英雄。たとえそう呼ばれていようとも、ギラファの種族は、本質は変わらない。
その見た目は人では無く、むしろ化物と呼ばれるに等しい異形の肉体だ。そもそも本来は武器など持たず、その爪で、大顎で、敵を切り裂き打ち捨てるのが正しい戦い方だ。
だが、希と出会い、共に旅をし、人々から英雄と持て囃されるようになっていく中で、彼女に言われたのだ。
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「ギラファ、流石に今の戦い方は人外過ぎるから、これからは極力武器を使って戦う様に。――あと、頑丈だからって体で受け止めんのも止めな、常に万が一を考えて避けろ、その為にアージェに礼装造って貰ったから、いいさね?」
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最初は戸惑ったものだが、慣れてくると見える物があった。
それは人としての戦い方であり、つまりは自分より強大な相手に立ち向かうための方法だ。
虫系異族である自分は、少々出自が特別な事も相まって、ただ体を用いるだけで大抵の相手は圧倒出来る。けれどそれではいけないのだと、自分より強大な相手が出て来た時にも臆さず戦えるよう、彼女は自分に人としての戦い方を学ばせた。
――そしてもう一つ。英雄は、人の想いの結晶だからだ。
故にこそ、英雄の戦いとは人々に恐怖を与えるものではいけない。敵を引き千切り、食い破る自分の戦い方など以ての外だ。
だが、今は、
「証である武器を砕かれた以上、今の私はもはや英雄ではない。貴様と同じバケモノとして、最後に教育してやろう」
かつて、誓いと共に封じていた大顎を解放する。
鋸の様な歯が並ぶその刃が、恐怖に引き攣るキャスパリューグの首元へと至り、
「――――バケモノとしての、圧倒的な闘争という物を」
断頭の刃が交差する。
白銀が朱く染まり、そして、二度と動かなかった。
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